第8話 お勉強は大事です

「これ……本当にただの勉強じゃない」

「だから俺は言っただろ、勉強だって」


 現在、デイジーの目の前には薬草などの図とそれに関する解説が記された資料が山積みされていた。すべて、レイスの持ち物だ。


 デイジーは微妙な表情でそれらを眺めているが、資料に載っている情報はどれも貴重なものばかりである。文句を言ったらバチが当たるというものだろう。


 ちなみに、この資料はレイスも実際に使用したものだ。師匠にこれを見せられ、そして実物を採取する地獄ツアーへ連れていかれた。


 おかげで、資料に記載されている情報は絶対に忘れることがなくなった。二度と地獄を味わいたくないというのがレイスの本音である。


 ともあれ、錬金術師にとって知識は力だ。あって困ることはない。


「でも、ほんとにこれを覚えるだけで錬金術が上達するものなのかしら? それなら、まだ錬金術を繰り返し使っていた方が上達しそうなものだけれど……」


 なおも懐疑的なデイジー。


 レイスはどうしたものかと考えたあと、部屋の中を歩き始めた。この部屋はレイスが初依頼のときに作業をしていた部屋で、薬草類が保管されている。


 レイスは十種類以上ある薬草の中から、一つを取り出した。


 デイジーには、口だけで説明するよりも実際に見せた方が良いと判断したのだ。


「これが何か分かるか?」

「……バカにしてるの? ――ラム草よ。主に止血用として使われる薬草で、すり潰して患部に塗ることで効果を発揮する……間違ってるかしら?」

「ああ、正解だ」


 レイスは満足げに頷く。


「俺たち錬金術師は、その止血効果を錬金術によって上昇させて、傷の治癒を可能とするポーションを生み出す」


 レイスは錬金術を発動させると、数秒でポーションを作製した。そのあと、もう一つラム草を取り出すと、デイジーに手渡す。


「とりあえず作ってみろ」

「……はぁ、分かったわ」


 デイジーも数分をかけて、同じくポーションを作製する。


 出来上がったニ本が、二人の前に並んだ。


「『解析アナライズ』で調べてみてくれ」


 デイジーは素直に『解析アナライズ』を発動した。二つのポーションの品質が判明し、その結果に彼女は歯噛みする。


「あなたのポーションが上級ポーションで……私のは、中級よ」

「まあ、もともとラム草は効能が低い薬草だし、こんなもんか。……さて、俺とお前のどこが違うかだけど……分かるか?」

「分からないわよ……」


 レイスは拗ねたようにそう言うデイジーを見て、苦笑する。


「俺とデイジーの大きな違いは一つだけ。『昇華』を行うときに想像を働かせているかどうか、だ」

「想像……?」

「ああ。例えば、家を建てることになったとき、設計図は必要だろ? 設計図――つまり完成形が予め分かっていないと、完成度の高いものなんて作り出せない。それは錬金術も例外じゃないんだ」


 レイスは「だから」と言葉を続け、


「錬金術師にとっての知識は、設計図と考えてもいい。その薬草にはどういう成分が含まれているのか、それが人体にどういう風に作用するのか、しっかりと『想像』して、効能を『昇華』させる。難しいかもしれないけど、俺がやってることはそういうことだ」


 口で言えば簡単なように聞こえるが、相当難しいことだ。薬草の種類だけではなく、その成分、人体への作用まで覚えて、自分の頭の中で再現しなければならないのだから。


「ま、何を極めるにしても勉強は重要ってことだ。頑張りたまえよ」

「……了解」


 ニコニコと笑っているレイスとは対照的に、げんなりとした顔のデイジー。彼女は目の前で積み上がっている資料を見て、大きなため息をついた。




 ***




「お久しぶり、というほどでもないですかね?」


 はにかむようにそう言ったのは、綺麗な白髪をふわりと揺らすシルヴィアだ。


 現在、レイスは再びラフィーの自宅にお邪魔していた。時刻はちょうど夕食時といったところ。レイスはデイジーのところで依頼をこなしてきたばかりだ。


 この訪問はレイスから頼んだかというとそういうわけではなく、体調が良くなりつつあるシルヴィアがレイスにお礼を言いたい――とのことだった。


 どうやらエリクサーは順調にシルヴィアの病に対して効き目を発揮しているようだ。エリクサーを作った本人であるレイスとしても嬉しい限りである。


「そうだね、たった数日だし」

「お話は姉さんからよく聞きます。冒険者になったんですね」

「といっても、やってるのは錬金術ばっかりだから、冒険者といっても名ばかりだけど……」

「ふふ、そうみたいですね」


 デイジーが気絶した件も含めて伝えられているのだろうかと、レイスは少しばかり羞恥心を覚える。


「で、最近はどうなんだ、レイス」


 と、そこにエプロン姿のラフィーが現れた。普段はどちらかというと鎧姿などの戦闘装束ばかり目にしていたので、レイスは新鮮な気分になった。


 ラフィーは長く赤い髪を後ろで一つに束ね、大きな鍋を両手で持っている。


 美しい容姿の彼女には家庭的な姿も似合い、レイスは思わず見蕩れてしまう。


「ん、どうした?」


 黙り込むレイスを不審に思ったラフィーが声をかけ、レイスは慌てて誤魔化すように笑った。


「い、いや、エプロン姿なんて珍しいなーと」

「わ、私だって一応女だぞ……!」

「あー……なんか、ごめん」

「謝るな!」


 顔を赤くして怒るラフィーと、目を泳がせるレイス。二人のやり取りを見ていたシルヴィアは、小さく笑う。


「もういい……それよりも、冷めないうちに夕食にしよう」

「ああ、悪いな」

「姉さん、任せっきりでごめんなさい」

「いいさ、レイスは今日は客人だし、シルヴィアもまだ快調というわけじゃないからな」


 そう言ってラフィーはエプロンを脱ぎ、椅子に座った。三人は並ぶ料理に感謝を捧げてから、食事を開始する。


「――で、レイスは最近どうなんだ?」

「んー、デイジーに錬金術を教え始めたこと以外、これといったことは何もないな」

「……一つ思っていたんだが、もしかして依頼主もレイスのようになったりするのか……?」


 恐る恐る発せられた問いに、レイスは思わず苦笑。


「俺と同じくらいになろうとすれば、今のままだと何十年ってかかると思う」


 死んだような目をしていたデイジーを思い出し、同情する。レイスも一度通った道なので、苦労はよく分かるのだ。


 レイスが懐かしい気分に浸っていると、シルヴィアが不思議そうな表情でレイスを見る。


「そういえば、レイスさんは錬金術は独学なんですか?」

「いや、師匠がいた」


 レイスは苦虫を噛み潰したような表情で、心底嫌そうに言い放つ。


 そもそも、レイスがこの若さで錬金術を使いこなせているのは、彼の師匠による影響が大きい。スパルタを極めた過酷な訓練が、レイスの錬金術を大きく伸ばしたのだ。


「どんな人なんですか?」


 目を輝かせ、好奇心を表情に出しながらシルヴィアが声を弾ませる。


 対して、レイスは暗い表情だ。


「一言で言うと、ダメ人間」

「……え?」

「料理洗濯掃除なんかの家事は一切やらないし、金使いは荒いし、酒乱だし、鬼畜だし、変人だし、ダメダメの人間」


 レイスは矢継ぎ早に言葉を並べると、自らの師匠をダメ人間と断言する。瞳には心なしか怒りのようなものも感じられた。


「お、お前がそこまで言うなんて、そこまで酷いんだな……」

「ああ、なるべく会いたくない」


 軽く引いているラフィーの言葉に、レイスはブンブン首を縦に振って頷く。


 それ以降は軽い雑談を交えながら、夕食を楽しんだ。ラフィーの作った料理はどれも一級品で、レイスもとても満足である。


 そして、そろそろおいとましようか、というとき。


 シルヴィアとラフィーが、二人並んでレイスへ頭を下げた。


「レイスさん、本当にありがとうございました」

「私からもだ。妹を助けてくれて、本当にありがとう」


 レイスは照れくさそうに笑い、


「俺のエリクサーでシルヴィアが助かったなら、俺にとっても何よりの喜びだよ」


 レイスの言葉を聞いた二人は、感心したように穏やかな笑みを浮かべた。


「じゃあ、今日はこれで。これからもよろしくな」

「ああ」

「はい!」


 レイスは二人の笑顔に見送られて温かい気持ちを感じながらも、一日を終えたのだった。

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