第7話 自重って難しい
「依頼達成、おめでとうございます! まさか本当に達成できるとは思いもしませんでした……」
「確かに変な性格の人でしたけど、案外何とかなりましたよ」
「ふふ、それは良かったです。こちら、報酬の金貨一枚となります」
レイスはアメリアからの賞賛に喜びを感じつつも、報酬を受け取る。
これからもデイジーの依頼は受ける約束なので、定期的な収入を手に入れたと言っても過言ではないだろう。
それに、錬金術師の知り合いができたことはレイスにとっても喜ばしい。やはり同業者というのはそれだけで親しみを持てるものだ。
交友関係的にも、収入的にも、良い感じに王都での生活の基盤を築けている。元いた場所を離れるときはどうなることかと思ったが、運が良いのもあって平穏な生活を送れそうだ。
レイスは誇らしげに、隣にいるラフィーへと話しかける。
「ほら、俺は一人でもちゃんと依頼をこなせるんだ」
「ほう……なら、もう一度依頼中にあったことを聞かせてもらおうか」
ラフィーから白い目を向けられ、レイスはグッと息を詰まらせた。ラフィーはすでに依頼中に何があったかレイスから聞いており、その上でこんな態度を取っているのだ。
「そりゃあ、ちょっとやり過ぎたかもしれないけど……」
「ちょっと? 依頼主が驚いて倒れるくらいが?」
「それは……」
レイスは言いよどんで、目を泳がせる。
「それにだなレイス、多分、お前はいいようにされてるぞ」
「いいように?」
「ああ。私は錬金術師じゃないが、お前がすごいということは分かる。なら、本職の錬金術師からはお前はとんでもない存在に見えるはずだ。そんな存在に定期的に手伝ってもらえて、しかも錬金術を教わることができるんだ。依頼主にとっては理想的な展開だろうな」
レイスは悪戯っぽく微笑むデイジーを思いだし「そんな魂胆があったのか……」と戦慄する。
「いや、でも結果的には俺も定期的な収入を確保できたから、むしろ約束をして正解だったと言えるのでは……?」
名推理、とでも言いたげなレイスの言葉を聞いたラフィーは、ジトーとした目でレイスを見る。
「……そんな考えだから、王都に来た初日に持ち金のほとんどを騙し取られるんだぞ」
「……ごもっともで」
レイスはガクリと肩を落とし、反省する。デイジーにレイスを騙す気がなかったから良かったものの、下手をすればまた何か騙し取られていた可能性があるのだ。
「人柄が良いのはもちろん悪いことじゃないが、時には用心することも大事だぞ。あと、レイスの場合、自重することも大事だ」
「自重ねぇ……」
悩ましく呟く。
レイスとしては、錬金術で手を抜くような真似はしたくない。その上、自重するにもどう自重すればいいのかよく分からないのだ。
品質が良いポーションを作るのが悪いことかと言われれば、そういうわけではないし。むしろ、錬金術の研究をしていた以上、ポーション作製の効率と効能の上昇を求めるのは必然だった。
「自重って、難しいな……」
レイスがぽつりと漏らした本音を聞いたラフィーは、大きなため息をつくのだった。
***
冒険者になって数日。レイスは今、約束通りデイジーからの指名依頼を受けていた。
「なぁ、デイジー。自重って難しいな」
どこか遠いところを見るような目で、達観したように呟くレイス。デイジーは錬金術の手を止めて、面倒くさそうに隣のレイスを見た。
「急にどうしたの……」
「いや、この前友人にお前は自重するべきだって言われてさ……で、改めて自重のやり方を考えてたら、よく分かんなくなってきたんだ」
「へー、あなたにも友人がいたのね」
「え……どういう意味だよ、それ」
レイスは戦慄の眼差しで隣の幼女(仮)を見る。
まさか友人のいないぼっち野郎だと思われてたのか……?
レイスは限りなく正解に近い解答を脳内で導き出し、慌ててそれを振り払う。
「レイスの場合、確かにとんでもない錬金術師だものね……まあ、要は加減の問題だと思うわ」
「というと?」
「例えばエリクサーを大量に売りでもしたら、周りが混乱するのは目に見えてるでしょ? だから、半年に一つだけ売る、とか明確な基準を決めるのよ。まあ、エリクサーをぽんぽん出すバカなんて、そういないと思うけどね」
「……ソ、ソウダナ」
「?」
レイスは身に覚えがありすぎる話題に冷や汗をかきながらも、何とか誤魔化そうと目を逸らす。
「ま、まあ、言ってることは分かった」
「そう、なら良かったわ。……ちなみに、レイスはエリクサーも作れたりするのかしら?」
「ん、作れるぞ」
「……なら、私も作れるようにならなきゃね。――さて、じゃあ始めましょうか」
始める、とは錬金術の訓練のことだ。今日が初めてであり、デイジーは割と期待して待っていた。
「了解。んじゃあ、とりあえず『抽出』『浄化』『成分固定』『昇華』を見せてくれ」
今、レイスが口にした錬金術はポーションができるまでに必要な一通りの手順だ。
『抽出』と『浄化』はレイスが初依頼でこなした、薬草を液体に加工するまでの工程である。
『成分固定』はできた液体に含まれる薬効を逃がさないように固定し『昇華』は薬効を上昇させる錬金術だ。
デイジーは、何度も何度も繰り返したその工程を集中して行う。レイスもまた、一瞬たりとも見逃さないように真剣に観察する。
レイスは大抵のポーションなら数秒で作れるが、デイジーはそうもいかないのだ。
――数分後、デイジーは疲れを吐き出すように息を漏らした。
彼女の目の前には、赤い液体が詰まった瓶が一本置かれている。
「上級ポーションってところか……うん、なるほどな」
レイスは納得したように頷くと、
「デイジー、まずは俺の感想を聞いてくれ」
「ええ」
少し緊張した様子のデイジー。息を呑んでレイスの言葉を待つ。
「率直に言うと、技術的な面は相当な練度だと思う。速度は速いほうだし、ポーションの完成度も中々だ。あとは繰り返しの練習を欠かさなければいいと思う」
「本当!?」
「ああ、ただ――デイジー、多分お前には知識が足りてない」
そこがお前の課題だと言わんばかりに、レイスはニヤリと笑みを浮かべる。
「もちろん、基礎的な知識はあるだろうけど、その先が不足してる。本にも載っていないような、知られていない知識だ。知識から来る想像力っていうのも、錬金術にはある程度関わってくるからな」
例えば、薬草。ポーションの材料となる薬草には、当然だが種類がある。
レイスが所持している薬草であるキュクラ草は濃密な魔力を大気中に含んだ場所でしか育たず、エリクサーや高い効能を持つポーションを作製するのに向いている。
そして、キュクラ草に関しての情報は一般的な薬草の図鑑などには載っていない。
レイスの異常な錬金術の原因には、こうした一般的には知られていない知識も関わっている。
「まあ、俺は『知識』としてじゃなく『体験』として錬金術を叩き込まれたけど……」
レイスの師匠は、実際に錬金術の材料の採取にレイスを連れ回したのだ。魔物が跋扈する森だろうが、断崖絶壁の危険地帯だろうがお構い無しの鬼畜ぶりである。
もちろん、レイスはデイジーにそんな苦行を強いるつもりはない。きちんと『知識』として錬金術を教えるつもりだ。
「レイスが言いたいことは分かったわ……結局、私は何をすればいいの?」
その言葉を受けて、レイスはニコリと笑った。
「さてと、お勉強の時間だ」
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