第17話:
巨人の里とᚦの玉【後編】①
(前回までのあらすじ)
指名クエストを無事攻略し、双子の妹であるマルティナの様子を確認がてら大師匠――エル・ヴィエントが経営する薬屋にやって来たベッキーとエイダ。
大師匠は留守だったが、なんとそこに紋付き奴隷の青年が現れた。何者かに追われていた青年を
そんな二人に青年は取り
「妹を、アルマーサを助けてくれ!」
* * *
「とにかくこれでも飲んで落ち着きな」
エイダが常備していた水筒を青年に手渡す。青年はよほど喉が渇いていたのだろう、その中の水を浴びるように飲み干すと、ようやく人心地ついたのかその場であぐらをかいた。
「で、妹ってどういうことだ? 順を追って話せ」
そのタイミングを待ってベッキーが話を
「俺には三つ下の妹がいるんだけどよ――」
青年――サーイブがうつむき加減でゆっくりと話し出す。
数日前に、珍しい紋付きの女を捕まえたとの連絡がターミルに入ったらしい。
奴隷商のターミルが何者かと嬉々として話しているのを檻の中で聞いていたサーイブは、その時酷い不安にかられた。まさか、もしかして……。
しかし得てして悪い予感というものは当たるもので、やはりその不安は的中することになる。
しかもそれは最悪な形で的中した。
最初の報告を受けてからというもの、終始機嫌良さげにしていたターミルの下にまた何者か男が大慌てでやって来た。男はよほど慌てているのか捲し立てるようにこう言ったという。
「積み荷が盗賊団にやられた!」
「何ですとっ!?」
その時のターミルの驚きようは想像に
「あの積荷にはアルビノの紋付きが積んであったんだぞ!」
激昂するターミルを
他でもない、そのアルビノの紋付きこそがサーイブの妹アルマーサだったのだ。
サーイブは居ても立っても居られずに、
「じゃぁ、オレたちがここにいると知ってて逃げてきたわけじゃないんだな?」
「当たり前だろ。知ってたらあんな街中走り回らずに真っ直ぐここへ来てたさ」
「だろうな」
「そんなことより!」と膝頭にバシッと手を起き、身を乗り出すように口を開くサーイブ。「助けてくれるのか、くれないのかどっちなんだ?」
その目からは、『お願いだ、助けると言ってくれ!』という悲壮感にも似た想いがありありと見て取れる。エイダもそれは感じているのだろう、どうする? といった視線をベッキーに向けてきた。
「その前に隠れ里の情報が先だ」
「里は確かにある。あるがこれ以上の情報は渡せねぇ」
だから妹を助けろと、言外にそう言うとサーイブはプイとそっぽを向いた。
「さっきお前を助ける時に『何でも話すから』と言ったのは、あの場を乗り切るための
ベッキーの目がスッと細くなり、それに併せて声のトーンが低くなる。
「ぐっ。で、出任せなんかじゃねぇ! 妹も含めて助けてくれたらって意味で言ったんだ」
「お前をさっきの男どもの前に突き出してもいいんだがな?」
「やれるもんならやってみろよ。捕まれば俺は間違いなく殺される。そうなったら里の情報は永遠に聞けずじまいだぞ?」
どうだこれなら助けざるを得ないだろうとサーイブは思った。実際エイダはこれはもう助けるしか道がない、というか助けたいという表情をしている。
しかしベッキーは、サーイブが思うほど情に
「それじゃ仕方ない――」
と言うなり、どこから取り出したのか、あっという間にロープでサーイブの体をぐるぐる巻きに縛り上げていた。
「――このまま突き出すか」
そのあまりの手際の良さにポカンとしかけたサーイブだったが、すぐさまその顔に焦りの表情を浮かべると、
「おいっ、話を聞いてたか? 俺が死んだら情報は手に入らないんだぞ!?」
早口に捲し立てた。
「ベッキー、これはさすがにあんまりじゃないかい」
エイダも困惑した表情を浮かべて異を唱える。
「確かに情報は欲しいが、隠れ里が存在するってことが分かりさえすれば、後は探すだけだからな。おおかた巨人の領域にでも隠してあるんだろ?」
ベッキーは確信を持ってサーイブの目を正面から見据える。
「さ、さぁな。俺ならあんな危ない場所に里を隠したりはしないけどな」
サーイブはその視線に耐えかねたように目を背けた。
「なるほど『あんな危ない場所』、か。これだけ情報が得られれば、お前無しでも探しだすのは容易そうだな」
「そりゃねぇぜ! 俺が死んだらあいつは、妹はどうなるんだ!?」
「そんなのオレの知ったこっちゃねぇよ」
「ベッキー!」
今の言葉は看過できなかったのだろう、エイダがベッキーを責めるように睨みつける。ベッキーはそんな彼女の視線を真正面から受け止めつつ、盛大にため息を吐いた。
「エイダのそれは、
「別にそんなことはっ――」
無いと言いかけて、言葉が尻すぼみになるエイダ。
「前にも話したことがあるかも知れないが、冒険者なんて
「…………」
次いでベッキーは顔をサーイブに向ける。
「それと盗賊団に捕まった時点で女がどうなるかなんて察しがつくだろう? 既に殺されてるか、最悪死ぬよりももっと酷い目に――」
とそこで言葉を遮るようにサーイブが口を挟む。
「いや、あいつに限ってはそんなことにはならない」
「どうしてそう言い切れる?」
「それはあいつが〝アルビノ〟だからさ」
「『アルビノ』ってあれだろ。生まれながらに体毛や皮膚が真っ白くて、目が紫や血のように真っ赤な動物のことだろ? 人間にもいるのか、そんな奴が?」
「他の国ではどうか知らねぇが、少なくともこの国ではごく稀にそういうやつが生まれる」
ほぅとベッキーの目に知的好奇心がきらりと光る。
「それで、アルビノだから大丈夫ってのはどういうことだ?」
「この国ではアルビノの体には特別な力が宿っていて、特に生娘の肉を食べることで、どんな病もたちどころに治るっていう迷信を信じてる貴族連中が多いのさ。だから盗賊団のやつらがよほどの馬鹿じゃない限り、下手な真似はしないだろう。商品価値が下がるからな」
なるほどそれは一理あるなと、顎に手をやり何事か考える素振りを見せるベッキー。
「だから頼む! 貴族連中に売られる前に助け出したいんだ、力を貸してくれ!」
サーイブは深々と頭を下げると、そう懇願した。
そしてどれくらいそうしていただろうか、不意にベッキーが「分かった」と口にした。
「ベッキー!」
先ほどとは違い、喜色満面の笑顔を浮かべるエイダ。
「助けて、くれるのか?」
「だからそう言ってる。だけど勘違いするなよ? あくまで生きた人間のアルビノ個体を見てみたいのであって、同情とか正義感から助けるわけじゃないからな」
サーイブを縛っていたロープを解きつつ、まるでツンデレのようなことを言うベッキー。
「理由なんて何だっていい! ありがとう、恩に着るぜ!」
「でもよ、肝心の盗賊団の根城がどこにあるか知ってるのかい?」
エイダがもっともな疑問を口にする。
「……それなら俺が知ってる。理由は
「ったく秘密の多い野郎だぜ。まぁここまできたらどうでいいけどな」
こうしてベッキーとエイダ、それにサーイブを加えた三人は、彼の妹であるアルマーサを盗賊団から助けだすべく、算段を立てるのであった。
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