10.甘いもの談義

 約束どおり、誘鬼ゆうきは月が出るまでには飛鳥あすかの住まう邸宅へ戻ってきた。月が昇るよりもだいぶ早く黄昏時もかくやという刻限に、誘鬼は富久ふくとじのふくれ菓子を手に、開き直って縁側で大の字に寝転がる飛鳥の元へとやってきた。

「え、富久とじの? ふくれ菓子? 本当か、さすがわが友! 爺やお茶を用意してもらえるか」

 飛鳥がわーいと小躍りをしている間に、二切れずつ皿にのせられたふくれ菓子と濃いめの茶がふたりの前に用意された。

「そういや、オメーが引きこもってる間に、富久とじで甘い茶碗蒸しが十食限定で売られてたぞ」

「え? なんだそれ? 甘い茶碗蒸し? うまいの?」

「秒で完売みたいだぜ?」

「そんな一瞬で……ということは美味に違いない。なんたって富久とじだもんな。富久とじといったら美味を意味すると言っても過言ではないと俺は思うのだが、誘鬼はどう思う?」

「……人によると思う」

 飛鳥の熱に幾分気圧されながら、誘鬼は短く答えて引きつった笑みを浮かべた。秒で完売というのは大げさかもしれないが、美味いのは事実なのだろう。いずれ食してみたいものだと誘鬼も思う。

「明日、誰かに買ってきてもらおう」

「あ。それ店内限定らしいぜ。持ち帰りはナシ。

が早いんだとよ」

「ほう、そうか。では夜明け前から並ばねばならないな!」

 フンと鼻息を吹いて気合を見せる飛鳥に、誘鬼は「迷惑だからやめろ」と頭をはたいた。八重波やえなみがいれば直後に誘鬼の頭にゲンコツが落ちていただろう。

「身内びいきじゃねぇけど、ねりきりは峠の茶屋のが一番だな」

 ふくれ菓子ををつまみながら誘鬼はつぶやいた。それに飛鳥は賛同し首を縦に振る。

「確かに。そういえば、十日ばかり前だったか。羽織を新調したので、紫苑しおんを呼んで羽裏に和歌を書いてもらったのだが、その時にねりきり持ってきてくれたぞ。「今日も誘鬼は家出中だった」とぼやいていたが、おまえ、そんなにあちこちどこに行っているんだ?」

「さあ? 気が向くままあっちこっち」

 どうでもいいじゃんと言わんばかりに鼻でせせら笑いながら答えて、誘鬼はぐいと茶を含む。そういや十日前はどこへ行っていたっけと思い返し、あの日は父親の使いで隣町まで出向いたのだが、出立前に口論となり使いの品を引っつかんで家を飛び出したのだと語って聞かせた。

 そんなことなどをダラダラしゃべっているうちに、いつしか赤く染まっていた西の空も群青の色に覆われて、東の空には丸い月が昇りはじめていた。

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