巨人の里とᚦの玉【後編】⑤
それは盗賊たちのアジトを発ってから、馬上で揺られること数日が過ぎたとある夜。
「ところで兄さん、後ろの二人はいつまで着いてくるの?」
アルマーサが背後を気にしながら、小声で後ろに同乗するサーイブへ尋ねる。てっきり城郭都市ハルツームで別れるとばかり思っていたのに、そこを過ぎてもなお着いてくる二人に嫌な予感を覚えたのだ。
「そのことなんだがな……」
いつか来るだろうと覚悟していたその時がついに来たと思いつつも、答えに窮するサーイブ。
兄のその煮えきらない態度に嫌な予感が的中したと感じたアルマーサは、まさかと思いつつ再度口を開いた。
「まさかとは思うけど……ひょっとして里まで着いてくる気じゃないよね?」
その言葉にビクンッと肩を弾ませたサーイブは、覚悟を決めたように手綱を握る手にグッと力を込めた。
「……そのまさかだ」
「は?」
「いやだから里まで連れて行く約束なんだよ」
「はぁ!? どうしてそんな約束しちゃったのっ」
悪い予感が当たって素っ頓狂な声を上げるアルマーサ。何だなんだとベッキーとエイダが馬を並走させてくる。
「どうしたんだ素っ頓狂な声を上げて」
「どうしたもこうしたも無いですよ! あなた、ベッキーさんとおっしゃいましたっけ? 我々の隠れ里の場所を知ってどうなさるおつもりですか!?」
口調は丁寧だが、今にも噛みつきそうな剣幕でそう捲し立てるアルマーサ。見た目の儚さとは打って変わって、苛烈な性格をしているようだ。
「そりゃ〝
とはいえそこはそこはベッキー。これまでに何度となく危ない橋を渡ってきた彼女がこの程度の威嚇に怯むはずがなく、本来の目的を告げると口角を上げてニヤリと笑ってみせた。
「は? ソーンの玉?」
「何だそりゃ?」
しかし返ってきた兄妹の反応は、ベッキーの想像とかなり懸け離れていた。てっきり「里の宝を誰が渡すものですか!」と、ユーシア王国での時のように抵抗されるとばかり思っていたのに、二人とも「え、何それ?」というポカンとした表情を浮かべられてしまった。
その表情や声音は、しらばっくれている者のそれとは明らかに別物で、とても誤魔化したり嘘を言っているようには見えない。明らかに二人とも困惑している。
「え? いや、だからあるんだろ、代々守ってきた
「里の中にですか?」
「そうそう」
「あるわけねぇだろそんなもんっ」
「そうですよ。いつ魔物が飛び出してくるか分からないのに、誰が好き好んで迷宮がある場所に里なんか造るもんですか!」
「えぇ……」
兄妹の間髪入れないツッコミを前に、今度はベッキーが困惑する番だった。
「じゃぁ、何のための隠れ里なんだい?」
混乱するベッキーに代わって、今度はエイダがもっともな質問をする。
「そんなの、奴隷にされないように隠れ住むために決まっているでしょう」
しかしもっともな正論で返され、ぐぅの音も出ないエイダであった。
「じ、じゃぁ、〝
ベッキーは震える声で再度確認する。その表情を失望の色が染め上げていく。
「だからそう言ってるだろ」
しかし現実が覆ることはなく、サーイブの口からは呆れにも似た感情が言葉となって突きつけられた。
「そんなぁ……それじゃ助け損じゃねぇかよ」
馬の背に突っ伏すように
「それではこうしましょう。お爺ちゃ――里の長に会って話を訊いてみましょう。何か知っているかもしれません」
「いいのかっ?」
その言葉にベッキーがぴょこんと跳ね起きる。
「はい。先程はああ言いましたけど、これでは命の恩人に対してあまりにも不義理ですし。ただ、知っていたとしても素直に話してくれるとは限りませんからね?」
「もちろんだ。駄目だったときは……ま、自分で何とかするさ」
そう言ってベッキーはため息混じりに笑うのだった。
* * *
「ここから先が『巨人の領域』となります」
そこは鬱蒼とした大樹海だった。特筆すべきはその樹木の大きさだろう。これまでにベッキーが見てきたどんな樹木よりも背が高く、幹は優に三倍はあろうかという太さを誇っていた。
そんな樹海が、まるで南北を
とそこで馬たちが一斉にその歩みを止めた。何事だろうかと様子を確認してみれば、馬たちはいずれも首を高く上げて、一点に向かってジーッと視線と耳を向けていた。
「馬たちが怯えてる?」
「そりゃそうだろうな。何せここから先には巨大で獰猛な肉食動物の宝庫だからな」
そう言ってサーイブを初めアルマーサも馬から降りた。どうやら馬での移動はここまでらしい。ベッキーとエイダも馬を降りると、馬体に括り付けていた荷物を取り外し、背中に背負った。
「分かっているとは思いますが、ここから先は常に風下を歩きます。はぐれないように気をつけてくださいね」
そうして樹海へと足を踏み込んでいく兄妹。ベッキーとエイダもそのあとに続く。時間帯は昼間ということもあり、それでも足下はかなり薄暗いが、灯りが必要なほどではない。
葉が擦れる音に混じって、得体のしれない鳴き声や、遠くから遠吠えが聞こえてくる。常に風下を確認しながらの移動は足並みも遅く、それに加え絶えず辺を警戒しながらの行動は、精神に掛かる負荷が半端なものではなかった。
無言のままどれだけの間歩いたのだろう。あまりの緊張感から時間的感覚が薄れている。
「ここが里への入口です」
と、その時。とある岩場に差し掛かったところで、不意にアルマーサが小声で岩場の一角を示した。そこをよくよく見てみれば、蔦や草木が絡まった岩場の陰に、巧妙に隠された洞穴があった。ベッキーたち一行はその洞穴に身を滑り込ませると、ようやく人心地ついたとばかりに皆一斉に深々とため息を吐いた。
「ここまで来れば、もう安全だ」
「それにしても毎回こんな危険を犯して行き来してるのか?」
まさかなとは思いつつ、額の汗を腕で拭っているサーイブに尋ねる。
「そんなわけないだろう。普段は獣除けの香を焚いて進むんだ。まったく今回はいつどこから襲われるかと思うと、気が気じゃなかったぜ」
なるほど獣除けの香か。どんなものか気になるから後でいくつか貰っておくとしよう。とベッキーが考えていると、
「さ、そろそろ奥に進みましょう。あと、罠が随所に仕掛けられているので、みだりに辺を触らないようにしてくださいね」
アルマーサが注意を促しつつ、カンテラで前方を照らしながら洞窟の奥へと進んでいった。ベッキーたちも荷物を背負い直してあとに続く。
まるで蟻の巣のように入り組んだ道のりをアルマーサの案内で迷うこと無く進んでいくと、前方に篝火のものらしき灯りが見えてきた。更に進むと、門番だろう二人の屈強な男が立ちふさがっているのが目に入った。
「何者だっ!?」
その内の一人から誰何の声が上がる。
「イクバール、私です! アルマーサです!」
「おおっ、まさしくアルマーサではないか! よくぞ無事で。おい、里長に至急連絡だ!」
イクバールと呼ばれた門番は、もう一人を里長のもとに向かわせると、ベッキーたちを警戒するように言葉を続けた。
「アルマーサ、後ろの三人は何者だ?」
「おいおいイクバール。俺の顔を忘れちまったのか?」
「ん? お前、サーイブかっ? この馬鹿今までどこほっつき歩いてたんだ」
再会を喜び合い、ガシッと抱きしめ合う二人。
「色々あって奴隷になってたんだ」
「そうだったのか。しかしよく戻れたな、俺は嬉しいぞ!」
「後ろの二人がいなかったら、今頃殺されてただろうな」
「何っ、そうなのか!?」
サーイブの言葉に仰天してベッキーたちを見やるイクバール。
「そうです。紹介しますね、こちらが私達の命の恩人ベッキーさんとエイダさんです!」
「そうか、君たち二人が兄妹を救ってくれた恩人か。俺はイクバール、見ての通りここの門番をしている。本当にありがとう」
イクバールはそう言うとベッキーたちの手を順に握って、深々と頭を下げた。
「礼には及ばねぇ。こっちも打算ありきで動いたんだからよ」
「そうさね。だから気にせず頭を上げてくれないかい」
「それでも二人を救ってくれたことには違いない。さぁ、こんなところで立ち話も何だ、中へ入ってくれ」
イクバールに促されるままに里へ入ると、そこは予想以上の広さをもったドーム型の空間だった。まったく閉塞感を与えないほど広々としたその居住区。その天井部分には、恐らく通気口だろう穴が何箇所かに開いており、そこから差し込む陽の光がまるで木漏れ日のようで、木が生えていることと相まってここが洞窟内であることを忘れさせる――
そうユーシア王国にあった拝火教徒の隠れ里と同様の造りになっていた。その光景にエイダはしきりに感心し、ベッキーは懐かしさを覚えていた。
「アルマーサが戻ったというのは本当かっ!?」
とそこへ、甲高い声を上げながら、一人の爺さんが元気に走ってくる姿があった。あの人物が里長なのだろう。
そしてその後ろからは、そんな爺さんを心配そうな素振りで追いかけてくるもう一人の門番と、おそらくサーイブたち兄妹の両親だろう、壮年の男女が血相を変えて走ってきていた。
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