第75話 商品作製

「あぁ、疲れた……」

「夏の暑さは強敵ですね……」

「大丈夫か、二人とも」


 室内に入るなり、ぐったりとテーブルの上で溶けるレイスとシルヴィア。二人ともそれなりの体力はあるが、流石に炎天下の中を長時間に渡って行動していてはバテたりもする。


 体力面では三人の中で一番のラフィーだけは、唯一まだまだ余裕そうだった。


 レイスが騙されかけてから、約二時間。現在は昼を少し越えた頃。


 レイスはラフィーとシルヴィアと一緒になんだかんだ他国の品を見て回り、魔道具作製のための指輪など、使えそうなものを買い揃えていた。


 レイスは今回の外出の成果とも呼べるものをテーブルの上に並べる。

 中でも、二つの果実に関しては望外の収穫だ。真っ赤な果実と青い果実を見比べ、レイスは笑みを浮かべた。


「そういえばその果実、見つけるなり買い込んでたけど何なんだ?」

「グラの実に、オドの実。正直、こんだけ手にいれられたのはほんと幸運だった」

「そこまでなんですか?」

「グラの実には膂力強化、オドの実には魔力回復の効果があるんだ。これがあれば、新しいポーションが作れる」


 いわゆるバフのような効果を持つポーションを作製可能になったのだ。効果は永続的ではないが、これは冒険者にとっては非常に嬉しいものだろう。レイスとしても万が一のときに役立つ。そんな瞬間は訪れない方がいいのはまず間違いないのだが。


 人生がそう上手くいかないことをレイスは知っているのだ。


「そのポーション、飲んだら筋肉が倍増したりとかしないか……?」

「人が作るものを何だと思ってるんだ……あくまで魔法的なものだから効果は一時的なものだし、悪影響はないぞ」


 ラフィーが真剣な表情で劇物のような扱いをするものだから、レイスは思わず半目になる。錬金術師として、身体に害を及ぼすものを作っても仕方がない。


「ならいいんだが……」

「任せてくれよ。これから色々作るとこだし」

「程々にな」

「頑張ってくださいね、レイスさん」


 シルヴィアの休憩が終わり、姉妹二人は立ち上がる。二人はこれからちょっとした依頼があるのでここでサヨナラだ。


 二人はエールを送り、部屋から姿を消す。


 一人になったレイスは、気合いを入れるためグッと伸びをする。


「頑張りますか」


 レイスは瓶と受け皿を用意し、ポーションの素材も大量に準備。量産体制へと入る。店を始める以上、ある程度の在庫は確保しなければならない。


 日々の素材の栽培の甲斐あって、エリクサーも中々の数を作ることが可能。腕が鳴るというものだ。


「あんまりポーションばっかにも時間かけてられないし、ちょっと疲れるけど急いでやるか」


 両肩をぐるぐると回し、これからの作業に備える。大量に積まれている薬草へ手を伸ばすと、両手に持った。


「『抽出』『浄化』『成分固定』『昇華』」


 レイスは錬金術を二つ同時に発動。右手、左手の両方を使って薬草の加工を進めていく。もちろん普通ならこんな芸当は不可能だ。


 仮に可能だったとしても、作製されたポーションの効能は大幅に低くなるだろう。


 しかし、レイスの手から作り出されていくポーションはどれも高水準の効能を保持している。とんでもない速度で素材の山が消えていき、レイスの目の前には瓶に詰められたポーションが増えていった。


 忙しなく動く手は止まることを知らない。


 数分も経過すると、レイスの前には大量のポーションが並んでいた。澄んだ色の美しいポーションの数々は、どれも最高級の効能を誇る。


「こんなもんかな。というか、やっぱりこれすると疲れるなぁ……」


 とにかく頭を使う行為なので、甘いものを食べたくなる。適当に菓子をつまみながら、レイスは次の作業へ。


 先ほど購入したばかりのグラの実とオドの実を分けて大釜の中へ入れる。


「『圧縮』『攪拌』『昇華』」


 大釜の底に描かれた魔法陣の効果によって加熱。同時に発動された錬金術によって実の形は崩れ、粒すら残らずに滑らかな液体となる。


「大釜あるとやっぱ楽でいいな」


 工房があるのとないのとでは作業効率が格段に違う。いくらレイスが凄腕の錬金術師とはいえ、一度に加工できる分量だけはどうしようもできないのだ。店をやるともなれば尚更工房を作っておいてよかったと言える。今更ながら実感を得たレイスは、思わず表情を緩ませた。


「次はっと」


 気分を良くしたレイスはポーションの作製を終え、次の商品へと取りかかる。レイスがポーション以外に商品として扱うもの――つまり、魔道具だ。


 ルリメス、シルヴィアお墨付きの『魔法強化』の指輪や、レイスが自分の身を守るために開発した『衝撃耐性』の指輪。


 規格外の性能を誇るレイス手製の魔道具は、まず間違いなく店の目玉としての役割を果たすだろう。


 特に指輪などのアクセサリー系統の魔道具は、インスタントに込められた効果を発揮するので、冒険者たちにとっては喉から手が出るほど欲しいもの。緊急時などに役立つものは、命の危機に晒される冒険者にとってはいくらあっても困ることはない。


 その他にもレイスが常に鞄に入れている魔道具の鍋など、更に使いやすくなった日用品なども取り揃えている。こちらは家事の負担を軽減するため、主婦などに人気が出るはずだ。


「よっこいせっと」


 レイスは、魔道具作製用の部屋へ。


 壁に大量にかけられているアクセサリーのうち指輪を手に取ると、ミスリル製の台に刻まれた魔法陣の上に置く。自動的に魔力の供給が開始され、完成まではレイスが一手間加えるのみ。


 レイスは五つある台をフルに活用し、ポーションと同じように次々と魔道具を作製していく。とはいえ、五つの種類の魔道具ばかり作るわけにもいかないので、程々の数で台を使うのはやめる。


 レイスは台から離れると、白い大きな布を床に敷いた。そして『魔法強化』の指輪を作製するときと同じ要領で布の中央に指輪を置くと、聖水で円を描く。


 『魔法強化』の指輪ならば、次に使用するのは赤々晶の粉末――なのだが。レイスが鞄から取り出したのは、瓶に入った青い粉末。


 その正体は、赤々晶を解析したレイスによって開発された、魔力を増幅させるという赤々晶の性質とは真逆の性質を持った鉱物だ。


 つまり、出来上がる魔道具の効果も『魔法強化』とは真逆になる。


「『魔法無効』の指輪、と……」


 効果のほどはまだ実験していないので分からないが、期待している通りの性能ならば『魔法強化』に並ぶほど強力な魔道具だろう。


 レイスはとりあえず左手の人差し指に『魔法無効』の指輪を装着。また今度、ルリメスなりシルヴィアなりに頼んで実験させてもらうことにする。


「あとは商品のロゴ入れか……」


 疲労が感じられる声音で呟く。


 作る手間もそうだが、ロゴ入れの手間も中々といったところだ。一つにつき数秒で済むデザインとはいえ、数が数だ。一人ですべて描くことを考えると、少し気が重くなる。


「誰か雇うことも考えた方がいいかもなぁ」


 そうなるとレイスの収入を安定させないとまず話にならない。どちらにせよ、今は自分で頑張るときだ。店が軌道に乗れば、自ずとできることも増えてくるだろう。


 レイスは成功の未来を夢想しながらも、瓶や指輪にロゴを入れていった。

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