第3話 似ていない妹
「これは……本物のエリクサー?」
アメリアは小瓶を手に持ち、しげしげと眺め、そう結論を出した。声音には驚きの色が含まれており、エリクサーがアメリアにとって予想外のものであったことがよく分かる。
――ただ、驚きはそれだけでは終わらない。
「あ、まだあるので」
「へ……?」
新たにぽいっと置かれた、三つの小瓶。そのどれにも青色の液体が注がれており――どれも、紛れもなく本物のエリクサーだった。
「え……えぇぇ!?」
アメリアは椅子から立ち上がり、ギルドに響き渡るほどの大声を上げる。ただでさえ貴重なエリクサーが計四つ目の前に並んでいるのだ、仕方がない。
とはいえ、この場で一番驚いているのはS級冒険者の少女であるわけで。ラフィーは目を見開いて、呆然とレイスを見ていた。
ギルドにいる冒険者たちの視線が、レイスへと突き刺さる。そのどれもが、驚きの色を隠せていない。
視線に晒された当人は目を丸くして、きょろきょろと周囲を見渡していた。
「えっと……」
何とも言えない雰囲気に、レイスは戸惑う。
すると、突然ラフィーがレイスの手を掴み、机の上にある四本のエリクサーを回収すると、真っ先にギルドの出口へと向かった。
「え、ちょっ!」
さすがはS級冒険者と言うべきか。レイスに抵抗は許されず、ラフィーに手を引かれるまま、みるみるうちに冒険者ギルドの姿が遠ざかった。
人混みの中をすいすいと通り抜けていき、やがて人通りの少ない路地裏へとたどり着く。引っ張り回されたレイスは目を回し、抗議の視線をラフィーへと送る。
しかし、ラフィーはそんな視線のことも気にせず、手に持っている四本のエリクサーをレイスの前へと突きつけた。
「これは、一体どういうことだ……!」
「どういうことって……
「……すべて、お前が作ったのか?」
「そうだけど」
「はぁ……」
イマイチ状況を理解していないレイスの前で、ラフィーは盛大なため息をつく。
ただでさえ混乱しているのに、目の前の錬金術師は自分の異常性をまるで把握していないのだ。
「いいか、レイス。お前の錬金術師としての腕は、はっきり言って異常だ。その歳でエリクサーを作るだけでも十分天才的なのに、複数個作っているとなると、世界中を探してもお前一人だけだろう」
ラフィーはレイスの肩を掴み、念を押すように力強く言葉を発する。されるがままのレイスは、苦笑。
「そう言われても、今手持ちで売れそうなのはエリクサーだけだからさ。このままだと、金が……」
レイスの所持金は皆無と言っても差し支えない。宿泊費どころか、今晩の食事代もない状態だ。何か売らなければ、寒い夜を過ごすことになる。
「ぐ……うぅ、しかし……!」
一人でうんうんと唸るラフィー。しばらくその状態が続いたあと、肩を落としてため息をついた。
「仕方ない……今日は、私の家に泊まっていけ」
「俺としては助かるけど……いいのか?」
「妹との二人暮らしだし、気を遣わなくていい。元はと言えば、私のせいでエリクサーを売れなかったわけだし」
今日初めて会う相手の、しかも女の子の家に泊まるのはレイスとしても心苦しいが、嬉しい申し出であることは確かだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
結局、断ることはできず、申し出を受け入れるのだった。
***
「私は妹に事情を説明してくるから、ここで待っていてくれ」
「分かった」
ラフィーが階段を上っていく姿を見届け、レイスはホッと一息つく。肩から提げている鞄を下ろすと、椅子に身体を預けた。
そして、改めて家の中を見渡し、感心する。レイスと年齢はそう変わらないのに、随分と立派な家だ。ラフィーは妹との二人暮らしと言っていたが、この広さならあと五、六人は住めるだろう。
それに比べ、今のレイスは無一文。随分な差だ。
「……うん、早いところ何か売って金を稼ごう」
憂鬱な気分のまま鞄を開く。中には錬金術に使う材料や、すでに完成しているポーションなどが種類ごとに分けられて収納されている。
レイスが故郷から出るときは、魔物が出て焦っていたので、錬金術の材料やポーションは選別して持ってきていない。目についたものをとりあえず種類ごとに鞄に突っ込んできたのだ。
だから、ポーションの数にも限りがある。例を挙げると、エリクサーは残り十本といったところだ。
とはいえ、レイスにとっては完成品の残りの数はどうでもよかった。問題は、錬金術に使う材料の残りだ。
「キュクラ草が二十束に、赤銅石が五つ、それに白水が十瓶分か」
キュクラ草は、エリクサーなどの治癒の効果をもたらすポーションを作るための材料で、赤銅石は武器やアクセサリーの加工、白水はアンデッドを倒すための聖水を作るためのものだ。
「まあ、大丈夫か」
しばらくは持つ量だ。足りなくなれば、集めればいい。
確認を終えたレイスは鞄を閉じ、ラフィーを待つ。
すると、タイミング良くラフィーが階段を降りてくる。その隣には、レイスが見知らぬ少女が一人いた。
腰ほどまで伸ばした白髪に、血を思わせるような真紅の瞳。レイスより低い身長を見れば、歳は下だろう。年齢の割に大人びた雰囲気を纏っている彼女が、ラフィーが言っていた妹に違いない。
しかし、姉妹という割には二人は似ていない。髪色も目の色も違っている。
「待たせたな。私の妹のシルヴィアだ」
「初めまして」
「どうも。俺はレイス」
レイスの対面側にシルヴィアが座る。
「私は茶を入れてくる。少し待っていてくれ」
「姉さん、手伝おうか?」
「いや、お前は休んでいろ」
ラフィーはそう言って、再び姿を消した。取り残されたのは初対面の二人。自然と、気まずい雰囲気が流れてしまう。
レイスが何か話題がないかと考えていると、突然シルヴィアが頭を下げた。
「あの、ありがとうございます、レイスさん」
「……えと、何が?」
初対面のシルヴィアに感謝されることをしただろうかと、レイスは思わず首を傾げる。
「姉さんに、エリクサーを譲ってくださったことに対してです」
「あぁ、なるほど。いや、俺もこうしてお世話になっちゃってるし、お互い様さ」
苦笑するレイスに対し、シルヴィアは柔らかく微笑みかける。
「それでも、ありがとうございます。姉さん、私のために頑張ってくれてるから」
「君のために?」
「はい。私、少し前から病気を患っていて、治す手段を姉さんがずっと探していてくれたんです」
申し訳なさそうな、悲しそうな表情でそう語るシルヴィア。レイスはラフィーがエリクサーを求めていた理由を知り、なぜ彼女があんなにも必死だったのか理解する。
エリクサーを求めるほどとなると、きっとシルヴィアの病は重いものであることも察せられた。
「そっか、良いお姉さんだな」
「はい、自慢の姉です!」
まるで子どものようなシルヴィアのその仕草に、思わずレイスは笑みをこぼす。
「あ、笑いましたね!」
「いや、ごめん。大人びてるなと思ってたから、ギャップを感じて」
「私、まだ十五歳ですよ」
シルヴィアは軽く頬を膨らませ、不機嫌をアピールする。可愛らしい十五歳の少女の姿は、レイスとしても眼福だ。
「早く治るといいな、病気」
「はい!」
嬉しそうに、シルヴィアは破顔した。
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