第10話 錬金術師の苦労
レイスが少女を助けてから翌日。
「「助けてくださって、本当にありがとうございます!」」
「あ、ああ、あんまり気にしなくていいよ……」
レイスは冒険者ギルドにて少年と助けた少女から同時にお礼を受け、面食らう。昨日は一刻を争うような状況だったので、レイスも必死だった。
「あの、私を治すために使って頂いたポーションのお代は……」
不安げに尋ねてくる少女を見て、レイスは苦笑。エリクサーも使用したので、金額に換算すると相当なものだ。とはいえ、目の前の若い二人にそんな大金があるとはとてもじゃないが思えなかった。
「俺が勝手にしたことだし、別にいらないよ」
「でも、それじゃ……」
ホッとしたような表情をしたものの、何の御礼もできないことに罪悪感があるのか、少女は中途半端に言葉を出しかける。
「そうだな……じゃあ、俺が何か困ったときに手伝ってもらうっていうのはどうだ」
「……分かりました、本当にありがとうございます!」
誠心誠意、という言葉がよく似合うほど二人は深く頭を下げた。目の前から立ち去っていく少年と少女を見届けたあと、レイスはため息をつく。
人生はそう上手くいかないと言うべきなのか、現在レイスは大きな悩みを抱えていた。有り金のほとんどを失ったときと同じか、それ以上のものだ。
「悩みは現在進行形で抱えてるけど、まあこれは俺の問題だからなぁ……」
レイスの悩み。それは、昨日の少女の救助が発端のものだ。
レイスは昨日、衆目の下でエリクサーと錬金術を使用した。おまけに、初めて冒険者ギルドを訪れたときにも冒険者たちの目がある中でエリクサーを取り出したのだ。
まだ所持しているのを見られただけなら青いポーションとしか認識されないが、昨日は使ってしまったのだ。多くの人間が少女の背中の傷が塞がっていくのを目撃しただろうし、言い逃れはできようもない。
――結果、どうなったか。
「指名依頼の山、か……」
レイスが今日冒険者ギルドに来て見たものは、大量に積み重ねられた指名依頼だ。アメリアがものすごく微妙な表情で渡してきたのは今でも脳裏に焼きついている。
それもそうだろう。指名依頼のほとんどがエリクサーの作成、もしくは買取を申し出るものなのだから。
確かに、レイスはエリクサーを作ることができる。それも、ほかの錬金術師より圧倒的に早く。
しかし、だからといって量産できるかどうか、といえば話は別だ。
今来ている依頼の数だけでも軽く三十を超える。それだけのエリクサーを用意するには、キュクラ草など手持ちの素材が圧倒的に不足している。おまけに、仮に少し用意できたとしてもすぐに依頼が追加されるのが落ちだろう。
まさに手詰まりの状態だ。せめてもっと素材が手元にあれば話は別なのだが。
レイスとしても、全員に作ってあげられるのなら作ってあげたい。しかし、現状ではそれが不可能な以上、次の手を考えるしかあるまい。
「……仕方ない。とりあえず、緊急性の高そうな依頼だけ選び取っていくか」
優先すべきは重病や大怪我を負っている人物だろう。
レイスは一人で依頼用紙の山を掻き分け、内容を確認する。
ここ最近、ラフィーはシルヴィアの面倒を見ているため、手伝いを頼むわけにもいかないのだ。せっかくの姉妹の時間を邪魔するほどレイスも無粋ではない。かといって、デイジーに頼むのもだめだ。
ただでさえ錬金術の習熟に精を出しすぎている彼女に、これ以上の負担をかけられない。デイジーには、店の営業という大事な仕事もある。
今回ばかりはレイスが自力で対処に当たるしかあるまい。
「はぁ……頑張るか」
気は重く、頭が痛くなる。それでもできることはやろうと、レイスは動き出した。
***
「……疲れた」
疲労困憊といった様子で、大きく息を吐くレイス。彼の手には依頼達成のサインが書かれた用紙が何枚も握られており、今日だけで依頼のいくつかはこなしたことが見て取れた。
依頼ではなるべくエリクサーを使わないように工夫した。手持ちの素材とエリクサー以外のポーションで解決できるようなら率先してそう動いたのだ。おかげで、思ったよりもエリクサーは残っている。
加えて、レイスは病気や怪我をしている人間以外にエリクサーを売らないことに決めた。指名依頼の何割かは、コレクター趣味のある貴族などの金持ちからのものだったのだ。
このまま上手くいけば、残った依頼をすべてこなすのも可能かもしれない。
とはいえ、近いうちに一度、捨ててきた家へ戻るべきかもしれない。あそこなら師匠との地獄の素材採取ツアーの残りである、市場に出回っていないような素材も置いている。
「でもそうなると、俺一人じゃ行けないんだよなぁ……」
魔物が現れたから家を捨てて王都に来たのだ。そこへ戻るとなれば、戦えないレイス一人ではあまりに危険が大きい。
「どうするかなぁ……」
疲労もあってか、レイスが半ば上の空でギルドへの道を歩き続けていると――
「っ!?」
突然、身体に衝撃。気づいたときには、地面に倒れこんでいた。
レイスが何が起きたのか分からず少しの間呆然とするが、ふとあるべきものがないことに気づく。
「鞄が……!」
素材やポーション類が入った鞄が、ない。
慌てて周りを見渡すと、見覚えのある鞄を抱えて走り去っていく男の姿が見えた。
――盗られた。
そう気づいた瞬間、レイスは全力で走り出した。
今、あの鞄を失うわけにはいかない。ただでさえエリクサーと素材が不足しているのだ。
「待てぇぇぇぇぇぇえ!!!!」
レイスは喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。ようやく、無事に依頼を達成できる糸口が見つかったのだ。
疲れた身体に鞭を打って気合を入れて走るが、盗人との距離は中々縮まらない。
しかも、盗人は手にナイフを持ち、周囲を威嚇している。冒険者ならば止められるかもしれないが、運が悪いと言うべきか、周りには善良な一般市民しかいなかった。
そんなとき、盗人の目の前に一人の少女が立ちふさがる。
「どけぇ!!」
盗人は少女を避けていたらレイスに追いつかれてしまうと考えたのか、少女に向けてナイフを構える。
しかし、少女は一歩も引かない。
「くそぉ!!」
盗人は半ばやけくそになってナイフを突き出す。
少女はそれを最小限の動きで避けると、盗人が持っていたレイスの鞄を奪い取った。
そして、そのまま美麗な蹴りを盗人へ叩き込む。
派手に宙を飛んだ盗人は着地と同時に頭を打ち、意識を失った。
周囲から拍手が鳴り響く中、ようやくレイスは盗人に追いついた。
「ほら、取り返したぞ、レイス」
「わ、悪い、ありがとう、ラフィー……」
レイスは息を荒げながらも目の前の少女、ラフィーへと礼を述べる。見た目は凛々しくも美しい少女といった感じだが、やはりS級冒険者だけあって身のこなしはさすがの一言だ。
鞄の中にも特に被害はなく、レイスはほっと安堵の息を吐く。
「大事な鞄を取られるなんて……ぼーっとしてたのか?」
「悪い、今日は特に疲れてて……」
レイスの現在の状態を知らないラフィー。レイスはあえて詳しい話はせず、適当に誤魔化す。
「たまたま私がいたから良かったが……次からは用心しておけよ」
「ああ、助かった」
駆けつけてきた衛兵が盗人を連れて行くのを尻目に、ラフィーは立ち去っていた。食材が詰まった袋を持っているところを見れば、買出しに出てきていたのだろう。
「……さて、と。もう少しだけ、頑張りますか」
レイスは手に持つ依頼用紙を握り締め、再びギルドへの道を歩き始めた。
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