第11話 人脈は大事です
指名依頼が押し寄せてきて三日。その間、忙しなく働き続けたレイスだが、その甲斐もあって、残る依頼は一つになっていた。
エリクサーの残数もちょうど一であり、本当にギリギリのところだ。あとは依頼主のところへエリクサーを届けて依頼を完了すれば終了――だったのだが。
「貴族の方、ですか」
「はい……」
早朝、冒険者ギルドにてアメリアから伝えられたことは、レイスが断った指名依頼のうちの一つに大貴族のものがあったらしい、ということだった。
どうもその大貴族が、レイスと直接会って話をしたいとのことだった。
レイスとしてはべつに断った指名依頼はその貴族からのものだけではないので文句を言うことだけはやめて欲しいのだが、如何せん貴族には権力というものがある分厄介なのだ。
レイスは下手に無視をして話を拗らせるのも面倒だし、会うことは承諾しようと考えている。本当はすぐに最後の依頼を達成して休みたいところなのだが。
「こちらが預かった書状です……あの、頑張ってくださいね」
アメリアの同情を受けたレイスは苦笑を返す。傍から見ても、疲れきっていることが分かるのだろう。レイスは大きく息を吐いて、冒険者ギルドの外へ出た。
最近は鞄を盗られた一件のせいでかなり警戒して外を歩くようになったため、余計に疲れが溜まっている。
レイスはここが最後の山場だと自分に言い聞かせ、足を動かし始めた。
そして――
「……でかいな」
富裕層の住宅が立ち並ぶ地帯は、レイスから見れば無駄にでかいとしか言いようがない建物ばかりが並んでいる。肝心のレイスと直接対談を求めた貴族は、その中でも特に大きく、煌びやかな装飾が施された屋敷に住んでいるようだ。
「はぁ……行くか」
レイスは意を決して、呼び鈴を鳴らした。すると、すぐに屋敷の中から侍女らしき人物が出てきた。
「ご用件は何でしょうか」
「ここの当主様に対談を求められたんだけど……」
侍女はレイスが手に持つ書状をチラリと見て、軽く頭を下げた。
「ご案内致します」
迷いなく屋敷の方へ進んでいき、レイスはその後を黙って追った。屋敷の中も外観と同じく豪勢で、特徴的な点があるとすれば、絵画や壺などいろいろな物が飾り付けられているというところだろうか。
レイスが物珍しそうに屋敷の中を見ていると、先導していた侍女が立ち止まる。
「旦那様、お客様です」
「通してくれ」
許可が下りると侍女は扉を開き、レイスに入室を促した。
レイスは多少の緊張を覚えながらも、部屋の中へ入る。
中にいたのは、金髪碧眼の若い男と、部屋の壁際で佇む複数の使用人たちだった。察するに、椅子に座って微笑を浮かべている金髪の男がこの屋敷の当主なのだろう。
思ったよりも若い姿に、レイスは内心で驚く。
「ああ、君が噂の錬金術師か。突然呼び出してすまないね、そこにかけてくれたまえ」
レイスは男に言われるまま、用意されている椅子に腰掛けた。
「さて、まずは自己紹介といこうか。私の名はウィルス・レディウム、この国の貴族だ。よろしく」
「レイスです。冒険者をやっています。よろしくお願いします」
挨拶を終え、レイスは改めてウィルスを見る。接した感じはそこまで高圧的な雰囲気は感じない。貴族というものは、どこか傲慢な人物かとレイスは想像していたため、多少はホッとした。
「ふむ、若いね」
「え?」
「いや、噂では凄腕の錬金術師と聞き及んでいたものでね……いやはや、驚かされる」
「はぁ」
そんな話をするために呼んだわけではなかろうに。
煽てられても何も出てこないし、世間話をするくらいなら帰らせてほしいというのがレイスの本音だった。
レイスの微妙な表情からその心情を読み取ったのか、ウィルスは苦笑する。
「前置きは必要ないみたいだね。それじゃあ、本題に入ろうか。――私に、エリクサーを売るつもりはないかい?」
微笑を浮かべながら放たれたウィルスの言葉は、レイスの想像通りのものだった。ウィルスの目的は変わることなくエリクサーだ。なら、レイスの返答も決まっている。
「すみませんが、お断りします」
レイスはハッキリと拒否の言葉を口にする。その言葉を聞いたウィルスが微笑を崩すことはない。依頼を出して一度断られている以上、会ってもう一度頼んだところで同じような結果になることは分かっていたのだろう。
なら、何のためにわざわざ顔を合わせたかったのか。
レイスが次の言葉を待っていると、ウィルスは使用人の一人に何か合図のようなものを出した。すると、使用人はレイスの側まで来て、何かが詰まった袋を差し出した。
「重っ……!」
受け取った瞬間、思ったよりもずっしりとした感触が手の平に伝わる。袋の中を覗けば、金色の硬貨が大量に入っていた。
「これって……金貨?」
「ああ、そうだ。三百枚ほど入っている」
「な……!」
レイスが他のエリクサーに関する依頼で報酬として受け取っている額は金貨百五十枚ほどだ。今回はその二倍。ただでさえ高額だというのに、その二倍となると貴族でも相当な出費となるはずだ。
「これで売ってくれるかな?」
ウィルスは、レイスを試すように問いかける。普通なら、ここまでの金を積めば大抵のものは手に入るだろう。実際、ウィルスはそうやってほしい物は手に入れてきた。
レイスは金貨の入った袋を持って立ち上がり、ウィルスの目の前に置いた。
「報酬をいくら積まれても、俺は売りませんよ」
「ふむ、なぜか聞いてもいいかな?」
「俺の中で決めたからですよ。今は病気や重傷でもない限り、エリクサーは売らないって。全員の要望に応えてる余裕ないですし」
ウィルスは死んだ魚のような目で空笑いを浮かべるレイスを見て、若干頬を引きつらせる。そして、コホンと咳払いをすると、
「君の意志は分かった。今はエリクサーは諦めるとしよう」
「分かってくれてありがたいです」
話がややこしいことにならず、レイスはホッと安堵のため息を漏らす。
「ただ、私が個人的に気になっていることがあるのだが、訊いてもいいか?」
「大丈夫ですよ」
レイスは質問程度なら問題ないかと、軽く了承する。
「君は自分で錬金術を学んだのかい?」
「いえ、師匠がいましたよ」
「ほう、誰か聞かせてもらっても?」
「聞いても何もいいことはないと思いますけど……ルリメスっていう錬金術師です」
その名を聞いたウィルスは、ぽかーんと口を開け、呆然とする。
「まさか、あのルリメスか……? 『堕落英雄』の……?」
信じられない、といった様子で呟くウィルスの言葉を聞いたレイスは、確信する。『堕落英雄』なんていう超不名誉な二つ名で呼ばれるのは、あの師匠だけだと。
「ああ、絶対合ってますよ。うちのクソ師匠で間違いないです」
「なるほど、確かに彼女の弟子ならその実力も頷ける。ルリメスの噂を聞く限り、相当苦労はしていそうだが……」
同情の視線を受け、レイスは自分の師匠のダメッぷりが王国にまで知れているのかと一種の感嘆の念を抱く。もはや自分の師匠を尊敬する瞬間は一生訪れそうにない。
「そうだ、もうひとつ訊いていいかな」
「どうぞ」
「もし私が君の人助けを全面的にバックアップすると言ったらどうする?」
「お断りします」
レイスは熟考することもなく即答する。
「そんなことをし始めたらキリがないですし、人助けは自分の手が届く範囲内でと決めています。癪ですけど、この考え方はクソ師匠と同じですね」
「……なるほど、面白い話が聞けたよ、今日はありがとう」
「いえ」
どうやらこれで用は済んだようだ。レイスは椅子から立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「今後も良い関係を築けることを願うよ、よろしく、レイス君」
「よろしくお願いします」
思わぬところで貴族と関係を持ったレイスは、何か役に立つときが来ることを願い、屋敷を後にした。
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