錬金術師です。自重はゴミ箱に捨ててきました。
夏月涼
第1話 行き倒れ錬金術師
「はぁ!」
深い森の中。
気合の入った声と共に剣を振り下ろしているのは、燃えるような赤髪を腰ほどまで伸ばした一人の少女。
美しさを感じさせる凛々しい表情で振るわれる彼女の剣は対峙する魔物を容易く切り裂き、絶命させた。
「ラフィー、お疲れ様。怪我はないか?」
「軽い切り傷程度だ、問題ない」
ラフィーに声をかけたのは、一人の少年。武装しているラフィーとは違い、武具の類いは一切持ち合わせていない。
代わりに持っているのは、肩から提げている大きな鞄だ。
「放っておくのは危険だ。傷口に菌が入ったら悪化する」
少年はそう言って、鞄から小瓶を取り出す。素早く栓を開けると、中の液体をラフィーの傷口へと注いだ。
すると、一瞬でラフィーの傷が癒える。
「ま、待て! それってまさか……」
「ん? エリクサーだけど?」
何か問題があるのか、とでも言いたげな少年の言葉にラフィーは唖然とする。
エリクサーは傷を癒すポーションの中で最も効能が高いとされるものだ。入手しようものなら、かなりの額を支払わなければならない。
「心配はありがたいが、こんな小さな傷にそんな高価なものを使うな!」
ラフィーからの至極真っ当な言葉を受けた少年は、ニッコリと笑みを浮かべると。
「大丈夫。エリクサー
「そういう問題ではない……」
ラフィーはこめかみを押さえ、深いため息をつく。
エリクサーを作れるのは、一部の凄腕の錬金術師のみだ。しかも、そんな錬金術師でもエリクサーはそう易々と作成できるものではない。
時間をかけて数年に一本作れるかどうか、といったレベルだ。
しかし、ラフィーの目の前にいる錬金術師は、まるで栄養ドリンクか何かを使う気軽さでエリクサーを使ってしまう。
S級冒険者であるラフィーから見ても、異常だった。
――誰か、この錬金術師に自重という言葉を教えてやってくれ。
心中の叫びは届くことなく、ラフィーは錬金術師との出会いを思い返すのであった。
***
王国では有名な大商人が営む店の中。そこでは、燃えるような赤髪が特徴的な一人の少女が声を荒らげていた。
「頼む、金ならいくらでも払う! だから……!」
「そうは言うがねぇ……今エリクサーは一本しかないんだ。おまけに、その一本も王族の方が購入されるそうで、すでに金も受け取っている」
「しかし、このままだと妹の命が……」
「……悪いな、嬢ちゃん。俺も商売なんだ、許してくれ」
どうあっても、エリクサーは入手できない。その事実にS級冒険者であるラフィーは絶望する。
ラフィーがエリクサーを求める理由は、謎の病で伏して、命の危機にある妹を救うためだ。どれだけ高名な医者に見せても妹を救う手立ては分からないと言われた。もはや万能の薬以外に頼るものはなかったのだ。
――しかし、その薬も入手できないと分かってしまった。
日に日に弱っていく妹に、どんな顔をして会えばいいのか。本当に救えないのか。
店を出て妹が待つ自宅に足を進めながらも、後ろ向きな考えばかりが頭の中を巡る。
「……姉である私がこんなことではダメだな、あの子を助けるためにも、しっかりしないと」
ネガティブな考えを追い払うように、一度深呼吸。立ち止まって、空に輝く太陽を見上げる。
「よしっ!」
気合を入れ直すラフィーが、再び足を進めようとしたとき。突然、路地の方から人影が倒れこんできた。
「へ?」
思わず変な声を出したラフィーは、目の前に倒れこんだ人物を見た。十八ほどの少年だ。珍しい黒髪に、大きな鞄を持っている。見たところ、目立った外傷はない。
慌てて周囲を見渡すが、少し大通りから外れているせいか、人影は見当たらない。
「君、大丈夫か……?」
無視することもできず、ラフィーは恐る恐る、少年の肩に手を触れる。すると、突然「グー」と大きな音が鳴り響いた。
「お腹、空いた……」
今にも死にそうな声で、少年はぼそりと呟く。数秒、ラフィーは硬直。少し考えて、少年へと手を差し伸べた。
「手持ちのパンで良ければ食べるか?」
「ほんとか!?」
少年はバッと起き上がると、瞳をこれでもかというほど輝かせてラフィーへと詰め寄った。
その勢いに、ラフィーは思わず苦笑する。
「ああ、ちょうど買い物を済ませたところなんだ」
「ありがとう、こんな都会で優しい人に出会えて俺は何て幸運なんだ……」
よほどお腹が空いていたのか、少年はラフィーからパンを受け取ると、瞬く間にすべて食べ終えた。
あまりの食いっぷりに、ラフィーも面食らってしまう。
「そういえば、名前は?」
少年からの問いで、ラフィーは我に返る。
「私はラフィーだ。冒険者をやっている」
「そうか、ラフィーか。俺はレイス、錬金術師だ。一応、いろいろ作れるつもりだから、何か欲しいものとかあったら言ってくれ。パンのお礼だ」
「錬金術師、か……」
錬金術師とはポーションや魔術的効果を持ったアクセサリーなどを作る者たちだ。エリクサーを作るのも、彼らだ。
「なら、エリクサーが欲しいかな……まあ、無理な話だろうが」
欠片の期待もない、冗談じみた言葉だ。ラフィー自身、エリクサーの希少性は十分理解していた。
――ただの錬金術師が所持しているわけがない。
ラフィーがあまりに無茶な要求だったなと苦笑し、言葉を訂正するために口を開こうとすると。
「ああ、いいぞ」
「――……え?」
予想だにしない返答に、思わずラフィーはレイスを凝視する。当の本人は自分の発言を気にすることなく、鞄の中を漁っていた。そして、少しするとその手に青色の液体が並々と注がれた小瓶を掴み取る。
「はい、エリクサー」
「な、ちょ、ちょっと待て……これがエリクサー!?」
「ああ」
「ああって……こんな高価なもの、どこで手に入れたんだ!?」
「俺が作った」
「作ったぁ!?」
目の前の錬金術師は、どう見ても自分と同年齢か少し下にしか見えない。そんな若い錬金術師がエリクサーを作っただなんて、とてもじゃないが信じられなかった。
しかし、色や小瓶の中から感じられる魔力が、以前目にした本物のエリクサーとまったく同じだった。恐らく、本物だ。
――これがあれば、妹を救えるかもしれない。
「レイス、金ならいくらでも払う! そのエリクサー、譲ってくれないか!?」
妹を救える最後のチャンスかもしれない。そう思うと、金なんて惜しくはなかった。
「いや、お礼だし金はいらないよ」
そう言って、人が良さそうに笑うレイス。
「いや、それはさすがに……!」
パンのお礼にエリクサーをもらうなんて釣り合っていないにもほどがある。なぜかレイス本人は気にした様子がないが、ラフィーとしては金を受け取ってもらえなくても、せめて何か埋め合わせをしたいのが本音だった。
「そうだな……じゃあ、街の案内をしてくれないか」
「そんなことでいいのか?」
「ああ。俺、王都に来るの初めてだからさ」
正直、街案内でも安すぎるくらいだが、これ以上ラフィーから何か言うのもおかしな話だ。
「……分かった。レイスがそれでいいなら」
「それじゃあ、頼んだ」
この時点ではまだ、ラフィーにとってレイスは気の良い不思議な錬金術師だった。その評価が『異常』な錬金術師に変わるのは、そう遠い話ではなかった。
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