とある日のフィナンシュ王国立魔法学院魔導機学部

 ドルチェ・エスターニアのもう一つの顔は、王国立魔法学院の助手である。


 元はと言えば、国有ダンジョン『欲望の坩堝るつぼ』から出土する魔導機や魔導書の調査解析の為、設立された学院だ。

 興味深すぎる研究材料に惹かれて、フィナンシュ王国内でも指折りの賢者たちが集まった結果、王国の最高学府としての地位を確固たるものとしていた。

 学究の徒として魔導機学を学ぼうと、最高学府の門を叩いた学生たちは、妹のような年頃の少女に指導されて愕然とする。もはやそれは、通過儀礼に等しい。


 今日も今日とて、ドルチェ・エスターニア嬢は豪奢なドレス姿のまま、謎な形のオブジェに小さな身体を半分突っ込んだ姿で、学生たちと挨拶を交わしていた。


「おはようございます。……って、それ何っすか?」

「おはよ~。何だろうね?」

「何だろうねって、ドルちゃんが持ち込んだんでしょ? それにドレスで作業してると、また美人のメイドさんに叱られますよ?」

「作業服に着替える時間がもったいないもん。私の好奇心は、モアレのお説教でも止められないよ!」

「ほう……じゃあ、その言葉を一語一句違わずメイドさんに伝えよう」

「やめてぇ……普段は優しいけど、本気で怒ると怖いんだから」


 本気で脅えている声音に苦笑しながらも、男子学生たちは、稚い美貌が見られないのを残念がっているのが明白。冷ややかに、女子の顰蹙を買っている。

 それでも謎なオブジェに興味津々な様子なのは、やはり魔導機学を学ぶ学生故だろう。


「今週の課題は、着火の魔導機の修理よ。机の上に教材は置いてあるから、いつものグループに分かれて検討してみて。……上級生は直ぐに手を出さず、下級生にアドバイスしてあげてね」


 急に指導者らしいことを言われ、学生たちは卓上に置かれた魔導機を囲む。

 単純な魔導機だが、修理箇所は千差万別。学生には、なかなか手ごわい代物だ。

 上級生らしい男子が、不敵にも言い放った。


「俺としては、その謎なオブジェに興味があるんだけど……」

「まずは、課題をこなしなさい。魔導機を生き返らせると、凄いお金になるんだから」

「……『ドルチェ商会』の収入になるとか?」


 言われて、ちょっとムッとしたのかドルチェが顔を覗かせた。


「この学院の研究資金にするんですよ? 魔導機学部はお金を稼ぎやすいけど、そうでない学部もあるんだから。王国立とはいえ、予算には限りがあるの」

「他所の学部の資金稼ぎか……」

「世の中、持ちつ持たれつ。他の学部の研究成果で、こっちが助かることも少なくないの。……卒業してから、自分で好きなだけ稼ぎなさいね」

「ドルちゃんが言うと、説得力が違う」


 ドッと笑いが起こる。

 ドルチェ商会の実績は、今や魔導機を学ぶなら知らぬ者はいない。八百屋が野菜を並べるように、魔導機を並べている魔導機屋など、他にあるものか。

 この世界における、部品の製造技術がもっと高ければ、魔導機を自作しかねないと生徒たちは思っている。

 笑いながらも学生たちは、魔導機のカバーを開けて中を覗き込んだ。

 焦げ目があるとかの解りやすいものが有るはずもなく、誰もが首を傾げながら、本腰を据えていく。


「おはよう。……ドルチェ嬢、それが何か解ったかね?」


 朝の会議をやっと終えたのだろう。

 この研究塔の主であるバーナム師が、入ってくるなり質問した。

 白髪の穏やかな老師にしては珍しく、気が急いているようだ。魔導機の研究者としては、やはり気になる謎なオブジェであるらしい。

 考え込んでいる時の癖で、ふわふわした口調でドルチェが答える。


「何なのでしょうねぇ……まだ解んないです。でも、壊れていそうな所は解ったから……動いたらきっと、何なのか解りますよ」

「使い方が解らないのに、壊れてる所は解るんですか!」


 学生たちの総ツッコミが入った。

 全く理解不能の発言に頭を抱えていると、言った張本人が補足してくれる。


「魔動機の修理のコツは、魔力の流れを辿ることですよ? だから、魔力が滞ってる所は解るけど……魔力がきちんと流れるとどう動くかは、私の専門外だもの」

「話の筋は通ってるんだけど……」


 これには苦笑するしかない。

 たしかにドルチェは学院の助手であって、工学は専門外だ。それでも生徒たちは、魔導機さえ動き出せば、動きのぎこちない部分もしっかり直してしまうドルチェを何度も見ている。

「どこが専門外なの?」というツッコミを、何とか飲み込んだ。


「魔力の流れを辿る……んだよな」


 口を酸っぱくして言われている言葉を思い出し、学生たちは懸命に課題の魔導機を探り、魔力を辿ろうとする。

 それが簡単にできるなら、誰も苦労はしないのだ……。


「壊れているのは、どの部品だね?」

「ここと、ここです。……そこが直ってから、その間で見つかるかもですけど」

「部品取りの魔導機に、似たような部品が有った気がするんだが?」

「あの綺麗な音で音楽を奏でる魔導機の回転部分に、似たような部品が有ったような……でも、アレの死んでるヤツって、手持ちにまだ残ってるかな?」


 しゃがんで謎のオブジェの中を覗き込むバーナム師とドルチェの会話に、つい学生たちも気を取られてしまう。

 ここまで複雑な魔導機が持ち込まれたのは、一年ぶりくらいだろう。

 この単純な魔導機に悪戦苦闘している学生が、とても太刀打ちできる代物ではない。とはいえ、その修理過程に誰もが興味津々だ。

 あれだけぎっしりと詰まった魔導機部品の魔力の流れを、どうして辿れるのかも謎だ。どんな風に辿っているのかも、とても気になる。


「これは代用にならないかな?」

御師様おしさま、凄い……魔力が流れます。これはどの魔導機から?」

「先月、ドルチェ嬢が持ってきた、あの箱だよ」

「ああ……合う部品が無くて、お手上げだった奴……」


 なぜ、このお嬢さんは『魔力が流れる』と判断できるのか? それに部品を見て、すぐに代用品を思い出せる、バーナム師もバーナム師だ。

 下級生は唖然としながら、自分たちの指導者である師弟を見ていた。慣れっこの上級生は、その段階まで知識を得られれば教われると理解していて、今はただ呆れるのみだ。

 実際に教わった卒業生に質問しても、その答えが理解できなかった経験がある。理解できないことを一足飛びに教わっても、意味がないと皆、思い知らされた。


「良いコンビだよね、ドルちゃんと師匠って」


 魔導機の修理に限っては、バーナム師もドルチェには及ばないだろう。

 だが、天才肌で感覚派のドルチェに理論派のバーナム師が加わらないことには、あやふやな部分が論理とならず、学術的な成果として世に出ることは無かったろう。

 二人が揃うことで、魔動機学部は最高学府に足る実績を残せているのだ。

 修理屋ドルチェの不可思議な感覚を明文化できる、バーナム師の知識と才覚は尊敬に値する。

 そうして生み出された数々の論文が、魔導機学の道標として、皆を導いてくれているのだから。


「あとは、ここの部品か……」

「ここまで来たら、何とか動かしたいです」


 昼食も忘れた二人の修理は、夕日が差す頃には大詰めを迎えた。

 同じ様に昼食も、そして課題も忘れた学生たちが見入っている。

 遂には、代用になる部品を探して、二人して部品取りの魔導機を分解し始めた。それでも見つからず、ドルチェの美貌が天を仰いでしまう。


「あぁん! ここまで来てダメかぁ……」

「仕方がない……動作確認にだけ、あそこから持ってくるか」

「御師様、アテがあるんですか?」

「生きてる魔導機になら……な。二年前、君が直した投影の魔導機だ」

「あれは、御師様が講義に使ってる魔導機じゃないですか。もし、流れる魔力が部品の限界を越えたら、その部品が壊れちゃうかも……」

「儂も、替えの部品が見つかるまで待っておれんよ。とにかく、何をする為の魔導機なのか動かしてみたい」


 愛用の魔導機から、部品を取りに行く師匠にドルチェは頭を下げた。

 そして、持ってきた部品に、満面の笑みを浮かべる。


「魔力限界次第ですが、これは使えそうです」

「……取り付けてみてくれ」

「あ……ちゃんと魔力が流れます。動きますよ、これ!」


 学生たちがどよめいた。

 魔導機の中から抜け出る時に、気が急いたドルチェのドレスの裾が乱れ、別の意味での男子学生のどよめきが混じっているが……。

 そんなことはお構いなしに、上機嫌の少女が魔力を流す。

 低く唸るような音を立てて、死の床についていた魔導機が目を醒ました。

 どういう仕組なのか、先端の球形の部分から無数の小さな光が迸る。

 でも……ただ、それだけだ。


「……諸君、窓を締めてくれ」


 バーナム師の言葉に、わけがわからないまま学生たちが板張りの窓を閉じる。

 そして、歓声が上がった。

 作り出された闇の中、教室の天井に無数の星々が煌めいていた……。


「全然、見たことのない星空です……」


 雲のように、微かな星が集まった場所。そして星々の並びを辿って、ドルチェが呟く。

 それ故に、より幻想的で美しい夜空に見える。

 ドルチェは乙女らしく、ロマンチックな溜め息を漏らした。


「魔動機って、どこから来るのか不思議だったんですけど……。これは魔導機たちの故郷の星空なのでしょうか?」

「……かも知れんな。どこの世界の星空なのか」


 つい乙女の感慨に引き込まれてしまったバーナム師は、照れ笑いしながら首を捻った。


「この星々の配置は、描き写しておこう。魔法地政学か、考古学か……どちらにしても、目の色を変えて飛びつくだろう」

「星空を映す魔導機……実用性は無いですけど、芸術性は高いです。売り込むとしたら、寝室の雰囲気作り? それとも、一回こっきりだけどパーティーの余興にも使えるなぁ。こういう物に出費を惜しまない好事家の貴族といえば……」


 さっきまでの乙女な感慨はどこへやら、いきなり商売人として算盤を弾き始めたドルチェに、学生たちの乾いた笑いは聞こえていそうにない。

 本日学生たちが学んだことは、魔導機の修理ではなく、ドルチェ商会の商魂の逞しさについてのようだ。

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