第4話 ポーション作製
「ポーションを、作ろうと思う」
真剣な顔をしたレイスが、高らかに宣言をする。その宣言を目の前で聞いたラフィーとシルヴィアは、揃って疑問符を浮かべた。
現在はレイスとラフィーが出会ってから一夜明けた朝。
朝食を食べ終えた食卓での発言である。
「急にどうしたんだ?」
「いやさ、昨日俺がエリクサーを売ろうとしたとき止めただろ? だから、もう少し効能を抑えたポーションを作ろうかなと思って」
「ああ、なるほど」
エリクサーを量産、ましてや売るとなるといろいろと面倒なことになるのは目に見えていた。ラフィーとしてはそうなることは避けるべきだと考えていたので、レイスの考えにホッとする。
普通のポーションを売るぶんには、何の問題もない。一度エリクサーを四本見せてしまっているので、今更な気もするが。
「それにさしあたって、ポーションを作っている間はこの家にいさせてほしいんだけど……だめか?」
「ああ、それくらいなら別に構わない」
「おお、ありがとう」
路上でポーション作製は悲しいので、許可を得られたことに安堵する。
「作るのにはどれくらいかかるんですか?」
シルヴィアの何気ない疑問。
効能によってポーションの作製時間は違ってくるが、一般的には一瓶分作るのに最低一時間はかかると言われている。
多少の知識があるラフィーは嫌な予感を覚えながらも、レイスの返答を待つ。
「そうだなー、中級ポーションくらいなら一瓶分を作るのにだいたい数秒ってところかな?」
「シルヴィア、勘違いするな。レイスが異常なだけだ。普通は一時間以上かかる」
辟易とした表情のラフィーとは対照的に、目を丸くしているシルヴィアは、愉快そうに微笑む。
「ふふ、姉さんから聞いた通り、変わっているんですね」
「俺はあんまり自覚ないんだけどな」
レイスは苦笑しながら鞄を開き、中から材料や道具を取り出してポーション作製の準備をする。
ラフィーとシルヴィアの二人にとっては珍しいのか、興味深そうにレイスの手元を見ていた。
「良ければ、見ていていいですか?」
「ん、別にいいぞ」
慣れた手つきで道具を並べるレイスを正面から無言でじーっと眺める姉妹二人。レイスは多少の気恥しさを覚えつつ、ポーション作製を開始する。
「『抽出』『浄化』『成分固定』『昇華』」
「…………」
連続して発動された錬金術。
ラフィーとシルヴィアは、声も出せずに目の前の光景を見つめる。
薬草が液体へと変わり、不純物が取り除かれ、液体が淡い光に包まれて赤く色づくその光景を。
まさに一瞬の出来事だった。姉妹が初めて目にした錬金術の御業は、どうしようもなく完成されていた。
ただ、本人はそれに何の感慨も抱いていない。レイスにとっては錬金術を使うのは日常の一部で、習慣となっているから。
だから、自重を知らない。
「よし」
完成したポーションは小瓶へと注がれる。レイスは満足げにそれを眺めると、
「『
再び錬金術を発動。主に薬草や鉱石の成分、もしくはポーションなどの品質を調べるのに使うためのものだ。
「上級ポーションってところか」
効能を抑えることには成功した。あとは、この調子で作り続ければ、当面の金の心配は必要ないだろう。
レイスが安堵のため息をついたところで、ようやく錬金術に見蕩れていた姉妹二人が覚醒した。
「姉さんの言ってたこと、少し分かった気がする」
シルヴィアは苦笑しながら、たった今目にしたレイスの異常性をしっかりと理解する。錬金術に対する知識はほとんど無いとはいえ、だ。
ラフィーに至っては気にすることをやめたようで、空笑いを浮かべて半目でレイスを見ていた。
「ははは……」
レイスは二人の反応にぎこちない笑みを浮かべる。ただ、その手は次々とポーションを生み出しており、止まる様子はなかった。
***
「あ、ラフィーさん!」
そう言ってラフィーに詰め寄ったのは、受付嬢のアメリア。ラフィーの隣には、少し膨らんだ鞄を持つレイスが佇んでいる。
現在地は冒険者ギルド。作り終えたポーションを売りに来ているところだ。
「昨日は突然立ち去ってすみません」
「それはいいんだけど……」
アメリアはチラリと、レイスを見る。十中八九、昨日に見せたエリクサーのことが気になっているのだろう。
「昨日は驚かせてしまってすみません、今日は別のものを売りに来ました」
「別のもの?」
レイスは受付の上に作成した上級ポーションを並べる。数は十五本だ。
「上級ポーション……みたいね」
アメリアは疑い深い視線を向ける。昨日のことが未だに尾を引いているのだろう。目の前で四本ものエリクサーを見せられたのだから、無理もない。
「あの、それで……買い取ってはくれるんですか?」
レイスは恐る恐る尋ねる。このポーションを買い取ってくれなければ、いつまで経っても無一文のままだ。それだけは絶対に避けたいし、何よりいつまでもラフィーの世話になるわけにはいかない。
「ええ、大丈夫です。……ただ、昨日のことを詳しく訊きたいところではありますが」
アメリアは端正な目元を歪め、ジト目でレイスを見る。
「あはは……」
乾いた笑みで誤魔化すが、それだけでアメリアが納得してくれるとは思えなかった。何せ、昨日は何も言わずに飛び出したのだ。
「ま、まあ、それはまた後日ということで」
苦笑いを隠せていないラフィーの言葉でアメリアは追及を諦めたのか、買取額の勘定を始めた。
「一本銀貨二枚で、合計金貨三枚になりますがよろしいですか?」
「意外と高いんですね」
値段を聞いたレイスは、思ったより高く売れたことに驚いていた。金貨一枚は銀貨十枚分で、これ一枚だけで一週間近くは暮らしていける。それが三枚だ。
とはいえ、ポーションを作るのには材料費なども必要なので、実際の収入はもっと少ないだろう。それでも、一人で生活をしていくには十分な資金である。
「最近、頻繁に魔物が現れるせいで冒険者の方がポーションを買い込んで、不足気味なんです。不謹慎ですけど、タイミングが良かったですね」
「へぇ、そうなんですか」
運が良かった。お金は多くあっても困らない。
それに、この調子なら未来は明るそうだ。定期的に錬金術の素材さえ手に入れることができれば、生活は安定するだろう。
「何とか自立できそうだな……」
女の子に生活を助けてもらうのは男のプライドとしてもアレだったので、ホッとする。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
レイスはアメリアから差し出された金貨三枚を受け取る。これでもうレイスの今日の目標は達成された。
「さて、お金のほうは何とかなったし、俺は今日から宿を借りるよ」
「何とかなって良かった。さて……私は久しぶりに依頼でも受けようかな」
そう言ってラフィーは依頼が貼り付けられている掲示板の前へ来た。その後ろに続くレイスも、掲示板の依頼を眺めてみる。
「薬草採取に魔物の討伐に街の雑用手伝い……いろいろあるんだな、依頼って」
「ん? ああ、冒険者といっても、なにも依頼のすべてが戦闘ばかりじゃないからな。中にはポーション作製の依頼もあったりするぞ、有名になると指名依頼も来たりする」
そこまで言ってから、ラフィーはチラリとレイスの顔を覗き見る。
「へぇ……」
彼の瞳は興味深げに細められており、笑みも浮かんでいた。ラフィーはその顔を見て「言わなければよかったかもしれない」と、今更のように後悔したのだった。
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