第6話 約束と依頼達成

 ――その一室には、異常な光景が広がっていた。


 異常性を生み出している当人、レイスは自覚しないまま。彼はただ、デイジーに指示された通りに黙々と『抽出』と『浄化』を行っている。


 この部屋をラフィーが見たら、顔を手で覆って呆れることだろう。確かに、レイスは忠告に背かずにエリクサーを作ってはいないし、見せてもいない。


 しかし、同じくらい常識外のことを、現在進行形で行っている。


「『抽出』『浄化』『抽出』『浄化』『抽出』『浄化』」


 とんでもない速度で発動される錬金術。しかも、完成度も申し分ない。速度だけ見ても、並の錬金術師の五十倍以上はあるだろう。


「ふー……こんなもんかな」


 レイスは発動し続けていた錬金術を止めると、一息つく。彼の目の前には、瓶に詰められた透明な液体が大量に並んでいた。


 デイジーからできるだけ多くと注文を受けたので、品質を落とさない速さで錬金術を発動し続けたのだ。仕上げた正確な数は把握していないが、ペース的には悪くないだろう。


 時間制限などは伝えられていないのであとどれほどの間できるか分からないが、デイジーを満足させる量はこなせるはずだ。


 華麗に初依頼を達成し、ラフィーにも一人でも大丈夫だということを証明してやろうじゃないか。


 レイスは脳内で完璧(当人談)な計画を立てて、ニヤリと自信ありげに笑う。


 そして、再び作業に取りかかろうとしたとき。


「調子はどうかしら、少し休憩でも……」


 言いながら部屋に入ってきたのは、相変わらず疲れた顔をしているデイジー。彼女は部屋に入ってきた途端に固まり、目を見開いていた。


「ん、もう終わりなのか?」


 レイスがそう尋ねるも、反応は返ってこない。


「これ、は……」


 デイジーはふらふらとした足取りで部屋の中を歩き回り、


「持ち込んだものじゃない……薬草は減ってるし、本当に作られてる……」


 信じられない、といった様子で呟く。


「あ、あのー……」


 存在を無視し続けられているレイスが、恐る恐る声をかける。


「レイス!」

「は、はい!」


 突然大声を出され、レイスは思わず背筋を伸ばしながら返事をした。


「あなた、一体何をしたの!? どんな方法でこんな短時間でこの量を……」

「い、いや、特に何もしてないけど……ただ普通に錬金術を使ってただけで……」

「普通? 普通にやってこんなに早くできるわけないじゃない!」


 ラフィーやシルヴィアは錬金術に関する知識に疎く、また錬金術を初めて見たためレイスの技術に漠然としか驚いていなかったが、デイジーは違う。


 レイスと同じくらいの年月錬金術を学んでいる彼女には、レイスがどれだけ常識の埒外のことをしているかはっきりと分かるのだ。


 だから簡単には信じられないし、疑い深くもなる。


「さぁ、教えなさい! どうやったの!」

「いや、本当に普通にやっただけで……あぁ、もう見せた方が早いか」


 レイスは話を聞きそうにもないデイジーの様子を見て、口頭での説明を諦める。仕方なく先程まで行っていた作業を、デイジーに見せつけた。


「『抽出』『浄化』」


 薬草が一瞬にして透明な液体へと変わり、不純物が取り除かれる。


 実際にその光景を見て、レイスを疑っていたデイジーの口があんぐりと開いた。


「あなた、いい、い、今……!」

「ほら、俺は嘘はついてないぞ。特別なことはしてない。普通に錬金術を使っただけだ」

「これが、普通……?」


 そこでデイジーの思考力に限界が来たのか、彼女はぐるぐると目を回し始める。


 そして――


「きゅぅ……」


 バタリと、床へと倒れ込んだ。



 ***



「んっ……」

「おっ、目が覚めたか」


 重い瞼が持ち上げられ、デイジーはゆっくりと目覚めた。見慣れた天井が視界に映り、後頭部には弾力性のある硬い感触を感じる。


「ん……?」


 そこで、デイジーは疑問に思った。


 ――なぜ、レイスの顔がこんなに近いのだろうと。


 そして、状況を把握する。


 今、デイジーは膝枕をされているのだ。


「な、なな、なぜ膝枕を……!」


 顔を赤くしたデイジーは慌てて起き上がり、きょとんとしているレイスへ叫ぶ。


「いや、突然倒れるからさ、さすがに勝手に店の中を歩き回るのも悪いし、かといって床にそのまま放置というのもどうかと思ったから、膝枕をすることにした」


 あくまで善意でしたことだと言われれば、デイジーもそれ以上の追求はできない。落ち着くために、二、三度深呼吸をする。


 デイジーはクリアになった思考で、気を失う直前のことを思い出した。


「寝不足と、あの光景への衝撃で気を失ったわけね……我ながら情けない」


 今のデイジーの顔からは疲れのほとんどが取れ、目の下のくまも消えている。その代償に今日会ったばかりの男に醜態を晒したわけだが。


「はー……レイス、悔しいけどあなたのことを認めましょう。確かにあなたの腕は本物よ。でも、そこまでの腕ならなぜ有名になっていないの?」

「俺、最近王都にやってきたばっかりだからさ。それまでは田舎で錬金術の研究しかやってなかったんだ」

「……なるほどね」


 デイジーはしばらく熟考する素振りを見せると、突然良いことを思いついたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。


「ねぇ、レイス、たまにでいいから今日みたいに手伝ってもらえない? もちろん報酬は出すわ」

「ん? あぁ、これくらいなら別にいいけど」

「あと、手伝いのときに、できれば私に錬金術を教えて欲しい」

「俺に?」


 生憎とレイスには他人に錬金術を教えた経験はない。しかし、今日やったことを教えるくらいなら可能だろう。


 毎日というわけでもないし、そう負担にもならないはずだ。


「ああ、分かった」

「決まりね。じゃあ、依頼の用紙を出して」


 レイスは言われた通り、懐から依頼の用紙を取り出す。デイジーはそれに手早くサインをすると、レイスへと返した。


「はい、依頼完了お疲れ様。これからもご贔屓に」


 デイジーは悪戯っぽく微笑み、軽くお辞儀をした。


 こうして、なぜだか錬金術を教えるという約束が結ばれて、レイスの初めての依頼が完了したのだった。

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