巨人の里とᚦの玉【後編】③

「オラーッ! どうした掛かってきやがれクソッタレども!」


「ハイハイ、落ち着け落ち着け。ゾンビは全部片付いたぞ。あとクセェからそこの川で体と服を洗え」


 地下水路は予想通りゾンビの巣窟となっていた。次から次に襲いかかってくるゾンビの群れに、初めこそおっかなびっくり対峙していたサーイブも、数をこなすうちに慣れてきたのか、段々と援護を必要とせずに倒せるようになっていた。


 そこまでは良かったのだ。そうそこまでは。


 問題はここからで、調子に乗ったサーイブが突出して危うく噛まれそうになるわ、戦闘による疲労から変なスイッチでも入ったのか、ランナーズハイならぬファイターズハイ状態になった彼は、突如「ウリィィィィッ」と人間をやめてしまった人のような雄叫びを上げたかと思うと、汚水に自ら飛び込みゾンビの群れに突っ込んでいったりしたため、ベッキーとエイダはその対応に追われる羽目になったりしたのだ。


 幸いだったのは、ここにいたゾンビがすべて走るタイプではなく、愚鈍で単調な攻撃しかしてこないタイプだったことだろう。


 もしこれが逆だったなら、今頃文字通り人間をやめてしまったサーイブの首を刎ねる羽目に陥っていたに違いない。


 何はともあれ、何とか無事に地下水路を抜け、ミスルの街からの脱出に成功したベッキーたち一行は、街の横を流れる川のほとりの茂みに身を隠すようにして休憩に入ることにした。


「しかし何気なく暮らしていたその足下で、あんなことが起きてるなんて思いもしなかったよ」


 体と服を洗うサーイブの横で、汚水やソンビの体液で汚れた曲刀を川の水で清めていたエイダがしみじみと口にする。


「俺も驚いたぜ。まさかあんなことになってるなんてな……」


 それに続くサーイブの言葉は、どこか悲しげであった。


「何だ、奴らの中に顔見知りでもいたのか?」


 残りの矢弾の本数を数えていたベッキーが、ふと顔を上げる。


「ああ。何度か助けてもらったり、良くしてもらったりした人たちが混じってたな」


「そいつはご愁傷さまだな」


 それはあからさまに上辺だけの言葉だったが、サーイブはそれに怒るでもなく、ただ淡々と「そうだな」と短く応える。


「ところで、盗賊団のアジトまでどれくらい掛かるんだい?」


 清め終わった曲刀をしっかりと布で拭い、鞘に戻しながらエイダが訊く。


「馬の脚でざっと八日ってところだな」


「八日か……遠いな。サーイブ、お前オレたちがいなかったらどうするつもりだったんだ?」


「……正直、妹を助けることで頭一杯で、そこまで考える余裕無かったよ」


 洗った衣服を固く絞りながら、サーイブはばつが悪い顔を浮かべた。


「ったくしょうがねぇ野郎だな。そんじゃオレがひとっ走り行ってくるか」


「それならアタシが用意してくるよ。地下での件をギルドに伝えなきゃならないしね」


「それもそうか。んじゃ頼んだ」


 なるべく早く戻るよとエイダは言い残し門へと向かう。しばらくして戻ってきた彼女の手には、人数分の手綱たずなが握られていた。



 ミスルの街から馬を酷使すること六日目の夕暮れ時。ベッキーたち三人は南西に位置する山岳地帯へとやって来ていた。


 泡を吹き、倒れる寸前の馬を森の入口に置き、鳴子や、スネア系のトラップに注意しながら木々の間を抜けていくと、前方に少しだけ開けた場所が伺える場所に辿り着く。


「あそこが盗賊団のアジトの入口だ」


 こんもりと樹木が生い茂っている森の奥。サーイブが指さしたその先には、切り立った崖に木製の扉があり、その前には門番だろう厳つい顔をした男が一人、鎚矛メイスを片手に立っている。どう見ても堅気には見えないその風貌からして、そこが盗賊団のアジトであることに間違いなさそうだ。


「なるほど。確かにただの鉱山じゃなさそうだ」


 クロスボウに矢弾をセットしながら、ベッキーは小声で言葉を続ける。


「で、何でお前はこの場所を知ってたんだ? いい加減話してもらおうか」


 道中何度も繰り返されては、現地に着いたら話すとはぐらかしてきた質問を前に、サーイブは逡巡するも、現地に着いた以上これまでのようにはぐらかせられないと観念したのか、その重い口を開いた。


「俺も盗賊団の一味だったんだ……」


 その告白に目を見開くエイダ。


 しかしそれとは対象的に落ち着き払ったベッキーは、「だろうな」と短く呟くように言うと、いきなりクロスボウをサーイブへ向けた。


「大方ドジ踏んでとっ捕まった挙げ句に奴隷堕ちしたんだろ?」


 図星を突かれぐうの音も出ないサーイブ。そんな彼に油断なくクロスボウを構えたまま、ベッキーはなおも言葉を続けた。


「それで本当の目的は何だ? オレたちを手土産に仲間に復帰しようって魂胆か?」


「ち、違う。本当に俺は妹を救いたいだけなんだ。信じてくれ」


「……」


「……」


 緊張のあまり、ゴクリと唾を飲み込むサーイブ。ベッキーはそんな彼をジッと見やりながら、不意にニヤリと口角を上げた。


「ま、冗談だけどな」


「「おおい!」」


 その途端エイダとサーイブの二人から盛大なツッコミが入る。


「あんたそういう冗談は時と場所を選びな!」


「そうだぜっ、寿命が縮むかと思っただろ!」


「おい! そこに誰かいるのかっ?」


 当然のごとくその声が聞こえたのだろう、門番の男が誰何の声を上げる。エイダとサーイブはその時になって、今がスニーク中だったことを思い出し慌てて口を両手で塞いだが、時既に遅しであった。


「隠れてるのは分かってるんだ、さっさと出てきやがれ!」


 男がベッキーたち三人が隠れている場所まで近づきながら、なおもがなり立てる。このままでは騒ぎを聞きつけた盗賊たちがぞろぞろと出てきかねない。慌てた二人がそれぞれ武器を手にしようとしたその時だった。


 ベッキーが素早く木陰から横にローリングして腹這いになると、右腕を門番の男に突き出した。


「ガキか?」


 ベッキーの体の小ささから子どもと勘違いしたのだろう、まさか子どもが現れるとは思ってもみなかった門番の男は、そこに一瞬の隙を生じさせてしまっていた。


 そしてベッキーがその隙を見逃す筈もなく、その右腕に仕込んだクロスボウから放たれたクォレルは、狙い違わず門番の眉間を撃ち抜いていた。


 信じられないという顔つきで絶命した門番がドサッと倒れる。ベッキーは次弾を装填しながら扉を凝視したが、幸いなことに今の騒動は誰の耳にも届かなかったようで、後続が現れるということは無かった。


 フーと胸をなでおろす三人。


「ったく、しっかりしてくれよ二人とも」


「「いや、誰のせいだ(い)。誰の!?」」


「悪かったよ。ほら、そんなことより門番こいつをそこら辺に隠すから手を貸してくれ」


 悪かったよと言う割に、まったく悪びれる様子がないベッキーに、二人はなおも何か言いかけたが、今はそれどころではないと悟ったのかグッと我慢して、門番の死体を隠すのを手伝うのだった。



「中の造りはどうなってるんだい?」


 念の為にと扉へ取り付き、罠の有無をベッキーが確認している間に、エイダがサーイブに確認する。


「もともと廃坑だった場所をその都度拡張して使ってるからな。今はどうなってるか正直分からねぇ」


「ま、入ってからのお楽しみってところか。よし、罠は無さそうだからこのまま進むぞ」


 ベッキーはそう言うと、静かに扉を開け中を覗き込む。なるほど元廃坑だったというだけあって、土や岩が剥き出しの通路には随所にランタンが設置してあり思いの外明るい。


 闇に乗じて行動するには不向きな状況だが致し方あるまい。三人はいつでも戦闘が行えるように構えつつも、腰を低くして慎重に進んでいった。


「良かった、たいして変わってないみたいだ」


「それなら妹がどこに囚われてるか分かるな?」


「ああ。こっちだ」


 サーイブの案内でアリの巣のような坑道を迷わず進んでいく。と、そこで奥から何やら陽気な歌声が聞こえてきた。


「連中、酒盛りの真っ最中らしい」


「そいつはツイてるな。上手く行けば閃光手榴弾こいつで一網打尽に出来るぞ」


「そいつは何だ?」


 初めて見る筒状の代物に首を傾げるサーイブ。


「見てのお楽しみさ」


「きっとあんたも驚くよ」


 どこか楽しげな二人の反応に、サーイブは訝しげな表情を浮かべたが、それ以上何を言うでもなく歩みを進める。すると前方に一際ひときわ大きなホール状の空間が見えてきた。先程から流れてくる歌も、そこから聞こえてくるようだ。


 より慎重に近づいていくと、ホールは地下から吹き抜けになっており、上からそっと覗き込むと二十人近くの厳つい男たちが宴会をしているところだった。全員飲めや歌えやで大騒ぎしており、誰もベッキーたちのことに気がついていない。その中に一人、分厚い肉へ豪快に喰らいついては酒をかっくらっている、妙にガタイのいい偉丈夫がいた。


「あそこのゴツいのがかしらか?」


 眼下の連中に聞こえないように、小声で隣りにいるサーイブに確認を取る。


「ああ。ナーヒドっていう凄腕の剣士だ。噂によると元傭兵で、汚れ仕事を専門にしてたらしい」


「ナーヒドっ?」


「知ってるのかエイダ?」


「直接見たことは無いけど、名前だけなら聞いたことがあるよ。残忍な性格で冒険者はもとより、同じ傭兵仲間からも恐れられていた男だ。最近聞かないと思ったら盗賊団を率いてたなんてね……」


 こいつは厄介だね、とエイダが小さく唸る。


 ナーヒドというあの男。二人の反応を見るに相当の手練れのようだ。これは出し惜しみしている場合ではないかもしれない。


 ベッキーは準備していた閃光手榴弾の他に、いそいそと何事か準備し始めた。リュックから小分けにされたドス黒い液体が入った小瓶をいくつも取り出す。


「なぁベッキー。それってまさか……」


 液体の正体に気づいたエイダが引き気味に訊いてくる。


「そのまさかさ」


 ともすれば鼻歌でも歌い出しそうな、ウキウキと小瓶に端切れを詰めていくベッキー。サーイブはこれから何が起きるのかと、無言のままベッキーの作業を見守っている。


「さて、そろそろ仕掛けるが心の準備はOK?」


「お、おう。いつでもいけるぜ」


「アタシもいつでもいけるよ」


「それじゃ、念の為これを飲んでおいてくれ」


 ポシェットから取り出した〝ヤー〟の文字が浮かんだポーションを二人に手渡す。


「何だこの薬は?」


 エイダが一気に飲み干すのを横目に見ながらサーイブが尋ねてくる。


「肉体の防御力を上げてくれるシールド・ポーションだ。効果は折り紙付きだぜ」


「そんな物まであるのかよ。まるで魔法だな」


 そう言って感心しながら、サーイブも一息に飲み干した。


「じゃ、まずは閃光手榴弾こいつから行ってみるか」


 ベッキーはそう言ってニヤ〜と悪魔的な笑みを浮かべると、何も知らずに飲んだくれている盗賊共へ向かって、五個の閃光手榴弾を放り込んだのだった。

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