第9話 人助け=知名度上昇
閑静な森の中。二人の男女が、武装して歩いていた。二人は冒険者であり、依頼を受けてこの場所に来ている。
ランクとしてはCランク。ようやく冒険者らしくなってきた、といった感じである。冒険者になって一年ほどであり、こつこつと経験を積み重ねて成長していっているところだ。
「ねえねえ、最近噂になってる錬金術師の話って知ってる?」
「なんだ、それ」
少女が切り出した話題に、少年は首を横に振る。
「なんかね、エリクサーらしきポーションを複数個所持してた錬金術師が冒険者ギルドにいるらしいよ」
「えぇ……さすがに見間違いだろ。エリクサーを複数個持ってるような金持ちが冒険者をやる利点なんてあるか?」
食い気味に話す少女とは違い、少年の反応は淡泊なものだった。
「まあ、普通に考えたらそうだけどさー。ちぇー、ノリが悪いなー」
つまらなさそうに唇を尖らせる少女は、思わず土を蹴る。子どものようなその仕草に、少年は思わずため息をついた。
「ならもうちょっと信憑性のある話題を持って来いよ。それより、今は集中しろ。俺たちは依頼で来てるんだぞ」
「お固いなー」
「お前が緩すぎるだけだ」
悩ましげに言い放つ少年の姿は、まさに苦労人といった感じだ。
「って言っても、本当にこんなところに魔物なんているの? この前までそんな話全然聞かなかったよ」
「まあ、確かに……でも、依頼が出ている以上、いるんだろ。仮に見なかった場合は、そう報告するしかないけどな」
二人が受けたのは魔物の討伐依頼だ。今までは魔物の出没なんて聞いたことがない場所なので不審には思っていたのだが、ほかに良さそうな依頼もなかったので受けた形だ。
とはいえ、魔物どころか野生動物の気配すら感じられない。何か痕跡でも見つけられればいいのだが、それすらもさっぱりだ。
「……何もいないな」
「そうだね-、どうする、今日はもう帰る?」
「そろそろ日も暮れそうだしな……」
帰る方針で話がまとまりそうだったとき、二人の視界にあるものが映った。
「あれは……小屋か?」
「そうみたい」
開けた場所にぽつりと建つ、少し大きめの一軒の木造の小屋。急に現れた明らかな人工物に、二人は戸惑う。
「こんなところに人が住んでるのか……?」
「だとしたら変な人だね……」
二人は警戒しつつも小屋に近づき、少年が扉を控えめに叩く。
「すみません、誰かいますか?」
数秒待ってみるが、返事はない。小屋の中からも特に物音は聞こえなかった。
「……いないのかな?」
「多分な……」
誰かいるのなら魔物の情報でも聞きたいところだったが、そう上手くもいかないようだ。
「どうするの?」
「勝手に入るわけにもいかないし、やっぱり帰るしかないんじゃないか」
もしかしたら中には人がいて、ただ寝ているだけという可能性もあるのだ。
二人は情報の入手を諦め、小屋から立ち去ろうと決める。
しかし――
「……なんだ、あれ」
小屋の奥側にある木々の茂み。その影の中に浮かんでいるのは、血を思わせるような真っ赤な瞳だ。それも、一つや二つではない。とてもじゃないが数え切れない数だ。
獣の唸り声が、二人の鼓膜を震わせる。
「なんだよ、この数は……くそっ、逃げるぞ!」
「う、うん!」
二人が走り出すと同時に、茂みの中から狼型の魔物が飛び出してくる。パッと見ただけでも十頭以上はいるのだ。戦闘に発展すれば、まず間違いなく死ぬ。
「なんで、こんな急に……!」
少年は森の中を駆けながらも、つい悪態をつく。足場も悪く、足取りは安定しない。
そんな中、
「きゃっ!?」
少女が足を滑らせ、転倒する。
その致命的な隙を見逃すはずもなく、後ろから先頭を走っていた狼が襲いかかった。
「させるか……!」
しかし、間に少年が入り込み、狼の牙を受け止めた。左腕に牙が食い込み、激痛が少年を襲う。
「あ、ありがとう」
「いいから、走れ!」
九死に一生を得るが、状況が緊迫していることに変わりはない。すぐに立ち上がると、再び走り出す。
「はぁ……はぁ……」
荒々しく呼吸を繰り返す少年。
左腕の傷からは常に血が滴っており、体力の消耗も激しい。注意力も散漫になり――新たな敵の出現に、反応できなかった。
「……は?」
気づいたときには、
その魔物は、容赦なく少年に敵意を示し――
***
空は橙色に染め上げられ、雲の切れ間から細く光が降り注いでいる。夕食時が近づいている街では、遊び終えた子どもたちが慌ただしく家へ帰る光景などが広がっている。
そんな中、デイジーの店での依頼を終えたレイスもまた冒険者ギルドへ向かって歩いていた。
「デイジー、いつ頃になったら覚えられるかなぁ……」
目の下にくまを浮かべてげっそりした様子のデイジーを思い出し、レイスはまだ当分先だなと息を吐きだす。
デイジーは根を詰めすぎることがある。レイスとしては身体を壊さないか心配なところだ。また倒れられても困るので、一応、注意はしておいたのだが。
「しっかし、あれで俺と同じ歳なんて信じられないよなぁ……」
凹凸の少ない幼児体型には女性らしさを感じさせる部分は皆無に等しい。レイスが一度だけそんなことを本人の前でボソッと言ったときは、つま先を全体重をかけて踏まれた。
次に同じようなことを言えば、どうなるかは分からない。
「ああ、怖い怖い……」
レイスはデイジーの顔を想像して、身体をブルリと震えさせる。
と、そんな益体のない思考をしているうちに、少し周囲の様子がおかしいことに気づく。
街の入り口の方角を見ては、何か深刻そうな様子で話をしているのだ。
「どうしたんですか?」
レイスは近くにいた冒険者に話しかける。
「ん、いや、今血まみれの冒険者二人組が街の入り口にいるって言われてて……」
「何があったんですか?」
「おおかた、魔物に襲われたんだろ。何でも、二人のうち一人は相当な傷を負ってるらしい。たぶん、もう助からない……っておい!」
レイスは話を最後まで聞かず、走り出す。目指しているのは話にあった場所、街の入り口だ。
「間に合ってくれ……!」
祈るような気持ちで走り続け、数分もかからずにたどり着いた。入り口には人垣ができており、誰かの悲痛な叫び声が聞こえる。
「どいてくれ!」
レイスは人垣の中をかき分け、無理矢理中心へと出た。視界に飛び込んできた光景は、身体中傷だらけの少年が、血まみれの少女を抱える姿。
「誰か、こいつを助けてくれ……!!!」
少年は自分も傷を負っているにも関わらず、泣きながら周りに頼み込む。だが、少女の傷はどう見ても致命傷だった。背中が大きく引き裂かれており、出血もおびただしい。
周囲の人間ももう助からないと悟っているのか、一様に表情は暗かった。
そんな中、レイスは少年の側へ駆け寄る。
「お前は……」
「いいから、早く傷を見せてくれ!!」
「あ、ああ……」
レイスは少女の傷を間近で見て、すぐさま『
「血の不足に、傷口の腐食……それに、毒か」
少女の状態を一瞬で把握すると、救うべく鞄を開いた。
取り出したのは、エリクサーと緑色のポーション。
「緑色のポーションから急いで飲ませてくれ!」
レイスは少女を抱えている少年に指示を出す。その間にまた鞄を漁るが、徐々に表情は焦りで歪む。
「っ……毒に合うポーションが……!」
少女の血管内に侵入している毒に合うポーションが見つからなかった。このままでは、傷を治したとしても毒に侵されて死んでしまう。
「なら――今作ればいい」
レイスは迷いなく鞄から白水とキュクラ草と小型のナイフを取り出すと、キュクラ草をポーションに変えて、白水と混ぜ合わせる。
そして、自分の指先をナイフで切り、血を一滴、白水とポーションの混合液の中へ混ぜ込んだ。これは毒の無い正しい血の情報をポーションの中に含ませるためだ。
予め『
「最後にこれを!」
レイスは最後のポーションを少年に手渡し、少女がすべて飲み終えるのを見守る。
少女が緑色のポーションを飲み終えると腐食して紫色になっていた部分が元の肌色へ戻り、エリクサーを飲むと背中の傷口がたちまち塞がった。
レイスが最後に渡した透明なポーションは外見的な変化は与えないが、少女の体内の毒を排除したはずだ。
少年は少女の身体の変化に目を見開いて驚いているが、レイスは気にせず再び『
「……大丈夫だ、助かった」
静かな空間にレイスのその言葉が響いた途端、その場は凄まじい歓声で包まれたのだった。
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