第12話 案外、似たもの同士だよね

 この世界の魔物は、強さによって等級ランクが定められている。内訳としては冒険者と似たようなので、一番上がSS、下がFだ。


 ランクがS以上ともなると、対国家級や天災級など、様々な呼ばれ方をする。中でも竜は最強の魔物と言われており、最低でもS級の実力を持っている。


 かつてSS級に属するとされた竜は、国家一つを殲滅したと言われているほどだ。


 そして、現在――二人の少女が、竜と対峙していた。


 直剣を構えているのが赤髪の少女ラフィー、緑色の宝石が埋め込まれた木製の杖を持っているのが白髪の少女、シルヴィアだ。


 二人が油断なく見つめている先には、湖の中から巨体を覗かせる存在――水竜が。ランクに分類すればS級であり、街一つなら簡単に潰してしまうほどの強さを持っている。


 そんな存在を前にしてもラフィーとシルヴィアは臆することはない。二人もまた、S級と呼ばれる冒険者なのだから。


「……来るぞ」

「うん」


 ラフィーが警告を発するのと同時に、水竜が大きく口を開き、息を吸い込んだ。放とうとしているものは、竜が保有する強力な魔法――ブレスだ。


「キュゥゥァ!!」


 水竜は特徴的な鳴き声を響かせて、極太の水の線を空中に走らせた。直撃すれば一溜りもない攻撃に対して、ラフィーは動かない。代わりに、シルヴィアがブレスに向かって杖を構えていた。


「【ブラストレンジ】」


 ブレスを絡め取るように風が発生し、ブレスはラフィーとシルヴィアに届く前に風によって勢いを殺される。その瞬間、ラフィーが水竜に向けて走り出した。


「【身体強化エンチャント】」


 シルヴィアがラフィーに身体能力向上の魔法を施す。同時に、ラフィーは湖の目の前までたどり着いた。


 水竜は眼下の人間を消そうと、鋭い鉤爪を俊敏に振るう。ちょっとした暴風すら巻き起こす攻撃に、ラフィーは怯まない。


 横に振るわれた鉤爪をすんでのところで回避し、そのまま剣を振るった。的確な攻撃は水竜の腕に傷を付けたが、致命傷にまでは至らない。


「浅いか……」


 ラフィーは改めて剣を構え直し、水竜を睨みつける。そして、自ら空中へ飛び上がった。


 一瞬にして水竜の顔辺りまで直進するが、空中では身動きは取れない。飛来する格好の的となったラフィーに、水竜は容赦なくブレスを放った。


 しかし、ラフィーは迫るブレスを見ても落ち着いた様子で、


「【魔断ディン】」


 真正面から、ブレスを叩き斬った。


 およそ人間のものとは思えない業に水竜も驚いたのか、僅かに硬直する。ラフィーはその隙を見逃さず、水竜の首元に剣を突き刺した。


 手応えは深い。


 水竜は痛みから身をよじり、暴れ出す。ラフィーは落ち着いて剣を抜いて、陸地へと着地した。


 その様子を後方で見ていたシルヴィアは、杖を素早く、もがき苦しむ水竜へと向ける。


「【ダスト・ディメント】」


 魔法が発動すると、水竜を挟むようにして二つの竜巻が発生した。二つの竜巻は暴れる水竜を抑え込み、同時に鋭い刃で切り刻んでいく。


 が、倒すには至らない。


 竜巻が消えたとき、水竜はボロボロになった身体を無理に動かし、三度目のブレスを放とうとする。今まで一番高威力のものだ。


 そこで、水竜は気付く。


 赤髪の人間が、視界から消えていることに。


「【破断シン】」


 上から声が響いたときには既に手遅れであり、水竜の首に食い込んだ刀身は、そのまま垂直に振り下ろされた。


 血飛沫を上げて、水竜の首が落ちる。


 地面へと着地したラフィーは、血糊を払ってから剣を納めた。その身体には傷一つない。


「お疲れ様、姉さん」

「ああ、シルヴィアもな。身体の方は大丈夫か?」

「うん、魔法を使っても特に不調はないし」

「そうか、ならよかった」


 この水竜討伐は、シルヴィアが病から復帰してから初めての大きな依頼だったのだ。ラフィーとしては、またシルヴィアの体調が悪くならないか心配だったのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。


「さて、依頼も無事達成したし、今日はもう帰るか」

「そうだね」


 水竜の素材を回収してから、二人は帰路についた。



 ***



 小鳥のさえずりが、窓の外で穏やかに響く。カーテンの隙間からは柔らかな日差しが漏れ、室内を優しく照らしていた。


 安穏を象徴するかのような朝に、レイスはベッドの上で心地良さを感じる。できるならもう一眠りしたいくらいだが、そうすると次に起きるときには昼が過ぎていそうなので、グッと堪える。


「やっとゆっくり一日を過ごせるな……」


 レイスは昨日に、ようやく依頼の山を何とか消化し終えたところだ。何でもない朝が、ここまで幸福な時間に感じるのも仕方のないことだろう。


 レイスはベッドから起き上がると、出かける準備を整える。その際に鞄を開けると、少し前より心許なくなった状態の中身が確認できた。


 キュクラ草は尽き、予備の瓶も少なくなっている。幸いエリクサー関連の依頼のお陰で資金だけは潤沢にあるので、しばらくの間暮らしていく分には問題ない。


「今日は買える素材だけでも手に入れておくか」


 キュクラ草などの貴重な薬草はめったに市場に出回らない。なのでレイスは、今は普通に手に入る素材だけを集めることに決めた。


「よし」


 鞄を肩から提げ、宿の外へ出る。


「そういや、店はどうしよ……デイジーのとこでいっか」


 素材調達先はデイジーの店に決定。依頼以外の用事で行くのは何気に初めてかもしれない。

 レイスが普段のデイジーはどんな感じだろうとじゃっかん楽しみにしつつ歩いていると、見知った姿を見つけた。


「おーい、ラフィー、シルヴィアー」


 呼びながら、近づく。二人もレイスに気づき、立ち止まった。


「おはよう、レイス」

「おはようございます」

「ああ、おはよう。シルヴィアは出歩けるようになったのか」

「はい、レイスさんのおかげです」


 嬉しそうに微笑むシルヴィア。その可愛らしい笑みにレイスは照れを感じつつも、彼女が手に持つ杖に視線が吸い寄せられた。


「それは?」

「ああ、これは魔法の効果を増幅するための杖です。一応、私は冒険者ですから」

「へー、シルヴィアもだったのか」


 魔法を使うということは、戦うということだろう。大人しそうな性格をしているので、少し意外に感じる。


「ランクはどれくらい?」


 ちなみにレイスはエリクサー関連の依頼で一気にDまで上がった。これ以上は魔物討伐が必要になってくるので、レイスの限界のランクとなる。


 シルヴィアはいかほどかと返答を待っていると、


「Sです」

「……S?」

「はい」


 鈴の音のような声で放たれた言葉に、レイスは耳を疑う。S級とは冒険者の中でも最高のランクだ。そう簡単になれるものではないし、ましてやシルヴィアはまだ十五歳だ。


「……実はシルヴィアって凄かったのか」

「お前が言うのか……」


 レイスが驚いていると、ラフィーが呆れたようにそう呟いた。結局のところ、似たもの同士ということだ。


「朝から凄いこと聞いたな……杖を準備してるってことは、二人はこれから依頼か?」

「いや、ちょうど今終えてきたところだ」

「そうなのか、どんな依頼やってたんだ?」

「水竜の討伐だ」

「……ラフィー、いつも俺にいろいろ言ってくるけど、自分も似たようなことしてるよな」


 レイスのその言葉に反論ができないのか、ラフィーは苦い顔をする。レイスは一度師匠が竜を倒すところを見たことがあるのだ。そのときの記憶を探れば、二人で水竜を討伐するのも十分異常なことだ。


 珍しくいつもと立場が逆転し、シルヴィアが驚いたように目をパチクリさせている。


「ま、まあ、それは置いておくとして……さすがに疲れたし、私たちはそろそろ家に帰るとするよ」


 誤魔化すようにそう言ったラフィーの顔には、確かに疲労が見て取れた。


「ん、分かった。引き留めて悪かったな」


 会話も程ほどにして、別れる。


「俺も、デイジーのとこに行くか」

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