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ミストーン

『ゴミ拾い』パーティーの悪評と称賛

 国有ダンジョン『欲望の坩堝るつぼ』の入口には、今日も荒くれ共が群れている。


 登記上はもっと堅い名前があったはずだが、いつしか通り名が勝り、本来の名前が忘れられて久しい。

 ──魔王が討伐されて数百年。

 もはや魔物が出るのは、何らかの魔法が働いていると思われるダンジョンの中だけ。

 そして、思わぬ財宝が手に入るのも同じだ。

 手堅い仕事に馴染めず、一攫千金を夢見る愚か者たちが、安くは無い入場料と生命の危機を代償に、儚い財宝の夢を見る。

 ほんのひと握り……いや、ひと摘みの成功者に憧れて、荒くれ共が群がり、散っていく。

 入場料が税収となり、荒くれ共が勝手に命を散らすのだから治安も保たれると、良い事ずくめの王国としても、成功者を喧伝しない理由はないだろう。

 かくして今日も、欲望に目が眩んだ荒くれたちは、ダンジョンに挑む。


 ダンジョンの入口はサロンになっており、バーカウンターが隣接されている。

 なんとか自分の命だけを土産に、手ぶらで戻った者たちは自棄酒を呑み、わずかでも報酬を得られれば、祝い酒だ。

 壁には『魔導書を求む』などの買取依頼が貼り出され、うまく一致すれば、買取カウンターの数倍の値段で売却できる。運良くお宝をゲットした羨ましい奴はいるのか、ギラついた目で出口を見張るにも、酒場は必要だ。

 もちろん酒代は国庫に入り、扇情的な衣装で給仕をする女性も、れっきとした国家公務員なのである。


 酒盃を煽り、手ぶらで戻った同輩をからかう喧騒が、不意に途切れた。

 まだ若い六人組が、背負い袋では足りずに両手に抱えてまで、大荷物を抱えて戻ったのだ。


「おい……あれはスコットたちだぜ」

「あんなお宝、どこに在ったんだ?」

「あいつらが潜れる階層に、そんな物があったかよ?」

「再構成なんて、されてねえよな?」

「バカ、ダンジョンの再構成は兆しがあるから、そんな日に潜らせるわけねえだろ」


 静寂が、ヒソヒソ話に変わる。

 あれが全て一番の高額で買い取ってもらえる魔導機ならば、とんでもないお宝だ。

 時折、ダンジョンの中が自動的に再構成され、それまでのマップが意味を無くす『生きてる』ダンジョンとはいえ、そんな話は二ヶ月間前以降、聞いていない。

 隠し通路を見落としたのか?

 後悔と羨望のざわめきは、誰かの言葉で嘲笑に変わった。

 魔道士の娘が抱く得体の知れないオブジェの、特徴的な形に思い当たったらしい。


「笑わせんなよ。ありゃあ、二階層にあったゴミの山じゃねえか!」


 誰もが合点がいった。

 二階層の外れにあった、粗大ごみ捨て場と言うに相応しい、『死んだ魔動機』の山。

 何組もがそれに騙され、自慢気に持ち帰っては、買取不可のゴミと断定されて物笑いの種にされた。それをまとめて全部、持ち帰ったバカが現れた!

 サロンを揺るがす大爆笑が起こったのは、言うまでもない。


「ゴミ拾いとは御苦労なこった!」

「この先、あれに騙されるバカが出なくなるのは寂しいぜ!」


 同輩たちの嘲笑に耐えながら、スコットと呼ばれた若者が受付カウンターに帰還報告を済ませる。身に付けた鎖帷子や、背中に背負った盾すら重そうだ。

 笑い転げる連中を横目に見て、疲れた顔で歩き出す。

 彼の仲間たちも同じ。言い返す気力も無いのか、重い足取りで出て行った。

 そんな姿がまた、荒くれたちの笑いを誘う。

 ひとしきり笑いが収まった頃、一人の女が首を傾げた。


「あの子達……あんなゴミをどこに持って行くのかしら?」


       ☆★☆


「いらっしゃいま……いえ、ご苦労様でした」


 臙脂色のメイド服を纏い、眉の下で前髪を切り揃えた女性が、襟足にかかる濃緑色のボブカットを揺らして微笑んだ。

 スコットたちは、ゴミと嘲笑われた荷物を丁寧に下ろすと、メイド服の女性に渋い顔で笑顔を繕う。


「モアレさん、ご依頼の品はこれでよろしいのでしょうか?」

「はい、こんなにあるとは思いませんでした。重かったでしょう?」

「荷物より、気持ちの方が重かったよ……」


 魔道士の娘……エレノアが、ぼやいた。

 斥候の少年、ロックが追従する。


「依頼主に言う事じゃないけど、こんな依頼はこれきりにしてもらいたいな。冒険者は実績と信頼が矜持なんだから……仲間に笑い者にされるんじゃ、いくらもらっても割があわないって」

「申し訳ございません。でも……これだけあれば当分は、大丈夫だと思います。最終的な報酬は、お嬢様がじきに戻りますので、それからで。……しばらくお寛ぎ下さい」


 揺るがぬ笑みでいなされては、黙り込むしか無い。

 スコットたちは、商談用なのだろうテーブルを囲んで、モアレが注ぐワインを口にする。

 ロックは自棄だと一気に煽りかけて、目を白黒させた。

 ダンジョンのサロンで呑むような安酒でない。一口で解ってしまう。仲間たちは思わず、顔を見合わせた。


 ……一体ここは、どういう店だよ?


 表通りから、奥まった道に折れて少し行った所。

 こぢんまりとした店構えだが、棚に並んでいるのは、高価とされる魔導機がズラリ。

 灯りくらいは解るのだが、その他の使い方は検討もつかない物ばかりだ。すべてが『生きてる魔導機』であるならば、価値は計り知れない。


「スコットさんたちが戻ったって?」


 勢いよくドアが開いて、小柄な少女が飛び込んでくる。

 華やかな金髪と、愛らしい水色のエプロンドレスに目を奪われてしまう。だが、良く見るとふわふわした髪は収まりが悪そうで、エプロンドレスには油染みができている。

 彼女の主人ドルチェ・エスターニアのそんな姿に、モアレは大きく溜息を吐いた。


「お嬢様……ドレス姿での作業はおやめくださいと、何度言えば……」

「アハハッ。いつもモアレが完璧に落としてくれるから、安心しちゃって」


 悪びれることもなくドルチェは、スコットたちが持ち込んだゴミの山に目を輝かせた。

 はしたなく膝をついて、次から次へと手にとっては謎な基準で仕分けしてゆく。

 メイドに仕えられ、その豪華なドレスからも良家の令嬢と窺い知れるのだが、その行動は奇行以外の何物でもない。


「ムフフ……『ゴミ拾いの冒険者』の笑い話が学院まで聞こえてきたから、絶対にスコットさんたちが戻ってきたと思って、すっ飛んで帰って来たのよね。大正解! これは大漁だねぇ……期待以上だよ」


 仕分けながら、ご機嫌で呟くドルチェ。

 もうそんなに噂になっているのかと、スコットたちはガックリと肩を落とした。

 慰めるようにモアレがおかわりを勧めてくれるが、自棄酒にはもったいなさすぎる高級ワインでは、対応に困ってしまう。


「うん、大満足! モアレ、これなら倍額払っても安くないよ」


 ピョコッと立ち上がったお嬢様の言に、直ぐにモアレはチェックタグに倍額を入力して、差し出す。

 スコットは、首に下げた冒険者の身分証明でもある金属製のタグを重ねて、依頼達成の認証を受け取った。同じ様にダンジョンの報酬カウンターでタグを重ねれば、パーティー全員の口座に報酬が分配される手筈。

 このタグは身分証明であると同時に、財布代わりとなり、大金を持ち歩かずに済む優れものだ。

 とはいえ……。


(倍額もらっても、割に合わないよな……)


 口には出さないが、仲間たちと目で語り合い、溜息を吐いた。

 こんな笑い話は当分消えないだろうし、まだ他のダンジョンに移れるほど金は溜まっていない。

 当分は『ゴミ拾い』の汚名を背負って、やっていくしか無いだろう。


「では、このワインもお持ち下さい」


 状況を察してか、先程口を開けたばかりの高級ワインを差し出してメイドさんが微笑む。

 ありがたく受け取っておく。

 何のつもりか、カウンターの後ろをガサガサと漁っていたお嬢様が、満面の笑みで小箱を差し出してくれた。


「やっと見つかったよ……。これは私からのボーナスです」


 三面がガラス張りの手のひら大の小箱だ。ガラス張りというだけでも値が張りそうだが、これが何なのか検討もつかない。

 ぐるりと仲間たちを見回して、斥候のロックに手渡された。


「この部分に肌を触れるの。そして『ルミュール』ってコマンドワードを唱えて」


 言われた通りにすると、眩いほどの白い光が店内を照らした。

 魔導具のランタンだと!


「肌から離せば光は消えるし、炎と違って揺らがないから、罠解除の時に細かい作業がしやすくなるよ。ついでに……この光は魔物には見えないんだって」


 ついでに……の内容がとんでもなさ過ぎる!

 それが本当なら、お宝リストでもトップランクの『妖精のランタン』ってヤツだろう?

 そんな物、依頼のボーナスでホイホイ渡すものじゃない。

 金貨何百万枚もの価値がある物だ。このお嬢さんは頭がおかしいのではないか?

 慌てるスコットたちの反応に、お嬢様は得意げに笑った。


「気にしない、気にしない。冒険者にしか売れないし、これを買えるような人は、もうダンジョンに潜らないし……。それに元はと言えば、金貨一枚で買った物だから」

「どこの常識知らずから買い叩いたんだよ……こいつの価値は……」

「三面ガラスの銅の小箱なら、相場でしょ?」

「それだけならともかく……こいつは『妖精のランタン』だろう? だったら……」

「買った時は、ただの小箱だもん。ボッタクってなんかいないわよ?」


 お嬢様は油染みの付いたエプロンドレスのスカートを摘み、優雅なカーテシーで笑った。


「魔動機販売と修理の店、『ドルチェ商会』へようこそ。もう動かぬ壊れた魔導機等ございましたら、お持ち下さいませ。適価で買い取らせていただきます」


『ゴミ拾いパーティー』と嘲笑された冒険者達が、即日に成功者に成り上がった驚愕の噂は、あっという間に王国内へと広まった。

 その冒険者達は、思わぬ成功にも引退することはなく、風変わりなお嬢様を喜ばせる為に今もダンジョンに潜り続けてるという。

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