第13話 怖い笑顔
レイスは慣れたように、店への道のりを歩く。王都に来た当初は迷うことが多かったものの、ある程度の時間があれば覚えもする。あくまで、レイスが足を運んだ範囲内での話にはなるが。
「と言っても、あそこだけはあんまり行きたくないが……」
王城付近に広がる、貴族たちの住まい。一度仕方なく立ち寄ったが、どうも雰囲気が苦手だ。なるべく近寄りたくないというのが本音である。
レイスは苦い思い出も含め、王都に来た当初のことを懐かしく思う。そのまま足を進めていると、店へとたどり着いた。見慣れたその店はどうもそこそこ繁盛しているらしく、人の出入りが多く見られる。
レイスもその中に混じり、店内へと足を踏み入れた。カウンターでは小柄な少女が満面の笑みを浮かべて、笑顔で客の応対をしている。
――そう、普段は不機嫌さやレイスへの不満を隠そうともしないあのデイジーが『笑顔』で応対をしているのだ。
これにはレイスも戦慄を隠せない。
思わず店の入り口で立ち止まり、カウンターの方を二度見した。
「な、なるほど、これなら繁盛するのも頷けるな」
刺々しい態度さえ隠してしまえば、デイジーは可愛らしい少女にしか見えない。透き通るような青髪に、くりりとした愛嬌のある瞳。小ぶりな唇は美しい曲線を描いて、無邪気な笑みを作っている。
店を訪れる人間の中には、彼女の笑顔が目的の者も少なからず存在するのだろう。レイスよりはよっぽど世渡りが上手い。
普段のデイジーとの違いに驚いたが、いつまでも入り口で立ちっぱなしでいるわけにもいかず、レイスは素材を見て回り始めた。
この店に来たことは何度もあるレイスだが、客としてじっくりと商品を見るのは今回が初めてだ。どの商品も見知ったものとはいえ、興味をそそられた。
「お、これは……」
レイスの目についたのは、最上級ポーション。
デイジーの力量を考えれば、中々の力作と言える。
感心しながらも値段を見たレイスは、表情を引きつらせた。
「普段は売る側だから気にしないけど、いざ買う側になったら結構高く感じるな……」
エリクサー関連の依頼でちょっとした小金持ちになっているレイスだが、庶民的な感覚が消えたわけではない。手に取ったポーションを、そっと棚に戻した。
「というか、こうして見てみると、品揃えは結構良いんだよなぁ」
錬金術に必要な素材や完成品のポーションなど、幅広い品揃えとなっている。こうしたところにも繁盛の理由があるのかもしれない。レイスはいつか自分の店を持つのも面白そうだなと思いながらも、必要な素材を持ってカウンターへと足を運んだ。
デイジーはレイスの顔を見ると、きょとんとした表情になった。どうやらレイスに気づいていなかったらしい。
「あら、いらっしゃい」
「ああ。結構繁盛してるみたいだな」
「おかげさまでね」
レイスが素材を選んでいる間に客のほとんどは用を終えて帰ったらしく、デイジーは会話をする余裕ができていた。
「依頼の日でもないのに来るなんて珍しいわね」
「まあ、たまにはな。素材もちょうど不足してたし、ここで補充できるものはしておこうと思っただけだ」
「なるほどね」
デイジーはレイスが差し出した素材の代金を計算しながら、興味なさげに返事をする。会話を振った本人がそんな態度なのはどうなんだと言いたくなるが、レイスへのこの対応は今に始まった話ではない。
「そういえば、あなた大変だったらしいわね。人助けをしたせいでエリクサーがどうとか、って」
「知ってたのかよ……」
「お客さんから話を聞くことも多いから、いろいろ耳に入るのよ。特にあなたの話は結構広まってるし」
レイスの噂は現在も王都を駆け巡っている。これはレイスも覚悟していたことなので、今更慌てたりはしない。
「……まあ、今はなんとかなったから気にしなくていい」
「ええ、最初から気にしてないわ」
「さいですか」
もう少し心配してくれてもいいんじゃないだろうか、などと内心で思うレイス。澄ました表情をしている割には、小さいことを考える男である。
「はい、支払いはちょうど金貨二枚ね。お買い上げありがとうございます」
話をしている間に計算を終えたらしい。デイジーはついさっき見たばかりの満面の笑みを浮かべ、素材をレイスへ手渡した。
「なんというか、接客のときと普段の態度の乖離がすさまじいな……ちょっと鳥肌立つ」
「商売なんだから、愛想良くするのは当たり前でしょ。それと、鳥肌立つってどういう意味かしら??」
満面の笑みを維持したまま、無言の圧力をかけてくるデイジー。レイスは、ナンデモナイデスと錆びた人形のように返事をすることで事なきを得る。
「そういえばさ、商売するときにそんだけ愛想良くしてるのに、冒険者ギルドではちょっと偏屈な人扱いされてたのはどうしてなんだ?」
レイスはデイジーの依頼を受けようとしたときに、アメリアから止められた。これだけ愛想を振りまいているなら、そんな評判が立つことはないだろうに。
「……多分、私の依頼を受けて失敗した冒険者の何人かが、適当なことを言っているんでしょ」
デイジーは目を逸らして、珍しくしおらしい様子でぼそりと呟く。レイスはそんな彼女の様子を見て、事情を察した。
おそらく、ほかの冒険者にもレイスと同じような態度で接したのだろう。歳が近く、気さくなレイスは特に気にしなかったが、ほかの人は違ったということだ。
そこで、ある仮説がレイスの中で突然立つ。
デイジーの友人は、もしかしたら俺一人だけなのでは……?
普段のツンケンとしたデイジーの態度を考えれば、十分にありうる。
「大丈夫、俺だけはいつまでも友達だから!」
「急に気持ちの悪いことを言わないでくれるかしら……」
デイジーのゴミを見るような視線が、レイスへと刃のように突き刺さった。想像の中で吐血したレイスは、その場でよろりと身体をフラつかせる。
「そういえば、あなたが助けた二人の冒険者、妙な場所で魔物に襲われたらしいわね」
「ん、そうなのか?」
レイスは、幽鬼のようにフラつかせていた身体をピタリと止めた。
「今まで魔物の目撃情報なんてなかった場所だったそうよ」
「そりゃまた不運だな」
冒険者の少女の背中の傷は腐食し、毒が入っていた。毒を持つ魔物は数多く存在するが、傷つけた相手の傷口を腐食させるような魔物はそう多くはいない。アンデッド系に属する魔物か、もしくは特殊な武器を携帯しているか、可能性としてはこの二つが大きいだろう。
アンデッド系の魔物は少しばかり特殊なので、遭遇するのは珍しかったりする。魔物なので、危険なことに変わりはないが。
「なんにせよ、変なこともあるもんだな」
魔物の発生条件に関して、詳しいことはまだ判明していない。なので、なぜ魔物が発生するのかははっきりとはしていないが、空気中の魔力が濃い場所に存在することが多いとは言われている。
とはいえ例外というものはあるもので、今回のように突然魔物が現れるケースもたまにあるのだ。人間にしてみれば迷惑な話である。ちょうどレイスもそのせいで家を追われる羽目になったわけであるし。
「一応、あなたも王都の外に出ることがあれば気を付けなさいよ」
「ああ、頭に入れとく」
レイスが王都の外に出るような機会があるかどうかは定かではないが。警告ならば、ちゃんとした冒険者であるラフィーたちに伝えた方が役に立つだろう。
「それじゃ、今日はありがとな」
「ええ」
ズシリと重くなった鞄をしっかりと提げ、レイスは店から立ち去った。
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