巨人の里とᚦの玉【後編】④

 階下の床やテーブルに着弾するやいなや、五発分の炸裂音が立て続けに鳴り響き、その場にいた盗賊共の意識を次々に刈り取っていく。


「…………」


 二十人近くいたかつての仲間たちが、ものの数秒で床に這いつくばる光景に、驚きのあまり口をぽかんと開け唖然としているサーイブ。そんな彼の肩をポンと叩き「な、驚いただろ?」と、ニヤリと口角を上げると、エイダは追撃とばかりに手すりを乗り越え階下に飛び降りていった。


「クソッタレがっ、何をしやがったっ!」


 そんな中で一人、テーブルをひっくり返し、目を血走らせながら高々と吠える者がいた。他でもないナーヒドその人である。


「あれに耐えるかよっ」


 そう驚きつつも、しかしそれも想定内と云わんばかりに悪い笑みを浮かばたまま、ベッキーは途中で拝借していたランタンの火を先ほど用意していた端切れに燃え移らせると、手にした小瓶をナーヒド目掛けて投げつけた。


「そんなもんでどうしようとっ――」


 ナーヒドが手にした長剣で飛来した小瓶を割ったその瞬間、飛び散ったドス黒い液体に端切れの火が引火し、ナーヒドを中心に猛烈な炎が上がった。


「グア゙ア゙ァァァァァァッ!」


 途端、ナーヒドの悲鳴が上がる。何とか火を消そうと右へ左へと転げ回るが、次々とあちここちに火が燃え移るだけで一向に消える気配がない。そこへダメ押しとばかりに容赦なく次々に小瓶を投げ込むベッキー。その間にエイダは昏倒している雑魚盗賊たちに次々と引導を渡していった。


「ヒャッハーッ、汚物は消毒だーっ!」


 炎の照り返しを受け、その目を怪しく輝かせながら物騒な台詞を吐く。


 飛び散る血飛沫に燃え盛る炎。上がる断末魔の悲鳴――まるで地獄の釜の蓋が開いたかのようなその光景に、その場にへたり込んだサーイブは、ただただ呆然とけたたましい笑い声を上げるベッキーを見上げることしか出来なかったのだった。


 そしてようやく火が鎮火したその場所を調べてみれば、体の半分が炭化したナーヒドの死体が転がっていた。終わっていみれば何とも呆気ない幕切れであった。


「えぇ……」


 その結果にエイダが困惑の表情を浮かべる。


 それはそうだろう。あれだけ凄腕の剣士だの、冒険者からも恐れられていただの散々煽っておいて、蓋を開けてみれば結局一合も剣を交えることなく終わってしまったのだから、肩透かしも良いところである。昏倒して動けない相手の首を刎ねるだけなんて準備運動にもなりゃしない。


「ぅおえっ……」


 その向こうでは、場の凄惨さに耐えきれなくなったサーイブがゲロを吐いていた。


「おいおい、こんくらいで吐くなよな」


 ベッキーが呆れたように肩を竦めてみせながら、その足元に転がっていた誰とも知れない生首をサーイブ目掛けて蹴り飛ばした。


「うおっ!? 何しやがる!」


「何しやがるじゃねぇよ。吐いてる暇があるなら妹探すほうが先だろうが」


「そうだった! こっちだ、あの奥に牢獄があるはずだ」


 本来の目的を思い出したサーイブは、慌てて口元を拭うと、更に奥へと続く通路へと二人を案内した。するとその奥に、左右に二箇所ずつ鉄格子が見えてきた。


「おーいっ、アルマーサっ。居るなら返事をしろ!」


 サーイブが通路の奥へと呼びかける。


「兄さん!? ここよ! 私はここにいるわ!」


 右側奥の鉄格子の隙間から真っ白な手が現れ、ここに居るとばかりにブンブンと上下する。


 サーイブを先頭にそこへ駆けつけると、そこには一人の真っ白な少女が目に涙を浮かべて立っていた。比喩でもなんでもなく、本当に真っ白い。その髪から露出している肌に至るまで、すべてが色素を抜いたような白さの中にあって、唯一血のように赤いその瞳が妙に印象的な、そんな少女だった。


「助けに来てくれるって、私信じて――」


 そこまで口にしたところで、アルマーサは突然目を見開き悲鳴を上げた。


「――っ!?」


 盗賊の残党が現れたかと、咄嗟に後ろを振り返ったサーイブたち三人だったが、そこには誰もいなかった。


「どうしたんだアルマーサ?」


 妹の豹変ぶりに困惑するサーイブ。するとアルマーサは後ろの二人――ベッキーとエイダを指さしてこう叫んだ。


「う、後ろの二人は誰ですかっ?」


「何だ……」


 知らない人間に警戒していただけか、とサーイブは胸を撫で下ろした。それにしても悲鳴を上げなくてもいいだろうにと怪訝に思いつつ、二人を紹介するために改めて後ろを振り返った。


「アルマーサ、二人は味方だ。こっちのデカいのがエイダで――」


「よろしくアルマーサ」


 全身に返り血を浴びて真っ赤に染まったエイダがニヤリと笑う。


「そしてもう一人がベッキー。二人は冒険者なんだ」


「よろしくなアルマーサ」


 右手で髪の毛を鷲掴みにした腹話術よろしく低い声で挨拶する。


「――って、ちょっと待て。エイダはしょうがないとして、何でお前は生首なんて持ってきてんの!? そりゃアルマーサも悲鳴上げるわ!」


「おかしい。冒険者の間じゃ鉄板のネタなんだけどな」


 納得がいかないとばかりに首を傾げながら、ベッキーは手していた生首をそこらに放り捨てた。


「おかしいのはお前の頭だよ! ほら見ろ、アルマーサが怯えてるじゃないか!」


 見れば確かに今にも卒倒しそうな感じでプルプル震えている。どうやら調子に乗りすぎたようだ。ベッキーは素直に誤った。


「すんませんした〜」


「心がこもってない!?」


「はいはい、じゃれ合うのは「「じゃれてねぇ!」」その辺にして、さっさと妹さんを出してやっちゃどうだい」


 このままでは埒が明かないと感じたのか、エイダが鼻を突き合わせて睨み合うベッキーとサーイブの間に割って入る。


「そうだった! 悪いアルマーサ、今すぐ出してやるからな」


 そう言って鉄格子の扉をガチャガチャと揺らすが、それで開けば苦労はしない。


「クソっ、何か壊せそうなものはないか……」


 キョロキョロと周りを見渡すサーイブ。気ばかり焦って肝心なことが頭からすっぽ抜けているようだ。ベッキーはヤレヤレと小さくため息を吐くと、先ほどナーヒドの死体から拝借したすすまみれの鍵を、その目の前に突き出した。


「普通に鍵で開ければいいだろ」


 サーイブは一瞬ポカンとしたが、「そ、そうだよな。すまねぇ」と恥ずかしそうに頬を掻きながらその鍵を受け取った。


「兄さんっ!」


 鍵が開いた途端、飛び出してくるアルマーサ。そのままぎゅっと兄であるサーイブに抱きつく。感動の再開を果たした兄妹に、エイダがうんうんと頷く。


 その間にベッキーとエイダは他の鉄格子を確認して回った。隣の牢にも囚われた女がいたが、既に事切れていた。その体は全身ボロボロで、盗賊団の男たちからどんな仕打ちを受けていたのか想像に難くない。ベッキーは胸糞悪いと舌打ちをし、エイダはそっと瞼を閉じると黙祷を捧げた。


 左奥の牢は空で何も無かったが、問題はその隣の牢にあったものだった。


「おいエイダ、これって……」


「ああ、こいつは……」


 それは初めボロ布で覆われていた。盛り上がり方で何かの山だろうことは想像できたが、まさかこんなものが出てくるとは思ってもみなかった。


 念の為警戒しながらボロ布を捲ったその下から現れたのは――


「「アルミナインゴットだ!」」


 シルバーインゴットよりも白味が強く、艷やかな表面をした、それは間違いなくアルミナインゴットであった。それが10や20ではきかない程の数積まれてあった。


「でも何でこんなところに?」


 ベッキーが怪訝な表情で呟く。


「あっ、あれじゃないかい? 前にアルミナ採掘場がコボルトに占拠された時に誰だったか話してたろ、近隣の街からミスルへアルミナインゴットを輸送中に盗賊団に奪われたって」


「ああ、言ってたな確かに。それがこれってわけかっ」


 ようやく合点がいったと、ポンと手を打つ。そしてベッキーはそこで悪い顔を浮かべた。


「ってことはあれだよな。一本くらいくすねてもバチは当たらんよな?」


「絶対に言い出すと思ってたよ。アタシは何も見てないから好きにしな」


 エイダは苦笑交じりにため息を吐くと、そう言って肩を竦めてみせた。


「さすがエイダ。話が分かる女はモテるぜ」


「そりゃどうも」


「おい、そろそろここを出ないか?」


 ベッキーがいそいそとアルミナインゴットをリュックに仕舞っていると、アルマーサを連れたサーイブがそう促してきた。


「用も済んだし、そりゃ構わんが外は夜だぞ。移動するなら昼間のほうが良くないか?」


 魔物や、人間を襲うような危険な野生動物は夜行性であることが多い。それに人間を襲うという点で言えば野盗もそうで、接近も昼間ならば気づき易いだろう。


 それに見たところアルマーサに戦闘の心得があるとは思えない。そうなるとますます昼間の移動が好ましいのではないかとベッキーは考えたのだが――


「そうしたいのは山々やまやまだが、こっちにも事情があるんだ」


 しかしサーイブは首を横に振ると、そう言って妹の方へちらりと視線を向けた。


「それはアルマーサがアルビノなのと関係があるのか?」


 その視線に目敏めざとく気がついたベッキーがアルマーサを見ながら質問する。


「それは……」


 とサーイブが言い淀む。その時点で『関係がある』と白状したも同然なのだが、それをハッキリと口にしたのは、他でもないアルマーサ自身であった。


「私はこのアルビノ体質のせいで、日光の下を歩けないんです」


「日光に当たるとどうなるんだい?」


「皮膚が火傷を負ったような状態になります」


 エイダの質問にもハッキリと答えるアルマーサ。エイダは火傷という単語に顔をしかめ、「確かにそれじゃ、昼間は無理だね……」と口にした。


「事情は分かった。ちなみにそれは、全身を覆うような……そうだな、外衣ローブで防げるものなのか?」


「強い直射日光でなければ防げます」


「そうか……ならまずは外衣、それもフード付きのやつがここにないか探さないとな」


 どうあがいても日は昇る。そうなれば最悪嫌でも日光の下を歩かなければならない時が来るだろう。そのための準備が必要だった。


「それなら私が捕まった時に着ていたものがあるかも知れません」


「よし、それじゃ手分けして探すぞ」


 ベッキー、エイダ、それにサーイブとアルマーサの三班に別れ、外衣探して回った。探せば存外出てくるもので、色々なサイズの外衣が手に入った。


 そして肝心のアルマーサの外衣はというと――


「何だってこんなところに保管してたんだ?」


 頑丈な宝箱――それも罠付き――に厳重に仕舞われていた。どういう意図があってこうしたのか訊いてみたいところだが、この宝箱の所有者は、あの死体の山の誰かだろうから訊きようがない。ま、碌な理由じゃないだろうが。


 こうして若干の謎? を残しつつ、ベッキーたち一行は盗賊たちのアジトを後にしたのだった。

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