第14話 急変

 夜のとばりが下り、周囲が闇に包まれる。

 気温も落ち始め、吐息が外気に触れた途端、白く染まって宙に溶けていく。


 闇の中、動く影が二つあった。ラフィーとシルヴィアである。二人は今、依頼を受けて王都の外へ出ているところだ。


 目的地までもう少しというところだが、闇の中でのこれ以上の移動は危険だろう。


 そう判断したラフィーは、その場で立ち止まった。


「今日はここで休もう」

「うん、そうだね」


 二人は慣れた手つきで、野営の準備を始める。テントを広げ、火を起こし、夕食の材料を取り出す。


 料理の大部分は専らラフィーが担当しており、シルヴィアはいつも手伝いをしている。今日は鍋だ。


 焼いた鶏肉を切り、野菜と調味料を適宜加え、鍋に入れてコトコト煮込む。ラフィーはしばらくしてから蓋を開け、器に取り分けてシルヴィアに手渡した。


「ありがとう」

「ああ。冷めないうちに食べよう」


 寒い日には身体を温めるものが一番だ。

 二人は黙々と食事を進める。すると、ふとシルヴィアが、


「そういえば、レイスさんってどこから来たんだろう」

「レイスか……私も知らないな」


 住んでいた場所を追われた、とは聞いているが、どこに住んでいたかまではラフィーも知らない。とはいえ、王都に来たということは、周辺に住んでいたのは間違いないだろうが。


「一人で暮らしてたのかな?」

「師匠がいたと言っていたし、ずっと一人だったわけじゃないだろうが……それがどうかしたのか?」

「いや、レイスさんって凄い人だから、これまでどうして来たのかなーって」


 才能に溢れているという意味ではシルヴィアも同じだが、そのベクトルが違うのだ。シルヴィアは魔法という分野に関して、レイスは錬金術という分野に関して。自分の知らない分野に関する熟練者というものは、それだけで興味を惹かれるものだ。


「まあ、確かに気になるな……」


 レイスの生い立ちはどうなっているのか。これまで詳しくは語られていないだけあって、気になるところではある。当の本人は、錬金術の修行期間のことは記憶から抹消したいと考えているのだが。


「と言っても、私たちもレイスに話していないことは結構あるけどな」

「まあね」


 シルヴィアは苦笑で応じる。


 ラフィーとシルヴィアがレイスに伝えていない最大の事実として、二人は実の姉妹ではないというものがある。容姿を見れば歴然だが、二人に血の繋がりはまったくと言っていいほどない。


「私たちが実の姉妹じゃないって言ったら、驚くかな」

「どうだろうな、昔のシルヴィアの性格が今とは全然違うって聞いたほうが驚くんじゃないか」


 ラフィーは微笑を浮かべて、冗談めいて言う。対するシルヴィアは、意地悪をされた子どものような目でラフィーを見ていた。


「あの頃は、いろいろ整理がついてなかったの!」

「ああ、分かっているさ」


 頬を膨らませるシルヴィアを見て、ラフィーはくつくつと喉を鳴らして笑う。


 本当の姉妹ではない二人が共に暮らしているのには、理由がある。


 二人の出会いは、ほとんど偶発的なものだった。


 まだラフィーがS級冒険者と呼ばれていなかった頃、彼女が依頼で訪れた先で二人は出会った。


 当時ラフィーが受けていた依頼は、森に巣食っているゴブリンの集団の討伐だ。シルヴィアはその途中でゴブリンに連れ去られているところを、ラフィーに保護された。


 シルヴィアが無事に助かったのは良かったものの、そこで一つ問題が生じた。シルヴィアに、記憶がなかったのだ。


 覚えていたのは自分の名前くらいで、出身から親の名前まで、すべてが不明。そんな状態のシルヴィアに、身寄りがあるはずもなかった。


 シルヴィアを放置できなかったラフィーが引き取り、現在に至る。親や親族を探してみたりもしたのだが、結果は芳しくなかった。


「というか、姉さんもよく私を引き取ろうと思ったよね」

「まあ、私が助けたわけだし、経済的に困っていたわけでもなかったからな」


 児童施設なりに預けるのが通常だろうが、ラフィーはそうしなかった。冒険者としてメキメキ実績を伸ばしていた彼女にとって、一人養う人間が増えたところで生活が困ることもない。


「私、お世話になりっぱなしだなぁ」

「ん、まあ義理とはいえ私は姉だしな、いつでも頼ってくれ」

「たまには私も何かしてあげたいものなのですよ」


 唇を尖らせ、シルヴィアは呟く。


「何かやりたいこととか欲しいものとかないの?」

「んー、特にはないかなぁ……」

「ぐぬぬ……物欲がない姉だ」


 ガクリと肩を落とし、悩ましいため息を吐くシルヴィア。そんな妹の様子を見かねてか、ラフィーは顎に手を当てて少し考える。


「……そうだな、じゃあ今度シルヴィアが料理を作ってくれ」

「そんなことでいいの?」

「ああ」


 普段料理を担当しているのはラフィーだが、だからといってシルヴィアが料理ができないというわけではない。


 お願いとしては些細なものだが、ラフィーにとってはそれで十分なのだろう。


「分かった、じゃあこの依頼が終わってから何か作るね」


 シルヴィアは気合十分といった表情で、ギュッと拳を握る。料理を作るだけとは思えないほどの気迫に、ラフィーは苦笑。


 とはいえ、そこまで気合を入れるほど大切に思われていると考えれば、嬉しくもあった。


「あ、リクエストがあれば受け付けるよ!」

「そうだな、この依頼の間に考えておくよ」


 作れる料理の種類はそこまで豊富ではないと思うのだが、シルヴィアは自信たっぷりに言い切ってみせる。


 ラフィーはそんな可愛い妹の姿を見て、穏やかな気分になった。


「……さて、そろそろ片付けるか」

「そうだね」


 話をしている間に鍋の中身は空になっていた。


 夕食を食べ終え、使った鍋や器などの片付けに入る。


「じゃあ、いつも通り洗ってくれ」

「うん」


 使った食器などは、いつもシルヴィアが魔法で水を生み出して綺麗にしている。


 シルヴィアは言われた通り魔法を使おうとし――


「……ぇ?」


 ドサリと、地面に倒れた。


 何が起こったか、シルヴィア自身にも理解できなかった。


「シルヴィア!?」


 いち早く異変を察したラフィーが、地面に倒れているシルヴィアに駆け寄る。


「どうした!?」

「身体、が……動かない」


 いくら手足に力を込めても、ピクリとも動かなかった。そして、シルヴィアは似たような症状をすでに一度体験している。


 しかし、その症状は気の良い錬金術師の助力によって完治したはずだった。


「そんな、どうして……!」


 今に至るまで、確かにシルヴィアの身体は健康な状態だった。それが、魔法を使おうとした途端に身体が動かなくなったのだ。


 訳が分からず、ラフィーは歯噛みする。


 ただ、苦しそうなシルヴィアの表情から、このままではまずいということだけは理解できた。


「シルヴィア、依頼は中断だ! 王都まで戻る!」


 ラフィーは必要最低限のものだけ持って、シルヴィアを背負う。シルヴィアが自分で動けない以上、ラフィーが自力で王都まで連れ帰るしかない。


「頼む、レイス……!」


 頼りになる錬金術師の名を無意識に呟き、ラフィーは王都までの道を駆け始めた。

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