第15話 進む病状

「本日もお疲れ様です」

「ありがとうございますー」


 アメリアの労りの言葉に、レイスは疲れきった声で感謝を述べる。本日はデイジーの依頼を受ける日だった。


 デイジーも少しずつ成長していっているようで、日に日にポーションの出来がよくなっている。このまま研鑽を怠らずに努力を続ければ、エリクサーを生み出せるようにもなるだろう。


 教えている側のレイスとしても、是非とも頑張ってほしいものである。


「さて、お仕事も終わったことだし、今日は何食おうかなー」


 自分で働いて稼いだお金で食べる飯ほど、美味しいものはない。レイスが王都に来た当初に無一文でラフィーに助けられたときは、かなり惨めな気分だったのだ。


「あ、そうだ、レイスさん」


 鼻歌交じりにこの後のご馳走のことを考えていたレイスだが、アメリアの呼びかけで現実に引き戻される。


「はい、何ですか?」

「さっき、ラフィーさんがレイスさんを捜してましたけど、会えましたか?」

「ラフィーが? 会ってませんけど……」

「入れ違っちゃったんですね。急ぎの用件みたいだったんですけど……」

「なるほど」


 レイスは何かやらかしただろうかと考えるが、それらしき記憶はない。可能性としてありそうなのは、エリクサーの指名依頼関係の小言だろうか。


 あのときは、ラフィーに何も言わずに一人で頑張っていたわけであるし。


「ちなみにラフィーは今どこに?」

「依頼場所の地図を渡しましたから、おそらくそっちに」

「デイジーのところか……なら、下手に動かずにここで待ってた方が会えそうですね」


 レイスがそう言い終えたとき、ギルドの扉が開かれる。中に入ってきたのは、ちょうど話題に上がっていたラフィーだ。


「あ、ラフィー。俺に用ってなんだ?」

「悪い、レイス! 説明は後だ、来てくれ!」


 レイスが手を振って存在を示すと、突然ラフィーがその腕を掴む。


「へ? っとぉぉぉ!?」


 レイスの目の前で驚いたまま固まっているアメリアの顔が、一瞬にして遠ざかる。レイスはギルドから凄まじい速度で離れていく光景にデジャヴを感じながら、ラフィーの顔を覗き見た。


 急ぎの用件とアメリアが言っていた通り、確かに焦ったような表情をしている。どこに向かっているのかはレイスには分からないが、到着するまでは話を聞いてもらえなさそうということだけは分かった。


 レイスは抵抗することなく、引っ張られるまま移動する。ただ、身体能力は一般人並のレイスにとって、ラフィーを基準とした移動は端的に言ってキツい。


 身体の中身が混ぜ合わされるような感覚を覚えながらも耐え続けていると――


「……ラフィーの家?」


 ラフィーが足を止めたのは、彼女の家の前だ。ますます彼女の用件が分からず、レイスは訝しげな視線を向ける。


「見てもらったほうが分かりやすいと思う。着いてきてくれ」


 ラフィーはそれだけ言うと、説明もなしに家の中へ入っていく。有無を言わせぬ雰囲気に、レイスは仕方なく後に続いた。


 階段を登り、家の二階へ行く。そして、ラフィーはある一つの部屋の中へ入った。


「ここに何が……って、シルヴィア?」


 部屋の中へ入ってまず目についたのは、ベッドの上で眠るシルヴィアの姿。それ以外には特に何もなく、一般的な寝室といった感じだ。


「これを見てくれ」


 ラフィーはレイスの手を引いて、ベッドで眠るシルヴィアへ近づく。そして、シルヴィアの服の袖を二の腕が見える程度にめくった。


 露出したシルヴィアの肌には、青い斑点のようなものがいくつか浮かび上がっている。


「これは……」

「昨日、シルヴィアは依頼の途中で魔法を使おうとした途端、急に倒れたんだ。おまけに、そのときから身体が一切動かせなくなったんだ」

「身体が……?」

「ああ。私じゃどうしようもないから、シルヴィアを抱えて必死で王都に戻ってきた」


 レイスはそこで、なぜ自分が連れてこられたのか察する。


「なるほど、俺に診てほしいわけか」

「ああ、頼めるか?」

「もちろん」


 断る理由などない。快諾したレイスは、すぐにシルヴィアに『解析アナライズ』を発動した。


 『解析アナライズ』は本来なら薬草や鉱石の成分を調べるための錬金術だが、一定の練度にまで達した者は、ある程度人体の状態まで知ることができる。


「これは……魔力の流れが、鈍くなってる?」


 レイスは魔力の流れに違和感を覚え、異常を感じる部分を注視する。すると、斑点が浮かんでいる箇所の魔力が上手く循環できていなかった。


「もしかして……!」


 レイスの頭の中で、一つの病名が思い浮かぶ。レイスは疑念を確信に変えるため、斑点が浮かんでいる箇所のみに『解析アナライズ』を集中させた。


「っ、やっぱりそうか!」


 レイスが見たのは、魔力が固まって塊となっている姿。それが邪魔をして、魔力がスムーズに循環できていないのだ。


「……シルヴィアが動けなくなったのは、魔力晶病が原因だ」

「魔力晶病……?」


 ラフィーは、聞き覚えのない病名に戸惑う。それもそのはずで、魔力晶病を発症する人間は稀なのだ。レイスも、実際に目にするのは初めてである。


「魔力晶病っていうのは、魔力が徐々に結晶化していって、身体が動かなくなっていく病だ。最初は手の痺れから始まったりするから、発症していることに気づくのは難しくて、気づいた頃には病状が進行していることが多い」


 レイスが師匠から教わった危険な病の一つだ。


「でも、どうしてシルヴィアがそんな病気に……!」

「……多分、シルヴィアの魔力晶病は俺と出会う以前に発症していて、エリクサーの力で一時的に治ったように見えた。けど、病状の進行を遅らせるだけで、治療はできてなかったんだ」


 エリクサーは万能の霊薬と呼ばれているが、その実治せない病気というのも、数少ないとはいえ確かに存在する。


 シルヴィアの容態に気づけなかったのは、レイスとしても口惜しい限りだ。


「このままだと、シルヴィアはどうなるんだ……?」

「結晶化の症状が心臓にまで達して、死ぬ」


 今、シルヴィアは手足まで病状が進行している。結晶化が心臓に達するまで、そう時間はかからない。


 ――ただ、ここにはレイスがいる。


「大丈夫、魔力晶に効くポーションを作ることはできるから。俺に任せとけ!」


 レイスは、ラフィーを安心させるように笑みを浮かべる。


「そ、そうか! なら……」


 安堵の表情を浮かべるラフィー。ただ、一つ問題があるのだ。


「だけど、素材が足りねぇ」


 魔力晶は珍しい病だけあって、治療に必要なポーションを作る素材も手に入りにくい。レイスも現在は持ち合わせておらず、王都で売られているのを見たこともない。


 しかし、レイスはこの近辺で素材が存在する場所をたった一つだけ知っている。


「ラフィー、俺の家に一緒に来てくれ。そこになら、ポーションを作るために必要な素材がある」


 レイスが捨てた家。その場所であれば、様々な種類の素材が置かれている。もちろん、シルヴィアを救うための素材も。


「ああ、もちろん! 妹を助けるためなんだ、私の方から頼みたいくらいだ」

「よしっ、じゃあ今日はもう遅いし、出発は明日の早朝にしよう。それまでに準備を整えてくれ」


 レイスの家の付近には、魔物が出没するのだ。S級冒険者のラフィーと一緒とはいえ、油断はできない。


「じゃあ、もう今日は帰るよ。俺も準備しておきたいし」

「ああ、分かった。いつもすまない、ありがとう、レイス」


 レイスは「気にすんな」と笑顔で言い、準備を整えるべく宿屋に向かった。

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