第5話

昼休みになり、一度工藤、吉岡、五十嵐と話をする。早く終わらせたいから今日中に読んで明日から発表準備に取り掛かろうということになった。


話し終えて三人と別れ、雪乃と昼食を食べる。


盗難騒ぎは落ち着いていた。服部と小林は、友達からお金を借りて購買部にパンを買いに行ったようだ。


二人とも納得のいかないような顔をしているが、何事もなく時間は過ぎ去り昼休みが終わる。


六時間目は社会科だった。


男性の社会科教師が入って来ると明るい口調で唐突に言った。


「今日はだな、みんなの好きな本を一冊選んで、一週間後に発表してもらおうと思う。社会学的観点からアプローチしてみろ」


クラス中から悲鳴が上がり、ブーイングが起きる。


「現国も発表があるんですけど」


渡辺が言った。


「いいことだ。クラスみんな一丸となって発表するということは」


「よくありません。疲れます」


山田も反論している。


「とにかく発表してもらうぞー。好きな本ならなんでもいい。本を読んだり紹介したりすることは、視野が広がるからな。人文学系の本も読んでおくと教養にはなるぞ」


「これも教頭命令ですか」


渡辺が訊ねる。


「まあ、それもある」


社会科教師は発表の説明を始める。今回は、ただ本を読んで社会学的観点から生徒が一人ずつ感想を言えばいいらしい。だが、梓の心はまたも暗くなってくる。



なんでこんなに発表ばかりしなくてはならないのだろう。知り合いの先輩によると少なくとも去年まで、三学期は週に二回登校で、始業式から授業をするということもなかったという。


発表も年に三回程度だったらしい。もともと生徒の自主性を尊重したのんびりとした学校、が売りだったのに、なにかこの学校はおかしくなった。




授業を終えて社会科教師が去り、入れ替わるように細谷が入ってきてホームルームが始まる。


するとすぐに服部が手を挙げた。


「今日、私と小林さんの財布が盗まれました」


クラスが再びざわつき、空気がざらざらとしたものに変わっていく。


「心当たりのある方は名乗り出てください。なくしたのではないと思います。朝礼拝堂に行く前まではちゃんとありました。小林さんは?」


服部は小林のほうを見る。小林が立ち上がった。


「はい。私の財布も朝まではちゃんとありました。お願いなので心当たりのある人、

犯人は名乗ってください」


小林の声は切実だ。だが誰も名乗らない。当たり前だ。盗んだ人間は私が犯人です、なんて言うわけがない。


「細谷先生、これについてどう思いますか」


学級委員の鈴木が訊ねる。


「大変なことだ。犯人はあとで名乗り出なさい。でもな、みんなには赦すことも必要だということを知ってほしい。じゃあ、終礼を」

 

それだけか。財布を盗まれた人がいるというのに。そんな担任の在り方にも酷く憤りが湧く。結局、この学校には問題を解決する気などないのかもしれない。



終礼当番の子が教壇に立った。この聖花女子学院には毎朝の礼拝と、終礼がある。朝の礼拝は高等部の生徒が第一礼拝堂、中等部の生徒が少し狭い第二礼拝堂に行って、まずは賛美歌を歌い、クリスチャンの教師から実体験を交えて聖書を教えられる。



だが教頭が礼拝堂の壇上に立つときは、去年からもう、聖書の教えはどこへやら、一つ上の先輩たちがいい大学を入ったことを毎回のように得々と長々と話すだけであとは祈るだけになっている。


終礼は各クラスに一台オルガンがあり、伴奏ができる子と共に当番の生徒が好きな賛美歌を指定してみんなで歌って、生徒が気に入った聖書の節を選んで感想を述べるというものだ。


そうして日誌を書いて次の子に回す。


つまり誰にでも当番は回って来る。聖書の授業もあるが、梓はほとんど聞いていない。


例え話が多くて眠くなる。そもそも聖書に興味がない。


日曜は教会に行ってレポートをまとめ、学院長に提出する決まりになっているが、教会へも行っていない。


終礼と同じように梓は聖書の適当な個所を選んで、それについてレポートを書いているだけだ。


たまに抜き打ちで教師が教会にちゃんと生徒が来ているか電話をするらしいが、そのことにも内心でうんざりしている。



寄り道も本屋以外のところは行ってはいけない決まりがあり、教師が学校近辺、渋谷や新宿、川崎、池袋、原宿まで行って見回りをしているらしい。


見つかった子は即座に注意され教師の納得のいくまで繰り返し反省文を書かされる。


青春のひと時も楽しくない学校。それが聖花女子学院だ。


なんでこの学校に入らなければならなかったのだろうと、常々思う。


大事な十代という時期を潰されている気がする。友達と寄り道をしたい。喫茶店へ寄ったりカラオケに行ったりしたい。家と学校を往復するだけの日々も、ストレスが溜まる。 


そして、広範囲に教師が忍者の如く潜んでいるので、違反をして捕まる子もかなり多い。




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