巨人の里とᚦの玉【後編】⑥

 その日の晩は飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだった。主役はもちろんベッキーとエイダである。


 隠れ住んでいる身なのにこんなに騒いで大丈夫なのだろうかと、端から見ていて心配になるほど里の住人たちは浮かれ騒いでいた。里長の孫娘が無事戻ったことがそれだけ嬉しいのもあるだろうが、普段の鬱屈とした穴蔵生活によるストレスの発散もあるのだろう。


 ベッキーは酒豪のエイダに主役の座を任せると、宴席の輪から離れた場所へと向かった。


「隣いいか?」


 そこにいた先客の返事を待たずにストンと腰を落とす。


「って、もう座ってるじゃねぇか」


 苦笑交じりにそう言って、手にした蜂蜜酒をちびりと飲む。その人物はサーイブだった。


「楽しんでるか〜……って、こりゃ野暮な質問だったら……」


 住人に相当な量を飲まされたのだろう、ベッキーの口調は呂律が少々怪しい。


「そういうお前は楽しんでたみたいだな」


「そりゃなぁ。酒は嫌いじゃねぇし、宴の席は楽しんでなんぼだからな」


 クイッとワイン入りのジョッキを傾けグビリと飲むと、ベッキーは更に言葉を続けた。


「……で、お前この里で何やらかしたんだ?」


 サーイブの肩がビクッと跳ねる。


 里長の爺さんも、兄妹の両親たちでさえ、アルマーサの無事な姿に涙ながらに喜びこそすれ、誰一人としてサーイブのことには触れなかった。それどころか帰ってきたことが迷惑だと云わんばかりに、皆冷ややかな目をしていたのがベッキーには気になって仕方がなかったのだ。


「なに、ちょ〜っとこの里の御神体を盗んでとんずらしただけさ」


「それって例の盗賊団に入るためか?」


「ああ。御神体は全身銀で出来ててな、入団する手土産に丁度良かったのさ」


「そりゃ恨まれて当然だな」


「まったくだ。我ながら馬鹿なことをしたもんだぜ……」


 自嘲気味にそう言うと、サーイブは蜂蜜酒をグッと呷った。


「ところでよ。その御神体ってのは女神アールマティの姿をしてなかったか?」


「ん? 何でお前がそのことを知ってるんだ?」


「やっぱりかぁ。あのな、その御神体なら、今ぜ」


「何っ!?」


「いやな。アジトで外衣ローブを探してる時に偶然見つけてさ。値打ちもんだと思ったからいただいてきたって訳さ」


 それがまさかこの里の御神体とはね、とベッキーは残ったワインを一気に飲み干した。


「どうする? お前の手でもとに戻すか」


「そうだな……いや、やっぱりお前から爺さんに渡してやってくれ」


 一瞬頷きかけたサーイブだったが、かぶりを振るとそのまま立ち上がった。


「いいのか?」


「ああ。んじゃ俺はそろそろ寝るとするわ。御神体取り返してくれてありがとな」


 そう言うとサーイブは片手を上げて家屋の方へ歩き去ってしまった。とそこへ入れ替わるようにアルマーサがやって来た。


「兄さんと何を話してたんですか?」


 ベッキーは、盗賊団のことは伏せると、内容をつまんで話して聞かせた。


「まったく兄さんってば……自分で返せば少しはみんなの心象も変わるでしょうに」


「ま、あいつなりの反省の仕方なんだろ。それはそうと、例の件爺さんに話してくれたか?」


 例の件とは〝ソーン〟の玉のことである。


「はい。知っていることは何でも話してくれるそうなので、明日の朝に訪ねてきてほしいそうですよ」


「その言葉を待ってたぜ!」


 拒否されたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていたベッキーは諸手を上げて喜んだ。


「でもその前に――」ベッキーの両腕をむんずと掴むアルマーサ。「これまでの冒険譚を全部話してもらいますからね」


「お〜い助けてくれベッキー!」


 向こうでエイダが子どもたちに囲まれあたふたしている。おそらく冒険の話をせがまれているのだろう。どうやらあの輪に加われということらしい。


「やれやれ、こりゃ長い夜になりそうだぜ」


 アルマーサに引っ張られながら、ベッキーは苦笑交じりにそう呟いたのだった。


* * *


 そして翌日の朝。


「ぁあ゙あ゙あ゙ぁぁだまがい゙だい゙ぃぃ……」


 里中のあちらこちらで頭を抱えたゾンビ二日酔いたちの苦悶の声が上がる中、ベッキーとエイダはスッキリ爽やかな顔つきで里長の家を訪ねていた。


 コンコンッと入口の扉に取り付けられたドアノッカーを鳴らす。


「……」


「……」


 反応がない。まさか留守なのだろうか? おかしいなと思いつつもう一度ドアノッカーを鳴らしてみる。


 すると今度は扉の向こうから、


「はあ゙あ゙あ゙い゙ぃぃ、い゙ま゙でま゙ずぅぅぅ」


 という屍食鬼グールの――いや、声の主は女性のようだったので、この場合は屍食鬼グーラと呼ぶべきだろうか? まぁ、なにはともあれ反応はあった。


 しかし今の声は酷かったなと、エイダと二人顔を向かい合わせていると、カチャッと扉の鍵が開く音が聞こえ、ギィィィときしむ音とともに扉が開いた。


「い゙、いらっしゃいま゙ぜ……」


 出迎えてくれたのはアルマーサだった。そのたたずまいは顔は白いのを通り越して幽鬼のように真っ青で、ボサボサの髪の隙間から覗く瞳は充血が酷く、そこだけ見れば完全にホラーだった。


「よっ、だいぶ調子悪そうだな」


「むじろ゙何で二人はピンピンしでる゙んですか!?」


 苦笑交じりのベッキーに、掴みかからんばかりの勢いで迫ってくるアルマーサ。その目がギロギロと忙しなく動く様は恐怖でしかない。


「オレはっ」迫るアルマーサを押しのけつつ「薬を飲んだからだしっ」


「アタシはそもそもあの程度じゃ何とも無いだけさね」


「薬っ!? あるんですか薬? あるなら頂戴! 私にもお薬頂戴ッ! 薬薬薬薬ぃぃぃッ!」


 その単語に過剰反応を示すアルマーサ。ベッキーが押しのける力をものともせず、グイグイと迫ってくる。その言動はもはや、危ないお薬の禁断症状末期患者のそれだった。


「おいエイダっ。オレのポーチから青い瓶に入った薬をこいつに飲ませてやってくれ!」


「これかいっ?」


「そうそれっ。早く!」


 両手が塞がったベッキーに代わってポーチから青い瓶を取り出したエイダは、確認を取るなり栓を抜いて瓶ごとアルマーサの口に突っ込んだ。


 ゴキュッゴキュッと喉を鳴らしながら薬を飲み込むアルマーサ。するとどうだろう。つい今しがたまで真っ青だった顔が徐々に紅味掛かっていき、一呼吸置く頃には目の充血もきれいに消え去っていた。


「あ、あれ? 私……」


「ようやく正気に戻ったか……」


「ごめんなさい。何だか取り乱しちゃったみたいですね」


 ぺこりと頭を下げるアルマーサ。そんな彼女にベッキーは、


「取り乱したってレベルの話じゃねぇッ!」


 これでもかって位盛大にツッコミを入れた。


「アルマーサ。あんた悪いことは言わないから酒はやめな」


「え? え? ――あ痛っ」


 エイダにも諭すように言われ、目を白黒させる。そんなアルマーサに渾身のデコピンを食らわせたベッキーは、乱れた服装を整えながらこう言った。


「ああもう、過ぎたことはどうでもいいから、早く爺さんに会わせてくれ」


「は、はい! こちらですどうぞ」


 これでようやく爺さんと話が出来ると、案内された部屋に踏み込んだベッキーたちだったが、そうは問屋が卸してくれなかったようだ。


「ぁあ゙あ゙あ゙ぁぁだまがい゙だい゙ぃぃ……」


 そこには、揺り椅子ロッキングチェアに揺られながら頭を抱える一人の老人の姿があった。


「お前もかよ!」


 小洒落た内装の部屋に、ベッキーのツッコミが響き渡ったのだった。




「いや〜、すまんかったのう」


 揺り椅子に揺られながら、カカカと里長が笑う。


 二日酔いに効く薬のストックが無いことに気がついたベッキーは、急遽薬の制作に奔走する羽目に陥った。幸いこの里にも錬金術師がおり、薬の材料を探しに行く手間は省けたが、どこから聞きつけたのか里中のゾンビ共が押し寄せ、結局全員分の薬を作ることになってしまい、終わった頃には既に昼時を過ぎていた。


「これでオレの聞きたい情報が得られなかったら、この里燃やしてやるからな」


「ま、まぁ、薬の制作でお腹も空いたでしょう? 腕によりをかけて作ったのでたっぷりと食べてください」


 ベッキーのジト目に、これは本気の目だと感じたアルマーサは、冷や汗をダラダラ流しながら昼食を振る舞った。


 その効果は絶大で、「こいつぁうめぇ!」とどんどんたいらげていく内に、いつしかベッキーの機嫌も良くなっていった。


 それからしばらくは歓談も続き、アルマーサがほっと胸を撫で下ろしたその時、


「単刀直入に訊く。〝ソーン〟の玉についてどこまで知ってる?」


 食後のハーブティーを飲み終えたベッキーが唐突にそう口にした。部屋の中にスッと緊張が走る。


「……すまん。ソーンという名に思い当たる節がない」


 ベッキーの目が、またスッと細くなる。お祖父ちゃ〜ん!? とアルマーサは心のなかで叫んでいた。


「じゃが、玉については心当たりがある」


「どんな?」


「これは初代里長となる人物が書き残した文献なのじゃが」


 そう言って里長は懐から羊皮紙の束を取り出し、テーブルに広げてみせた。


 そしてその中の一枚を指差すと「ここにこう書かれておる」とその部分を読み上げ始めた。


「天より星が降ってきた。その星は神々しばかりの光を放ち、巨人族が住まう土地へ落ちていった。私には分かる。これは神が与え給うた試練なのだと。あの星を手に入れられれば、その時こそ奇跡は復活するであろう」


「ようするにその『星』ってのが〝ᚦ〟の玉を指してるって言いたいのか?」


「そういうことじゃ」


「なるほどな……」


 腕を組み、う〜んと小首を傾げるベッキー。可能性としては有り得る話だった。現に〝иフル〟の玉の時も天から降ってきたと言っていたし。


「それで、初代はその星を手に入れに向かったのかい?」


「そうじゃな。その後何度となく挑んだらしいが、すべて失敗に終わったと記されておる」


「巨人相手によくやるね」


 生粋の冒険者ですら尻込みする巨人族相手に、おそらく戦闘経験も無いだろう上に、女神の加護を失った治癒師が挑もうというのだから正気の沙汰じゃない。大勢の犠牲者が出ただろうことは想像に難くなく、エイダが呆れるのも無理からぬことだった。


「ま、オレたちも他人のこと言えないけどな」


「お、ってことは?」


 エイダが何かを期待するかのような笑みを浮かべる。


「ああ。獲りに行こうぜ、そのお星さまってやつをよ!」


 ベッキーはその笑みに、口角を上げてニヤリと返すと、高らかに言い放ったのだった。

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