巨人の里とᚦの玉【後編】②
「〝
ベッキーがサーイブを対象にフットマークの呪文を唱える。
「何だそりゃ?」
「なに、オレの里に伝わる安全祈願の
サーイブの疑問に、ベッキーはしれっとそう答えた。もちろんまったくのデタラメだ。万が一サーイブが裏切って逃げ出したとしても、これで容易に後を追うことが出来る。
「いいか、これからエイだとお前の分も含めて旅の準備をしてくるから、ここでじっとしてろよ?」
「子どもじゃねぇんだ、言われなくてもそうするさ」
三人分の旅支度ともなればそれなりに荷がかさむ。ベッキーだけでは背負いきれないし、かといってエイダに任せてもベッキーが使う専門的な物はちんぷんかんぷんで、買い間違いや買い漏れが発生しかねない。本当は三人で行きたいところだが、サーイブは先程の逃走劇で面が割れている可能性が高い。危険な橋は渡れないので、仕方なくとった手段がサーイブを一人ここに残して買い出しに行くというものだった。
「念のために言っておくが、逃げるなよ?」
「逃げねぇからさっさと行ってくれ。時間が惜しいんだ」
サーイブを一人残すことに、若干の後ろ髪を引かれる想いを残しつつ、確かに時間が惜しい二人は、急ぎ準備へ取り掛かるのだった。
そして二時間ほどして薬屋に戻ってきた二人は、店の中にサーイブの姿がないことに愕然とした。まさか逃げたのか!? と慌ててフットマークによる足跡を確認する。
しかし足跡は店の外ではなく、奥へと繋がっていた。
奥で何を……と、そっと足跡を辿ってみれば、そこにはベッドでいびきをかくサーイブの姿があった。
「ったく驚かせやがって」
よくもまあこんな状況下で呑気に寝てられるもんだぜと思いながらサーイブを起こしに掛かる。
「おい、起きろっ」
しかし呼びかけても、体を揺すってみてもまったく起きる気配がない。完全に熟睡しているようだ。まぁ無理もないかも知れない。あんな檻の中では熟睡などまず望めないだろうし、脱走してからここまで、街中を全力で逃げ回っていたことを考えれば疲労も相当なものだっただろう。エイダ的には、できればこのまましばらく寝かせてやりたいところだが、そうも言っていられない。どうしたものかと考えていると、いきなりベッキーがブーツに仕込んだ短剣を抜きはなった。
「ちょ、そんなもので何する気だい!?」
「もちろんこうするのさっ」
驚きのあまり目を見張るエイダの目の前で、ベッキーは短剣の柄頭を思いっ切りサーイブの股間に叩きつけた。
「――ガッ!? ちょ、おま、何を……」
「目が覚めたかこのど阿呆っ。時間が無いって言ったのはてめぇだろうが!」
あまりの激痛に、両手で股間を押さえて悶絶するサーイブに、ベッキーは吐き捨てるようにそう言ってのけた。
しばらくして――
「あークソッ、ひでー目に遭ったぜ……」
ようやく痛みが引いたのか、悶絶状態から回復したサーイブが毒づきながら起き上がってきた。
「ようやくか。時間が惜しいとか言ってた割には呑気なもんだな」
「誰のせいだ、誰の!」
「まあまあ。それよりも地下水路は本当に使えるんだろうね?」
いがみ合う二人の間に入り
「ああ、それは問題ねぇはずだ。何せ何十年と放置されてきたもんだからな。今じゃ
「それはそれで心配だね……」
こっちの荷物を狙っていざこざが起きなければ良いが、と渋い顔をするエイダ。
「ま、そこは心配するだけ無駄だろ。いざとなりゃそんな連中切って捨てりゃぁいい。それとお前を追ってた男たちは、その地下水路の存在は知らないのか?」
「多分知らねぇと思う。あいつらは傭兵だ、知ってるんなら賞金稼ぎに地下水路に潜って一掃してるだろうからな」
「ならそっちは心配いらないか……よし、んじゃ早速行ってみるか。道案内頼んだぞサーイブ」
「おうっ、任せとけ!」
ベッキーから当座の糧食が入ったリュックを受け取り、次いで渡された長剣の柄をグッと握りしめる。
準備が整った一行は、周囲に用心しながら地下水路への入口へ向かった。幸いなことにここから徒歩で五分と掛からない場所に入口が隠されているらしい。
「この奥に入口があるんだ」
そこは通路と呼ぶにはあまりにも狭い、建物と建物の間隙とでも言ったほうがしっくりくるような場所だった。ベッキーとエイダは半信半疑ながらも、率先して横這いで入っていくサーイブに習い、同じく横這いで後をついていく。
そしてカニ歩き状態にそろそろ嫌気が差してきた頃、不意に広い空間に出た。広いと言っても畳二畳分くらいの広さでしかなかったが。
「この下が地下水路に繋がっているんだ」
そう言うとサーイブは慣れた手つきで中央の石畳を引き起こした。
途端ムワッと立ち上る下水独特の腐敗臭。ぽっかり開いた四角い穴から下を覗き込めば、確かに眼下に地下水路が広がっていた。
「こんな場所があったなんてね……」
驚愕に目を見張るエイダ。それはそうだろう。海を渡ってこの街に来るようになって、もう何年にもなる。街のことはアーティファなみに隅々まで把握しているつもりでいたが、足下に地下水路が広がっているなんてついぞ考えてもみなかったのだから。
「足下滑りやすいから気をつけろよ」
サーイブを先頭に地下水路に降り立つ三人。上から覗いたときはもっと暗く感じたが、所々に開いた隙間から木漏れ日のように日が差し込んでいるお陰で、灯りが無くとも先が見通せる程度には明るい。カツン、カツンと石床を踏む音が反響する。
「……それにしても酷い臭いだな」
「地上から糞尿が垂れ流されてくるからな」
俺は慣れちまったが、と自嘲気味に笑うサーイブに、
「そうじゃない。気づかないか? エイダはどうだ?」
ベッキーは二人にそう問うと、眉間にシワを寄せた。
「いや、アタシも汚水の臭いしか感じないね」
「勿体つけるなよ、いったい何の臭いなんだ?」
サーイブが焦れたように話を促す。ベッキーはふと立ち止まって、そんな二人にひと呼吸おいてこう言った。
「死の臭いさ」
〝死〟という単語にサーイブとエイダの肩がぴくんと跳ねる。二人には感じ取れなかったようだが、確かにこの地下水路には濃厚な死の臭いが漂っていた。
「『死の臭い』って、アンデッドがいるってことかいっ?」
エイダが
「アンデッドだって!? 何でそんやつがここにいるんだよっ」
サーイブもエイダにつられて腰の長剣を構えた。怯えたように周りにキョロキョロと視線を巡らす。
とその時だった。まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、横を流れる汚水のそこかしこの水面が急激に盛り上がった。その下から姿を現したのは、もとがどんな容姿をしていたのか判別できないほどグズグズに腐敗したゾンビたちだった。
「早速おいでなすった!」
ベッキーが先陣をきって、右腕の小手に仕込んだクロスボウから
「クソッ、何なんだよこいつら!」
突如降って湧いた戦闘に、サーイブは泡を食ったように滅多やたらと長剣を振り回す。エイダはそこは慣れたもので、手にした曲刀で近づく先から首を撥ねたり、頭をかち割ったりして一体一体確実に沈めていった。
「うわっ」
片足を捕まれ、転倒するサーイブ。ベッキーは彼を汚水へ引き摺り込もうとするソンビの頭にクォレルを撃ち込み黙らせると、別の一体へクォレルを撃ち込みつつサーイブの腕を掴み起き上がらせる。
「頭だ! 頭を狙えっ」
「お、おうっ」
転倒したところを助けられたことで冷静さを取り戻したサーイブは、ベッキーの指示通り迫りくるゾンビの頭部を攻撃していった。
「これで、最後!」
サーイブが振り下ろした長剣に脳天をかち割られ、最後のゾンビが汚水に力なく浮かぶ。慣れない魔物との戦闘による疲労困憊からだろう、サーイブは後ろに倒れ込むようにその場に座ると、曲げた両膝を両手で抱えた。顔を
「何だ、だらしねぇなぁ」
そんな青年をからかうように、ベッキーがその肩を軽く
「……お前らいつもこんなのと戦ってんのかよ?」
しかし返ってきた反応は、そんな弱々しい問い掛けだった。
「まぁ冒険者だからな。こんなの日常茶飯事さ。つか今回のは戦闘のうちに入らないぞ?」
ただのモグラ叩きだったしな、とベッキーとエイダが笑う。
「マジかよ……」
サーイブはそんな彼女らを、何か恐ろしいものを見るような目でみながらドン引きした。
「ま、ようは慣れだよ慣れ。お前もここを出る頃にはきっと慣れてるさ」
「おい、ちょっと待て。あんなのがまだ居るってのか!?」
「冒険者の間じゃ『ゾンビは一体見たら三十体は居ると思え』って言われてるからな。この地下水路に何人隠れ住んでたのか知らないが、あれだけってことはないだろ」
サーイブはベッキーの言葉に顔面を蒼白にした。
「その様子じゃ、まだうようよ居そうだな。なに、心配すんなって。お前には里に着くまで生きててもらわにゃならんしな、オレたちでしっかり守ってやるよ」
さ、そろそろ行こうぜとサーイブの腕を取って立たせると、今度はエイダを先頭に先に進むのだった。
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