第2話 冒険者ギルドにて

 最も広大な面積を誇るルセイン王国の首都である王都。


 それが、今レイスがいる場所だ。かといって、別にレイスが王都出身というわけではない。レイスの出身は人のいない片田舎。つい最近、この王都までやってきたのだ。


「金を、すべて騙し取られた……?」

「そうそう、いやーあのときは焦った」


 王都の案内をしながらレイスの話を聞いていたラフィーは、彼の口から飛び出した言葉に表情を引きつらせる。レイスによると、田舎から王都に着いた初日に有り金のほとんどを騙し取られたらしい。


 本人は笑顔で言っているが、その結果道端で倒れたのだから笑えない話だ。


「しかも、今日で残ってたお金も尽きたし、正直困ってたんだよ。王都に頼れる知り合いもいなかったしさ」

「……そんな状況なのに私にエリクサーを渡して大丈夫だったのか?」

「ああ、大丈夫。鞄の中に入ってるものを売れば、多分そこそこ稼げると思うから」


 そう言って、レイスは肩から提げている大きな鞄をぽんぽんと叩く。中からは液体が揺れるような音がしたため、まだポーションなどが残っているのだろう。レイスもさすがに何も考えなしでエリクサーを渡したりはしない。


「そういえば、レイスはどうして王都に来たんだ?」

「俺が住んでたところに急に魔物が現れて、危険だから仕方なく王都に来たんだ。一応、一番近い街だったし、錬金術には割と自信あるから、それで暮らしていけるかなーって」

「確かにエリクサーを作れるほどの腕なら、食べていくのも可能だろうな」


 ラフィーは感心しながら、うんうんと頷く。

 エリクサーを作れる時点でレイスの錬金術師としての腕は最上級も同然なのだ。


「――というわけで、ポーションを売れる場所を教えてくれないか?」


 そう言って、レイスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。




 ***




「へー、ここが冒険者ギルドか」


 レイスの目の前には、石造りの立派な建物――冒険者ギルドがあった。そこには武装した冒険者と呼ばれる者たちが次々と出入りしている。同じ冒険者であるラフィーにとっては、見慣れた光景だった。


 ギルドではポーションの買取なども行っており、公的機関だけあって金額を誤魔化される心配もない。自分の店を持たないレイスの様な錬金術師にとっては、商売をするには打ってつけの場所だ。


「さ、中に入ろう」

「ああ」


 ラフィーの先導に従い、レイスは冒険者ギルドへと足を踏み入れる。


 立派な外観通り、中は結構な広さだった。正面に受付嬢が並ぶカウンターが置かれ、右手側には依頼のリストが貼り付けられている掲示板が、左手側には酒場が併設されている。


 物珍しそうにギルドの中を見渡していると、レイスは冒険者たちの視線が自分たちのほうに集まっているのに気づいた。


「あれって、S級冒険者の……」

「ああ、間違いない。最近、ギルドの方に姿を見せてなかったから、王都から旅立ったとか噂されてたけど……」


 どうやら、視線を集めているのはラフィーのほうだ。


「ラフィーって、もしかして有名なのか?」

「まあ、一応S級冒険者だからな……」

「おお、結構凄いんだな」


 S級とは冒険者の中で最上級のランクを指し示す。注目の的になっても、おかしな話ではない。

 ラフィーはそういった視線には慣れているのか、気にすることなく一つのカウンターの方へ進む。


 そこにいたのは、桃色の髪を肩ほどまでに伸ばした受付嬢だった。年齢はレイスより少し上。大人びた雰囲気を纏っており、美人という言葉がよく似合う女性だ。


「あら、ラフィーさん、久しぶりね」

「お久しぶりです、アメリアさん。一ヶ月ぶりくらいですかね」


 アメリアと呼ばれた女性は、形の良い笑みを浮かべて嬉しそうにラフィーを見た。アメリアは、ラフィーが冒険者になりたての頃から世話になっている人物である。


「今日はどうしたの?」

「いえ、今日用があるのは私ではなくて、こっちの錬金術師です」


 アメリアの視線が、ラフィーの隣に立つレイスへと向けられる。


「どうも、レイスです」

「ご丁寧にどうも、私はアメリアです」


 言い終わると同時、数秒の間、アメリアはレイスをじーっと見つめ続けた。


「あの、何か……」


 さすがに気恥ずかしくなったレイスが声をかけると、アメリアはコテンと首を傾げ、


「……もしかして、ラフィーさんの彼氏さん?」

「ちょっ、アメリアさん!?」


 赤面したラフィーが、慌ててアメリアに詰め寄る。レイスはそんなラフィーの反応に、ようやく年頃の女の子っぽさを見た気がした。


 とはいえ、その反応を見るだけで、ラフィーが冗談の類いが苦手なタイプであると分かった。


「俺がラフィーと会ったのは今日が初めてだから、彼氏とかそういう関係じゃないですよ」

「あらあら、ごめんなさい」


 苦笑に対し、満面の笑みを返される。

 このままでは関係のない話がずるずる続きそうな気がしたレイスは、会話の流れを戻すべく本題を切り出す。


「あの、肝心の用事についてなんですけど」

「そうね。伺います」


 アメリアは仕事モードに切り替わったのか、ようやく話が進められそうだ。安心したレイスは鞄を開け、手を突っ込む。ポーションにも種類はあるので、その中から目当ての売り物を探しているのだ。


 羞恥心から解放されたラフィーはほっと一息つき、その様子を傍らで見る。エリクサーを作るような錬金術師が売ろうとしているものに、単純に興味があるのだ。


「……ん?」


 ふと、既視感を感じる。レイスの持つ鞄の中に、見覚えのある青い液体が複数・・見えた気がしたのだ。


「いや、まさかな……」


 その液体は、ついさっき自分が譲り受けたばかりではないか。貴重なものだ。そう何個も持っているわけがない。


 ……わけがない、のだが。


「これを売りたい」


 満面の笑みを浮かべたレイスが差し出したのは、青い液体がなみなみと注がれた小瓶。それは、現在ラフィーが持っているものと同じもので。


 つまり――エリクサーだった。


「は……?」


 驚きよりも先に出たのは、乾いた声。


 ――二個目だ。しかも、見間違えじゃなければ鞄の中にまだあった。そんなこと、あり得るのだろうか。


 いや、あり得ない。どう考えてもおかしい。

 隣にいる男は――何者だ。


 ラフィーの中で、レイスの評価が『異常』な錬金術師に変わった瞬間だった。

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