5.たそがれDOKIっ☆
その日、
その帰り、飛鳥は
「爺や。たまには
帰路の近辺にある甘味処を思い出し、飛鳥は八重波を引き留めた。
「持ち帰りでいいから、富久とじのふくれ菓子が食べたい。あ。そう思ったら、もう口の中がふくれ菓子になっている。頭の中も富久とじのふくれ菓子でいっぱいだ。もう、ふくれ菓子以外なにも考えられない! いくぞ、爺や」
「あっ。若君、お待ちを」
そう言って飛鳥は甘味処へ向かって跳ねるように駆けていった。
それほど猛ダッシュしていたわけではないが、結果的に飛鳥は八重波を置いて通りの角を折れたところで、束の間ただ独りとなった。ちょうど夕日が正面から射す形となり、飛鳥は目をそばめて歩調を緩めた。顔を逸らすが、あまりに眩しくて周囲が金色がかった白に染まってみえる。
(ああ、こんなに眩しくては、向こう側からやってくる人が見えなくて、ぶつかってしまう)
飛鳥は最初にそう思った。しかし、向こうから来る者なら夕日を背にしているのだから、向こうが避けてくれるだろうと、そう考えて飛鳥は歩調を緩めてそろりそろりと歩きだした。
飛鳥が考えるとおり、向こう側からやってくる者はみな、飛鳥を避けてすれ違っていく。実際は眩しくてうつむいた視線の先に映る、地面に落ちた影が通り過ぎていくのを見たのだったが。
そのうち視線の横で影が跳ねるのが見えた。
「影踏み鬼さん 影踏ましょ」
同時に
「誰かの影踏み いちぬけた」
通りで影踏みをしているようだ。飛鳥の行く先から伸びている影が、右へ左へとちらちら滑っている。
「踏まれて影は 鬼になる」
声は確かに楽しげにはしゃいだ様子だった。
けれど――
なぜだか少し違うところから聞こえてきているように思われる。こんなにも人が多いから、その雑踏の中で聞くからおかしなふうに聞こえるのかもと、飛鳥はそばめた目を足元からすと横に滑らせた。
「夕やけこやけの 夕間暮れ
影は とおくへのびている
赤いお空が まぶしくて
影は誰でございましょう」
視線の先に、影があった。楽しげに逃げまどう様子が、影からも見てとれる。ただ、その影は飛鳥の行く先からではなく、横から伸びている。否。横だけではなく、後ろからも斜めからも、あらゆる方向に夕日があるように、影は地面に方々バラバラに散っていた。
飛鳥は気が付いた。
視線の先には、人はいなかった。飛鳥の横をすり抜ける影も人でも物でも、光を遮るべき物体が、どこにもないのだった。
「……っ」
飛鳥はごくりとつばを呑んだ。多くないにしても、人通りはそこそこある道なのだ。にもかかわらず、誰ひとり通らない。飛鳥ただひとりがこの通りに立ちつくしている。
「お兄さんの影、踏んだ」
ふいに背後から声がした。ゆるりと振り返ると、後ろに長く伸びた自分の影を、地面を這う何者かの影が音もなく踏みつけたところだった。
「うわぁぁっ!」
悲鳴を上げて尻もちをつくと、大丈夫かいと声をかけられた。飛鳥はハッとして顔を上げると、声をかけた主と周囲にいた人々が驚いた顔をしていた。直後に後方から「若ぁ~」と八重波の声が近づいてくる。
「若? って……マア、若君様?」
そんな誰かの声を聞き、最初に声をかけてきた者は「ええっ! じ、城主の坊ちゃん、お怪我は……」などと、ソワソワしながら手を差し伸べた。自分がすっ転ばせたわけではないが、どうにもばつが悪いといった風情だ。
「あ……う、うむ、大丈夫……だ」
飛鳥は周囲の人々に手を貸してもらいながら立ち上がったところで、八重波が追いついてきた。
「若、もう子どもではないのですから、急に走りだしてはなりませぬ! ましてや民に迷惑をかけるとは、将来この国を統治する者としての自覚が足りぬ証拠ですぞ!」
「う……すまぬ……」
「周りの者にも!」
「め、迷惑をかけた」
「手を貸してくれた者にも!」
「かたじけない……以後、気を付ける」
袴についたほこりをはたきながら、八重波はガミガミと親の代わりに叱り飛ばす。
八重波の剣幕に気圧されながら周囲を見渡してみると、そこは普段と変わらぬ馴染みの通りだった。八重波を巻いた角から、小走りでほんの五、六歩ばかり通りに入ったところだ。行く先だった方向に視線を転じれば、まばゆかった夕日は建物の陰に隠れ、薄藍と白のグラデーションのかかった空が広がっていた。
その翌日から、飛鳥は外でおかしなものを目にする。
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