第3話


結局スカートは買い替えずに済み、翌日は電車に揺られた。


五月の日差しは強く、少し歩くだけで汗ばむ。


電車からの景色を眺めるのももう飽きた。


学校は自宅から電車で四十分程度の田園都市線沿いのところにある。朝はいつもぎゅうぎゅうの満員電車だ。


昨日佐藤に呼び止められたことがストレスの引き金となってしまっているのか、なんだか今日は具合が悪い。


電車の中は暑いし熱気がこもっているし人が多すぎて動けず、吐きそうになった。


このまま帰って休むか。でも休むと、内申に影響が出る。それに今からなら学校のほうが近い。でも、帰ったほうがいいかもしれない。



戻るか学校へ行くか考えているうちに、だんだん貧血っぽくなってきた。電車の中で踏ん張り、学校の最寄り駅に着くと、ホームのベンチに腰を掛けて二十分ほど休んだ。


頭がくらくらする。座っているのもしんどい。すぐにでも横になりたい。変な汗もにじみ出てくる。持っていた水筒で水分を補給した。駅員に伝えようかとも思うが、騒ぎにはしたくない。このままここで休んでいよう。


汗は流れ続ける。熱中症だろうか。


時計を見る。


朝の礼拝があるから、学校が始まるのは八時十分。普通の高校より早い。


今は八時。しばらく動けそうにないから遅刻だ。担任の細谷にスマホで連絡をする。


そこから更に三十分ほど休んで立てるようになると、学校へ向かってすぐに保健室に寄った。一時間目は体育で三年二組の教室には誰もいないはずだ。


「顔色悪いわね。具合悪い?」


保健室で梓を見るなり、担当の菊池が言った。


三十代くらいの美人だ。


「はい。寝かせてください」


「ベッド空いているから。ゆっくり休んで」


言われてカーテンを閉め、ベッドで休む。一時間目の間はゆっくり休ませてもらおう。座って休むのと横になるのとでは、やっぱり全然違う。


横になったほうが体は楽になる。でもなんだか胸がむかむかして気持ち悪い。


「すみません、ちょっとトイレ行きます」


急いでトイレに行って、吐く。朝食べたものが出た。やはりこれは熱中症ではなく精神的なものだろう。この学校にもう耐えられないのだ。


保健室に戻ると、菊池が心配そうに見てきた。大丈夫かと言われたので頷く。三十分ほど眠ってチャイムで起こされた。この時にはもう、大分楽になっていたので身を起こす。


「三村さん、具合はどう?」


菊池がそう言って目を見てきた。


「おかげさまで楽になりました」


「二時間目は出るの?」


「はい。一応」


「具合が悪くなったらすぐ来るのよ」


「わかりました。ありがとうございました」


深く頭を下げて保健室を出ると、二組の教室へ戻る。


多くの子が着替えをしている。男子がいないからみんな堂々としているし、男性の教師に見られてもいいや、なんて言っている子もいる。


女子校に六年近くもいると恥じらいもなくなり、性格はみんな男子化する。世間一般が想像するおしとやかなイメージなんて女子校にはない。


少なくともこの聖花女子学院にはまるでない。


「おはよう、梓」


着替えを終えた雪乃が笑顔で声をかけてくる。


中等部の時から仲の良い、唯一の友人だ。


「おはよう」


「今日遅刻? なかなか来ないから心配したよ。珍しいね」


「電車の中で具合が悪くなって、保健室へ行っていた」


「え、大丈夫?」


「うん、今はもう平気。それより雪乃昨日休んでいたじゃん」


「ああ、うん。風邪っぽかったから」


「そっちのほうが心配だよ」


「もうよくなったよ。じゃあ、また後でね」



席は横四列、縦五列。雪乃は廊下側の二列目、二番目の席。梓は窓側二列目の三番目の席。クラスは二十人。


席につこうとしたその時、騒ぎが起きた。


「ねえ、誰か私の財布知らない?」


着替え終え、髪をひとつにまとめた服部が大声でそう言い、目を大きくして叫んだ。


「鞄に入れていた私の財布がないんだけど!」


周囲が一斉にざわつく。すると、ショートカットの小林も手を挙げた。


「私の財布もない」


ええっ、とクラス中がどよめく。


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