恐怖と病を司る悪魔②
「オレたちを名指し? いったいどこのどいつだ」
「ここから馬で20日ほど行った場所にある、探鉱都市ヴィヴァスの
怪訝な表情で訊き返すベッキーに、ジュリアはそう答える。
「何だってそんなやつがオレたちのことを知ってるんだ?」
ベッキーはますます怪訝な表情を深めた。
それはそうだろう。このエスピリトの街に渡ってきて早三ヶ月。多少なりとも名が売れてきた自負はあるが、隣町――と言うにはかなり距離のある都市で店を構えている商人にまで名が知れ渡っているとは思っていなかったのだから。
「あら知らなかったの? あなたたちって、あなたが考えている以上に有名なのよ」
「そうなのか?」
「例えばそうね。私を助けてくれたときの遺跡とか、イザベラの旦那さんを救出したときの遺跡とか、その他にも罠が
「有能ねぇ……ま、褒められて悪い気はしないが、ってことは今回の依頼もそうなのか?」
「そういうこと。詳しい話はギルドでするから準備して」
「分かった。準備ができ次第向かうから、あとで落ち合おう」
ベッキーがそう応えると、ジュリアは「それじゃギルドで」と言って部屋から去っていった。
「つーわけだ、準備して出かけるぞ」
それを見送ったベッキーは、肩越しにマルティナへそう声を掛けた。
「え〜、もうちょっと寝てたい」
すると、つい今しがたまで眠っていたはずのマルティナがくるりと寝返りをうった。どうやら狸寝入りだったらしい。
「オレもそうしたいのはやまやまだけど、そうも言ってられん」
だから諦めて支度しろと言外に言うと、チュニックを着込み革製の
その様子を寝転がったままボケら〜と眺めていたマルティナだったが、ついには観念したのか、ハァとため息を吐いて自身も準備を始めたのだった。
冒険者ギルドは今日も大賑わいだった。
よくもまあこれだけの人数が食っていけるだけのクエストがあるものである。もちろん内容はピンキリで早い者がちなのだが、この三ヶ月間クエストの奪い合いを見たことがない。
冒険者が食いっぱぐれないのは良いことだが、世界平和は遠退くばかりのようだ。
ベッキーが横目で彼らを見ながらそんなことを考えていると、受付からジュリアが満面の笑顔でやって来た。
「二人とも思ってたよりも早かったね。さ、こっちへ来て」
そう言うと、ジュリアは二人を応接室へ案内した。
そこは執務室と比べると一回り小さな造りで、ソファーとテーブルだけという質素な部屋だった。
ソファーにそれぞれ三人が座ると、さっそくとばかりにジュリアは本題を切り出した。
「依頼主は宿屋でも話した通り探鉱都市ヴィヴァスの商人で、名をマウアーっていうごうつくばりの太ったおっさんよ」
「いや、言い方!」
ジュリアの歯に衣着せぬもの言いに、思わず苦笑交じりにツッコミを入れる。
しかしジュリアは「だって私あのおっさん苦手なんだもん」と顔をしかめてみせるだけで、改めようという気は一切ないようだった。
「でね。あのおっさんからの依頼書には――」
と、もはや名前すら呼んでもらえない悲しきマウアー氏の依頼内容を要約するとこういうことのようだ。
探鉱夫が迷宮を掘り当てたらしく、地元の冒険者を募って中を探索させたが、凶悪な罠が幾重にも張り巡らされていて犠牲者が増える一方なのだとか。
そこで白羽の矢が立ったのが、最近目覚ましい活躍を見せているベッキーとマルティナの二人だということ。
そして依頼内容は次の通りで、礼金は弾むと記載されていたらしい。
1)迷宮内の地図作成(罠の詳細込みで)
2)お宝――特に年代的価値の高そうな古物の入手
「一つ目の依頼はともかく、二つ目の依頼は達成できるか怪しいな」
というのも、お宝の内容は迷宮によってそれこそピンキリで、最悪の場合、銅貨一枚すら手に入らなかったりするのが現実だからだ。
今回潜ることになる迷宮がそうでないことを祈るばかりである。
「あのおっさんのことだから、お宝はありませんでしたなんて言った日には、『嘘をつけ! 実は隠し持っているんだろう!?』なんて言い出しかねないから気をつけてね」
「それはどう気をつけろと?」
なるほどジュリアが毛嫌いするはずだ。よほど欲の皮が張った人物らしい。
「そのぶんだと出発も急いだほうが良さそうだな」
何せ片道でも20日は掛かる道程なのだ。マウアーからすればこちらに依頼書が届いた時点で20日過ぎていることになる。そこへ更にベッキーたちの移動で20日がプラスされる。これで合計40日だ。
ごうくつばりな商人が、やきもきしながらただ大人しく待っているとは考えにくい。
これ以上の犠牲者が増える前に急ぐに越したことはないだろう。
「ええ。急なことで申し訳ないけれど」
「別にジュリアが気に病むことじゃないさ」
さて、そうと決まれば旅の準備を急がないとだな。まずは日数分の糧食と水の確保だろ――とベッキーが指折り考えていると、マルティナがその肩をツンツンとつついてきた。
「ん、どうした?」
「その前にご飯が食べたいです!」
左手をシュタッと上げて、そう要求してきた。
そういえば朝飯がまだだったな。
「よし、それじゃまずは鉄のマグロ亭に行って飯でも食うか」
それくらいの時間は許されるだろう。
「やったぁ!」
「ジュリアも一緒にどうだ?」
「私はもう済ませたし、この後も仕事があるから」
「そうれもそうか。んじゃ出発前にまた寄るよ」
そう言うとベッキーはマルティナを引き連れて冒険者ギルドを後にしたのだった。
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