第7話
教室へ行くと、山崎、渡辺、阿部、高瀬、工藤、山田、小森がいた。
まだ七人しか生徒の来ていない中、席につく。
すると担任の細谷がやってきて声をかけられた。
「三村、生徒指導室へ来い」
生徒指導室? なぜ? スカート丈のことだろうか。
心当たりのないまま、担任のあとをついて生徒指導室へ行った。
三階建ての建物で、中等部と高等部の校舎は中で繋がっているが別にある。高等部は一年が一階、二年が二階、三年が三階の教室を使う。
そして生徒指導室と進路指導室は三階にある。
生徒指導室の中は簡素な会議用テーブルと、椅子が四脚ある。
座るように促され、腰を掛けると細谷は正面に座った。
年齢は四十代後半くらい。院長や教頭と共にキリスト教に熱心なクリスチャン。
綺麗ごとばかり述べ立てるので、あまりいい印象を梓は持っていない。
「それで、用件はなんですか」
すると細谷はテーブルに人差し指を軽く叩いた。
「単刀直入に言う。服部と小林の財布を盗んだのは三村じゃないのか。神の名のもと赦すから正直に言いなさい」
内心で「は?」と思う。
なんで私が疑われているのかと、梓はただならぬ焦りと不快な感情を覚える。
「私を疑う根拠はなんですか」
あまりのショックで頭が白くなりそうなのを、なんとか理性が戻してくれる。
細谷は眼鏡の奥から梓を見ていた。
しらを切るつもりか? そんな表情だ。
「昨日、一時間目は体育だった。お前、遅刻してきただろう。その時教室には誰もいなかったはずだ」
ただ具合が悪かっただけなのに。梓は苛つく気持ちを抑え、冷静に言った。
「昨日は朝、登校途中から具合が悪くなって教室に寄らずにすぐに保健室へ行きました。盗めるはずがありません。菊池先生に訊けばわかると思いますけれど。ちゃんと訊きましたか? 知らないなら今すぐ訊きに行ってください」
細谷はどこまでも梓を疑っている目をしている。
「なら事情を訊きに行くから、そこで待っていろ」
細谷はすぐに生徒指導室から出て行く。
残された梓は暗澹たる気持ちから、怒りに変わり、憤怒に支配されていた。なんで遅刻しただけで、私が教師から疑わなければならないのか。
昨日、具合が悪くなった私が悪いの?
でも体調不良なんて誰にでも起こることだし。たまたま昨日一時間目が体育だったからってなんでその隙に遅刻した私が盗んだことになるのだろう。人の財布を盗むような子に見えるのだろうか。
少なくとも担任である細谷にはそう映っている。根拠なんかなにもないのに。
しばらくして、細谷が戻って来た。
「菊池先生から聞いた。確かに、ずっと保健室にいたそうだな」
「そうですよ」
「だが、一度トイレに行くと言って保健室から出て行ったそうだな。その時何をしていた? 誰も見ていなかっただろう。まさかその隙に盗んだのじゃないか? 三組でも一件盗難があったそうだ。騒ぎにはしていないようだが、被害にあった生徒が怒っているらしい。赦すから正直に言いなさい」
赦す。これはこの学校の常套句だ。
何か問題があればすぐ「神の名のもと、全て赦しなさい」と言ってキリスト教の祈りを捧げるだけ。問題解決はすべて神に委ねると言いだすのだ。
そのことにも腹が立つが、今は疑われていることが悔しい。
菊池も、トイレに行ったことまで言わなくていいのに。
「私は具合が悪くなって、トイレで吐いただけです。そしてすぐに保健室に戻りました。教室にも、三組にも行っていません。大体三組には一時間目、先生も生徒もいたでしょう。私が盗んだって確たる証拠もなくなぜ決めつけるんですか。物的証拠を持ってきてください」
「お前じゃないなら誰が盗んだんだ」
「知りません」
知るわけがない。
場の緊張状態が続いている。細谷は少し表情を緩めた。
「まあ、三村の行動はわかった。本当にやっていないんだな。神に誓えるか」
「誓ってやっていません」
神に誓うまでもないし、誓いたい神などいない。
「じゃあ、クラスに戻りなさい」
梓は立ち上がると、そのまま生徒指導室を出た。多分、細谷は梓を開放したものの、絶対に疑っている。そういう表情をしていた。なにが神の名のもと、赦す、だ。
心がささくれる。
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