巨人の里とᚦの玉【後編】⑦

 閃光手榴弾を初め、諸々の装備を補充し終えたベッキーとエイダは、里の出入り口に立っていた。目の前には里長やアルマーサ、それにサーイブを初め里の住人総出で見送りに来ていた。


「そういえば、オレたちの前に二人組の女を見なかったか? 一人はダークエルフなんだけど」


「いや、お主ら以外誰も見てはおらんな。誰か見た者はおらんか?」


 里長の言葉に、里の住人たちは揃って首を横に振った。


「そうか……」


 ってことは二人共かなり先行しているとみて間違いないだろう。問題は今どこに居るのかってことなのだが……。


「何じゃ、他にも仲間がおったのか?」


「ああ。オレたちより先に巨人の領域を目指して出発したみたいでな。ひょっとしたらと思ったんだが……ま、誰も見てないってんならそれはそれで良いんだけどよ」


「まさか既に最奥まで辿り着いてたりしてないだろうねぇ」


「さすがにそれは――」


 無いだろうと口にしようとしたところで、不意に二人の顔が頭に浮かんだ。いや待て。あの二人ならそれもありえるんじゃなかろうか?


 マルティナはともかく、大師匠に遅れを取ろうものならどんな嫌味を言われるか分かったもんじゃない。それだけは絶対に阻止しなければならない。絶対にだ!


「おいエイダ、急いで二人を追うぞ!」


「おうっ」


 ベッキーとエイダは、別れの挨拶もそこそこに里を後にしたのだった。


* * *


 里で貰った獣避けの香を焚きながら樹海の中を突き進んでいく。


「こりゃ香の意味がねぇな」


「これは殺りも殺ったもんだね……」


 目の前に広がる光景に二人の口からそんな感想が漏れ出る。


 木々の間に折り重なるように、無数の獣や魔物の死骸が山を作っていたのだ。どの死骸も一刀のもとに首を刎ねられていた。こんな真似ができるのは、ベッキーが知る限りマルティナと大師匠くらいだ。


 このタイミングといい、二人がここを通ったのは間違いないだろう。死骸の腐敗具合からして、それもかなり前の話だと覗えた。


 樹海中の獣を狩り尽くしたんじゃないのかと思えるほどの死骸の道が永遠と続いている。この分なら確かに獣除けの香が無くても会敵せずに済みそうだった。


 しかもこの道、これから向かう巨人族の神殿に向かって伸びているから驚きだ。地図を持っているベッキーたちとは違い、マルティナたちは神殿があることすら知らずに進んでいるはず。


「大師匠だな、こりゃ……」


 死骸の山を縫うように走りながらポツリと漏らす。生きてきた年数が年数だけに、初めから神殿の存在を知っていた可能性もなきにしもあらずだが、おそらく〝ソーン〟の玉が放つ気配を察知して動いているのだろう。もしそうなら初代が残した文献にある『星』とは、〝ᚦ〟の玉であることの証左になる。


 まったくこんなことなら初めから大師匠が動いてくれていれば、もっと早く辿り着けただろうにと苦々しく思う。


「おいおい嘘だろ……」


 前方に転がっていた巨大な死体を目の当たりにし、エイダが絶句する。


「これもマルティナが殺ったのか?」


 その死体を前にベッキーもまた驚愕に目を見開いた。


 エティンだ。以前迷宮で戦ったやつと同等か、それ以上の体格をしたエティンが右足と右腕、そして二つの首を切り飛ばされた状態で物言わぬむくろとなって大地に伏していた。しかも二体。


「どうやったらこんな真似が出来るんだろうね?」


 エイダが死体の切断面を親指で示しながら唸る。一度戦ったことがあるからこそ分かる、あの頑丈な外皮を突破して骨まで断つなんて芸当の難しさを。


「まったくだな。いったいどんなトリックを使いやがったんだか」


 マルティナが現在所有している黒剣は敵であった暗黒騎士ダーク・ナイトから譲り受けた業物だが、果たしてそれだけでこうも綺麗に切断できるものなのだろうか? 確かにマルティナは大師匠のスパルタな修行を受けて成長していた。今のマルティナならこれくらいはやってみせると言われればそれまでだが、何だか釈然としないベッキーなのであった。


 そこから先にも、何体もの巨人族の死体が転がっていた。


 オーガから始まり、トロール、エティン、果てはサイクロプスまでもが先程のエティンと同様に首を一刀両断にされ絶命していた。


「もうここまくると笑うしか無いな」


「まったくだね」


 ハハハと二人して乾いた笑みを浮かべる。


 巨人族はどいつもこいつも化け物じみた怪力と巨躯を併せ持っているが、『化け物』という点ではマルティナも引けを取らないのではないだろうか。妹の成長は純粋に嬉しいが、何だか一人置いていかれたような気がして、どこか物悲しくもあった。


 そして死体の道は、やはりというか、案の定のいうか、神殿の入口まで続いていた。


 一段がベッキーの身長ほどもある巨大な階段を、エイダに担ぎ上げてもらいながらえっちらおっちら最上段まで登る。そこには門番だったのだろう、取り分け屈強なオーガの首なし死体が二体転がっていた。


「オーガロードもこうなっちゃ形無しだな」


 切り飛ばされた首を鷲掴みにする。切られたことがよほど信じられなかったのだろう、その厳つい顔は驚きに目を見開いた状態で硬直していた。


「こりゃアタシたちの出番は無いかもしれないね……」


 エイダがしみじみと口にする。


「そうだったっ。こうしちゃいらんねぇ!」


 オーガロードの生首を放り捨て、慌てて神殿の奥へ走っていくベッキー。大師匠の鍵開けや罠感知能力がどれくらいのものなのかは知らないが、少なくとも巨人サイズの扉に手を焼いていることだろう。まだ二人に追いつくことは十分可能な筈だ。


「――と思っていた時期がオレにもありました……」


 最初の扉の前でベッキーは、がっくりと力なく崩折れると床に手をついて項垂れた。


「あちゃ〜……」


 エイダが片手で顔を覆いながら天を仰ぐ。


 今まで見たこともない巨大なその扉は、下半分が何かに切り裂かれたように瓦解していたのだ。マルティナか大師匠のどちらか――おそらく前者だろう――が、強引に突破した跡なのは間違いない。嬉々として扉を破壊する姿が容易に想像できた。おそらくこの先の扉も同じような惨状になっていることだろう。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ベッキーはそれはそれは盛大に、魂まで抜けそうな勢いでため息を吐いた。


 そしてやおらその場に座り胡座をかくと、ハァと今度は短くため息を吐く。


「やめだやめ。この調子じゃどう転んでも嫌味を言われるのが目に見えてる。だったらあいつらには精々オレたちの露払いでもしてもらおうじゃないか」


「マルティナが心配じゃないのかい?」


「ここまでの死体の山を見ただろ。それに大師匠も一緒にいるんだ、心配するだけ無駄さ」


「……ま、ベッキーがそれで良いってんならアタシは別に構わないけどね」


「……何か言いたそうだな?」


「何か言って欲しいのかい?」


「やめてくれ。余計に惨めな気分になってくる」


 ベッキーはそう言うと、苦虫を噛み潰したような顔で頬杖をついた。




「しかし本当に何も起きないね……」


 それは神殿内で下層への階段を見つけて地下一階、二階と踏破し、ようやく地下三階まで降りてきた時のこと。エイダがぼやくようにそう零した。


「楽でいいじゃねぇか」


 マルティナたち一行の露払いは完璧だった。


 邪魔な扉はぶった切り、襲い来る巨人族は余すこと無く皆殺しにしていた。


 挙句の果てには巨人族にトラップを仕掛けるという概念が無いのか、トラップのトの字も見当たらないせいで、ベッキーとエイダはただただ上にも横にもだだっ広い通路を歩くだけに終始していた。これでは探索ではなく、ただの散策である。


「そりゃぁそうだけどさ。せめてオーガの一体でも残しておいて欲しかったね」


 これじゃ剣の修行になりゃしないと嘆くエイダ。その後もしばらく散策は進み、そろそろ地下四階への階段か、さもなければ最奥への扉が見えてくる頃じゃないかと思いつつL字路曲がったその時だった。


『ゴアァァァァァッ!』


 と、巨人が発したものだろう、耳をつんざくような声が衝撃波を伴って通路いっぱいに響き渡った。


 その衝撃波は凄まじく、身長が2m近くあるエイダですら体勢を崩され、背がとびきり低いベッキーに至っては、不意を打たれたことも相まってもろに吹っ飛んでいた。


「ガッ――痛ぅぅぅっ」


 背後の壁まで転がり、後頭部をしたたかにぶつけ、痛みにのた打ち回る。エイダはそんな相棒のもとに慌てて駆けつけると、傷の具合を確かめた。


「大丈夫かい?」


 幸いなことに出血はしていないようだ。背中に背負ったリュックが衝撃をある程度吸収してくれたのだろう、大きなコブが出来ていたが、


「クソッ、今の何なんだよ!」


 と目尻に涙を浮かべながら盛大に毒づくらいには意識もハッキリしているし、今すぐどうこうなるようなことは無さそうだった。


「あの咆哮……とんでもなく規格外な化け物がいるのは間違いないだろうね……」


「多分〝ソーン〟の玉の守護者ガーディアンだろうな」


 痛み止めを飲んだベッキーが、立ち上がりながら通路の奥を睨みつける。どんな化け物があの奥に居るのか知らないが、十中八九マルティナたちと戦闘中のはず。これは流石に急いで合流したほうが良いだろうと、二人は通路の奥へと駆け出したのだった。

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