第74話 商売

「おおー、めちゃくちゃ人いるな!」


 炎天下の中、王都に二つある門の内の一つ、南門の前には大量の人混みがあった。門の前は広場のようになっており、中央に大きな噴水が一つ設置されている。王都の人間もいれば、他国から訪れたであろう人間も多くいる。がやがやと騒がしく、見るからに熱気が立ち込めているので、足を進めさせるのを躊躇わせるには十分な光景だ。


 そして人混みの向こうには、ここまで竜車を引いてきたであろう地竜の姿もあった。ハッキリとは見えないものの、竜の一種だけあって存在感がある。晶竜は見た目の美しさ的な意味合いで存在感があったが、地竜などは物理的な意味合いだ。


 地竜の巨体に下敷きになろうものなら、それこそ簡単に潰れるだろう。


「人を襲わない竜を見るのはこれで二回目だな」

「なんだその物騒な発言は……」


 基本的には竜は魔物に分類されるため、人間を襲う竜が大半だ。レイスは師匠に連れられて、数えるのも面倒なほど竜と遭遇している。その経験から自然と出てきた言葉なのだが、引かれるには十分なインパクトを持った言葉だ。


「ははは……まあ、この時期だと王都の祭りが目当ての人も多いでしょうからね。人も多くなるはずです」


 それこそ冒険者、商人、観光客まで様々な人物がいる。

 レイスは興味津々と言った様子で周りを見ながらも、祭りという言葉に敏感に反応。


 目を丸くしてシルヴィアを見る。


「へー、祭りなんかやってるのか?」

「はい、王都では毎年恒例で、王国の首都だけあって規模もすごいですよ! そのうちあると思うので、良ければ一緒に行きますか?」

「おお、ほんとか、行こう行こう!」


 生まれてこの方祭りを経験したこともないので、興味は湧くばかり。レイスはテンションを上げたまま、人混みに紛れて進む。通行の邪魔にならない場所で商人が各々商売道具を広げており、自然と道ができているのだ。


 ……できている、のだが。


「ぐっ、ぬぅぅ……!!」

「だ、大丈夫かレイス」

「大丈夫だ……!」


 人混みにもみくちゃにされているレイスを見かねてラフィーが声をかけると、レイスは鬼気迫る表情で無事を伝える。彼の右足が思いっきり踏まれたのは、それとほぼ同時のことだった。


「いっ……!」


 レイスは反射的に右足を押さえようとして――体勢を崩す。


「あ」


 そんな間抜けな声が漏れると同時、レイスは人の波に呑まれて攫われる。ラフィーとシルヴィアの声が急速に遠くなり、遂には分からなくなった。


「嘘だろ、おい……!」


 レイスは必死にもがいて、なんとか人混みから脱出。ベンチに腰掛けると、ぜえぜえと息を荒くする。


「くそ、はぐれた……」


 恐るべき人の量だ。それなりに鍛えられているレイスでさえ抗うことが難しかった。

 レイスは「これが都会の恐ろしさか……」と一人で戦慄。ゴクリと喉を鳴らし、不敵な笑みを浮かべる。


「はぐれたものは仕方がない。もう一度挑戦するか……!」


 レイスの目は、戦士のそれだった。たかが人混みでこれだけ盛り上がれるのは、レイスくらいのものだろう。田舎者の悲しい現実である。


 しかし、気合を入れて挑戦した甲斐あってか、レイスは周囲を見れるだけの余裕を持つことはできていた。成長を実感しながらも、どんなものがあるか観察。


「へぇ」


 レイスと同じ錬金術師らしき人もいれば、食材を売っている人もいる。中には、魔物の素材を売っている人物もいた。レイスが熱気に当てられるまま進んでいると、あるものが目に留まる。


 その店では、色とりどりの植物が売られていた。


 興味をそそられたレイスは、人混みの中を潜り抜けて店へ。


「いらっしゃい、ここは薬草からプレゼント用の花までなんでもござれだ。何か入用のものがあれば言ってくれ」


 気前良くそう言って笑みを浮かべているのは、三十代前半ほどのおっちゃんだ。


「どうも、俺、錬金術師やってるんです。何か面白いものとかありますか?」

「へぇ、兄ちゃん錬金術師なのか。そうだなぁ……これとかどうよ」


 そう言って差し出されたのは、小さな赤い花をつけた植物だ。レイスも見覚えはなかった。


「これは?」

「兄ちゃん、マンドレイクって知ってるか?」

「ええ、まあ」


 錬金術師をやっている人間ならば誰でも知っているような有名な素材だ。根に神経毒が含まれており、その効力は時には人を死に至らしめてしまうほど強力なものである。鎮痛薬や鎮静剤として使用されることが多く、その扱いはかなり難しい。


 店主のおっちゃんは小さな赤い花がついた植物を持ちながら、ニヤリと意味深げに笑う。


「これはな、最近見つかったマンドレイクの新種なんだ」

「えっ、本当ですか!?」

「ああ、まだ出回ってないからここだけの秘密だぜ」


 声を絞っていかにもな雰囲気を出す店主。レイスは真剣な表情でうんうんと頷く。


「よし、兄ちゃんには特別だ。本当なら金貨三枚はするんだが、今なら金貨一枚でいい。どうだ、買うかい?」

「金貨一枚……」


 高額ではある。しかし、払えない額ではない。値引きまでされているのだ。おまけに、希少価値が高い新種ときている。


 錬金術師として、これを逃す手はないだろう。


「買います」

「毎度あり! 兄ちゃん中々思い切りがいいね、ならこっちのヒポポ草もセットでどうだ? 今なら銀貨五枚だ」


 ヒポポ草は高原に多く存在する多年草で、糸状の花弁を持つ。麻酔効果を持っており、医師などには重宝される植物だ。


 ただ、錬金術の素材にも利用できる。値段もそう高くはない。


「じゃあ、一緒に」

「いいねいいね、全部で金貨一枚と銀貨五枚だ」

「分かりました」


 レイスは鞄から言われた金額を取り出し、手渡そうとする。店主が差し出した手に金貨と銀貨が収まる直前。


 横から伸びた手が、レイスの腕を掴んだ。


 思わずレイスがそちらを向くと、見慣れた人物――焦った表情のラフィーがいた。


「おおっ、ラフィー」

「やっと見つけた……」

「いやー、レイスさん、危ないところでしたね」

「危ないところ?」


 シルヴィアの言葉にレイスが首を傾げると同時。ラフィーによって掴まれた腕が引き戻される。


「ちょっと待ってくれ、まだ支払いが……」

「レイス、偽の商品にお金を支払わなくていい」

「……偽?」


 レイスが自然と店主のおっちゃんへ視線を向けると、冤罪だとでも言いたげな表情で首を振っている。


「ウチの商品が偽だなんて失礼な! 嬢ちゃんに一体何が分かる!!」

「分かりますよ。上手く隠しているみたいですけど、魔法の痕跡が残っています。明らかに人の手が加えられてますよね、それ」


 声を荒らげた店主に対し、シルヴィアは鋭く言ってみせる。そのままシルヴィアは、店主がマンドレイクの新種だと言っていた植物に手を触れさせた。


 すると、赤かった花がどんどん紫色に変わっていく。普通のマンドレイクが持つ花の色だ。


「…………」


 レイスが責めるように店主を見ると、彼は決して目線を合わせようとはしなかった。レイスは何も言うことなく、静かにその場から立ち去る。


「こういう場所には、ああいう風にお金を騙し取ろうとする輩がたまにいるんだ。間に合って良かった」

「悪質すぎだろ……そして詐欺にひっかかりすぎだろ俺……」

「あはは……もう少し用心しましょうね、レイスさん」


 歳下のシルヴィアにまで心配される始末だ。王都に来た当初にお金を騙し取られた経験があるレイスだが、そういった面での用心深さというものは未だに身についていない。


「今度ははぐれないようにな、レイス」

「ああ……って、なんかまるで俺子どもみたいじゃないか……?」


 完全に保護者のような立場になっているラフィーを見て、納得のいかない表情。とはいえ、自分が頼りないのは確かなので、従うしかないのであった。

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