第25話:

恐怖と病を司る悪魔①

 ベッキーとマルティナの二人がエスピリトに来て三ヶ月が過ぎようとしていた。


 その間にこの街を拠点とした遺跡や迷宮をひとつひとつ丹念に調べ回ったが、今のところ新しい魔術の石板も見つかっていなければ、何の手がかりも掴めていない状況であった。


 そしてそれは〝ユル〟の玉に関しても同じで、ハーフリング族を見つけては話を訊いて回ったが、皆いちように胡散臭そうな表情を浮かべるだけで、色よい回答は得られずじまいであった。


 そのため、そろそろ拠点を別の街に移そうかと考えていた矢先、早朝にも関わらず一人の来訪者が二人が泊まっている宿屋を訪ねていた。


「ベッキー! マルティナおき――」


 その人物とはジュリアであった。今日も朝から元気いっぱいの様子で、遠慮も躊躇いも無しに扉をバタンッと勢いよく開け放つと、二人を起こそうと声をかけようとしたが、


「うるさい!」


 ストッと投げナイフが顔のすぐ側の柱に突き刺さり、その言葉尻は「ヒッ!?」という引きつった悲鳴に置き換わってしまっていた。


 投げナイフを投げたのは、もちろんマルティナである。無意識で投げたのであろう、そのまま「う〜ん……」と右に寝返りをうつと、スヤスヤと寝息を立て始めた。体に掛けたシーツの隙間から覗く背中の美しいラインが目に眩しい。


「………………」


 ジュリアはギギギと錆びついたロボットのようにぎこちない動きで突き立った投げナイフを見やると、へなへなとその場に膝から崩折れた。


「まったく朝っぱらから何やってんだ?」


 とそこへ呆れ顔のベッキーがベッドから降りてきた。


 そして「ほら」と手を差し伸べる。


「……あなたの妹頭おかしくない?」


 その手に捕まりながら、ジュリアは遠慮なしに不満を口にした。


「本人が寝てる前で言うかね」


「そういうベッキーこそ否定はしないんだね」


「そりゃそうさ。オレも含めて冒険者なんてやってる奴は、どこか頭のネジが緩んだ連中ばかりなんだしさ」


 そう言ってベッキーはハッと鼻で笑った。


「言われてみればそうだった……」


「そんなことよりも、何か用があったんじゃなのか?」


 と話を促す。


 するとジュリアはポンッと手を打つと、ベッキーの手を取ってこう言った。


「そうそう! ベッキーたちに名指しの依頼が入ったのよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る