8.かげおくり

 庭に出ると、傾きはじめた陽の光が、誘鬼ゆうきたちの影を黒々と地に映した。

「なっ、何かあったらオマエ絶対呪ってやるからな! 絶対、絶対だぞっ、絶対だからなぁぁぁっ!」

 引きずられてきた飛鳥あすか八重波やえなみにしがみつきながら吠えた。

「うるせーよ。テメーの呪いなんざ鼻息で吹き返してやるよ。つべこべ言ってねーで爺やから離れろや。んで、そっち向いて立てって、そっちじゃねー。とっととしやがれ! こっちじゃねえつってんだろ! あっち側向いてまっすぐ立てって。爺や、飛鳥蹴っ飛ばせ!」

「若、失礼をばいたしまする」

「わー! 爺やー!」

 さすがに蹴飛ばしはしなかったが、八重波はしがみつく飛鳥を引きはがして立たせると、誘鬼に従って屋根の下に移動した。

 そうして無理やりに直立させられた飛鳥の視線の先には、くっきりとした飛鳥の影ができている。そしてその影の隣には飛鳥の言うとおり、誰のものかもわからない人の形をした影が落ちていて、飛鳥の手と繋がっていた。

「ギャッ! やっぱなんかいるっ! 誘鬼、見えるか、なんかいる!」

「だーから、そいつをこれから離すんだって」

 わめく飛鳥にうんざりと返事を返しながら、誘鬼はその影のもとにかがみこんだ。そして、何者かわからない影と繋がれている方の飛鳥の影の手首のところに、麻紐のもう一本を括りつけるようにして置いた。そうしてふと飛鳥を見上げて低くつぶやく。

「飛鳥、絶対に動くんじゃねぇぞ」

「動くなったって、コイツが動けば俺も動いてしまうんだから約束できないっ!」

「そりゃ、オメーの思い込みだって、影見なけりゃいいだろ。他所向いとくか目ぇ瞑っときゃいいんだ。つか、動くなって、あーもー、しゃーねーなー」

 立ち上がった誘鬼は、飛鳥の隣、影のいない方に立つと飛鳥の手をとった。

「よし、と」

 飛鳥の手をギュッと握り、誘鬼は目の前の影に目を移した。

「飛鳥。十数える間、影見てろ。絶対に目ェ逸らすなよ。そんで十数えたら、空を見ろ。さあ、ひとーつ、ふたーつ」

「え・・・え? あーっ、瞬きしてしまった」

「一瞬なら大丈夫だ、みーつ、よーっつ、瞬き三回までな、いつーつ、むーっつ」

 誘鬼は淡々と答えながら淡々と数を数える。飛鳥はうう、と唸りながら誘鬼の手を強く握り返す。握り返しながら、誘鬼があまりに淡々としているので、なんだかそれほど大騒ぎするほどのことではないのかもと、飛鳥はほんの少し落ち着きを取り戻してきた。そうして誘鬼が十まで数を数える間、三回の瞬きをする以外は不動を守ったのだった。

「とーお。飛鳥、空見ろ!」

 誘鬼の合図とともに飛鳥は蒼天を見上げた。

 飛鳥が見上げた空に、白い人型の影がみっつ、並んで映っているのがみえた。隣の誘鬼も空を見上げ、小さく口の中に呪を含ませている。

 しばらく見上げてふたつみっつと瞬きしている間に、その白い影は青空に溶けていくように薄れていき、やがて見えなくなった。

「もういいぞ」

 誘鬼のそんな声とともにぱっと手を振りほどかれて、飛鳥は我に返った。

「影はなくなったぞ」

「本当……だ……?」

 言われるがままに蒼天から足元に視線を移した飛鳥は、ひと呼吸おいて後、素っ頓狂な悲鳴を上げた。

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