魔晶石と魔核⑩
「……生きてるかぁ?」大の字に寝転んだ状態で声をかける。
「死んだぁ〜……長剣が」確かに刀身が半ばでポキリと折れて無くなっている。「お気に入りだったにぃ……」
さすがにキツい戦いだった。一匹一匹はゴブリンに毛が数本生えた程度の強さしか無いオルコだが、数が数な上に周りを囲まれていたため苦戦は免れなかった。
その数21体。オルコの死骸が二人を中心に転がっている。中にはあの皮膚の色が違う種類のものが六体混じっていた。二人だけでよくこの数を相手に出来たものだ。
しかしその代償は決して安くはなかった。
クォレルは全弾打ち尽くし、それどろかクロスボウは籠手ごと破壊されいた。その右腕は骨折こそ免れたものの、ひょっとするとヒビくらいは入っているかもしれない。ポーションを使いたいところだが既に品切れだ。閃光手榴弾も全て使い果たし、ブーツに仕込んでいた
マルティナも満身創痍で、防具もほぼ駄目になっている。長剣も失い、唯一残されたのはブーツの短剣のみ。これで新手が現れたらなすすべ無く殺されることだろう。
それからどれほど経っただろうか。ゆっくりと上半身を起こしたベッキーが相棒に声をかけた。
「そろそろ行けそうか?」
その声にマルティナもゆっくりと上半身を起こす。「大丈夫ぅ」
「んじゃ、そろそろ回収してずらかるか」
ベッキーはマルティナの短剣を、マルティナは折れた長剣で、それぞれオルコの死骸から魔核を回収していく。もちろん首を落とすことも忘れない。
しかし何せ数が数だ。回収だけでも一苦労だった。
全ての回収が終わり、パンパンに膨らんだリュックを億劫そうに背負ったベッキーは、改めてこの周囲を確認した。
大きなドーム型の空洞で、その石の床には雑だが何かの彫刻が施されていた。中央奥には3mほどの高さの石積があり、そこには何を象徴しているのか、なんとも形容し難い真鍮のレリーフが吊るされていた。その石積の前には短い石段のてっぺんに、円柱の石台が立っている。どう見ても祭壇だ。
「……なぁ。なんか既視感を感じてるのはオレだけか?」
「アタシも感じてるから大丈夫だよぉ」
二人の視線の先。その祭壇の上には、人間の頭蓋骨と同じくらいの大きさの銀の偶像が奉られている。そこは以前訪れたバース族の聖域と酷似していた。いわば、ここはオルコの聖域といったところだろうか。
「オルコが何かを信奉してるなんて話、聞いたことあるか?」
「ないねぇ」
とはいえ何の理由もなしにあの数のオルコがこの場所に集まっていたとは考え難い。おそらくだが何かの儀式の最中だったのではないだろうか。今となっては確認しようもないが。
「ところでさ。あの偶像どうする? 個人的には持って帰りたいんだけど」
「持って帰るのはいいけどさ、またアレが転がってきたりしないかなぁ?」
「だよな……」これまでに遭遇してきた罠を思い浮かべる。その可能性は高そうだ。今の体力でアレから逃げ切る自信は毛頭ない。
ベッキーは偶像を諦め、ひとまず出口を探すべく壁を調べてまわった。その結果、二箇所の隠し扉を発見する。
一つは上階に続くであろう階段。もう一つの先は、薄暗くて先が見えない長い通路になっている。その通路上に土と思われるものが点々と落ちているのに気付いたベッキーは、その場でしゃがみ込むと指で摘んで確認してみた。
「間違いない土だ。ってことはこの先に出口があるに違いない」
「やっと出られるんだねぇ。お腹空いて死にそうだよ……」キュルルルと二人の腹が鳴る。
二人は顔を見合わせて笑みを浮かべあうと、通路へと足を踏み入れた。
「こんな所に入口があったのか」
そこは山の麓。周りを森に囲まれた岩場の陰にひっそりとあいた洞穴だった。いつか銀の偶像を取りに戻るため、しっかりと地形を頭に入れておく。
「すっかり暗くなっちゃったねぇ」そういうとマルティナは空を仰ぎ見る。そこには綺麗な丸い月が煌々と輝いていた。
月と山の位置からおおよその方角を導き出した二人は、森を出るべく歩き出した。本当は馬を探しに行きたいとことだが、夜の森は昼間よりも格段に危険度が増す。
今の二人の状態では、通常のティンバーウルフですら脅威になりかねなかった。
「ここから更に歩きか……」うんざりしたようにボヤく。
他の動物や、魔物に気取られないように風下を選びつつ森を抜けた二人が辿り着いたのは、徒歩だと町まで四時間ほどの街道だった。
「馬車とか通んないかなぁ」
「この時間帯じゃ厳しいだろうな」
街道とはいえ夜の移動は、野盗の活動も活発になるため危険が伴う。そうそう都合よく通りはしないだろう。二人は諦めてとぼとぼと歩き出したのだった。
※ ※
そして数時間後。二人はようやく冒険者ギルドに辿り着いていた。冒険者ギルドは緊急時に備え、24時間体制で稼働しているため報告に立ち寄ったのだ。おそらく森で出会った商会の男の知らせで、自分たちを探してい可能性があると考えたからでもある。
建物の中へ入り、受付に行く。そこには器用にも、立ったままうたた寝をしている受付嬢がいた。
「お〜い戻ったぞ。起きてくれ」
「……ハッ、寝てませんよ? いらっしゃいませ!」
「いや、今『ハッ』って言っただろ。あと、よだれ出てるぞ」
呆れ顔で指摘しすると、受付嬢は慌てたように手鏡を取り出し自分の顔を確かめる。「ギャーッ」と悲鳴にも似た声を上げ、取り出したハンカチで口元を拭いだした。
すると、「何だ騒々しい」とギルドの二階から一人の壮年の男が降りてきた。ここ冒険者ギルドのリベルタ支部を任されているギュンターだ。
ギュンターは二人を見るなり嬉しそうに声を上げた。「生きてか二人共!」
「満身創痍だけどな……」
「空腹で死にそうだけどねぇ……」
そろって愚痴をこぼす。そんな二人にギュンターは声を出して笑い、一階の奥を親指で示した。「スープと黒パンで良ければ出してやれるぞ。食ってくか?」
「いいの!?」とたん大喜びするマルティナ。
「ああ。話はその後にでも聞かせてもらおう」
そしてスープと黒パン、それに干し肉で腹を満たした二人は、ギュンターにこれまでのあらましを説明した。
「なるほどな……。オルコがねぇ。にわかには信じがたい話だが、嘘とも思えん。明日にでも調査隊を募ってみるとしよう」
ギュンターはそう言うと、ご苦労だったと二人を労った。
その翌日。ギルドマスターの
ベッキー達二人も誘われたが、全身の筋肉痛と疲労から断った。
これは後から聞いた話だが、ベッキーが罠の危険性があると指摘していた銀の偶像を、欲に目が眩んだ一人の新米冒険者が手を出してしまい、案の定作動した巨大な丸石の罠で、数名の冒険者が命を落としたらしい。しかも銀の偶像はそれを手にした新米とともに押し潰されたようだ。あれだけ注意しろと命じていたのにとギルドマスターは頭を抱えていた。
昼過ぎ。宿屋で朝食なのか昼食なのか食事を終えた二人は、昨日集めた
「これは使い物にならないね。何の魔物の魔核だい?」
そして鑑定を依頼した内、十数個が買い取りを拒否された。それはあの褐色の肌をしたオルコのものだった。
そんな筈はないとベッキーが食い下がると、店主はカウンターの下から一つの魔導具を取り出してみせた。
「これは〝マナ測定器〟と言ってね。魔晶石や魔核が内包している魔力量やその質を調べることが出来る便利な道具だ」
「いいかい?」と二つの魔核を並べる。「こっちは通常の灰色の魔核だ。これをこうすると――」
魔導具が反応して、表示板に『2・2』と表示された。これは十段階評価で魔力量も、その質も評価2ということらしい。次いで店主は「それでこっちが使い物にならない魔核だ。よく比べてみてご覧。若干だが赤褐色が混じってるだろ?」
両手に持って見比べていると、あの時は暗くて気付かなかったが、確かに片方は灰色に赤褐色が混じったような色をしていた。
「それでこいつを調べてみると――」
再び魔導具が反応して、『1・0』と表示された。「魔力量も少ないし、何より質がゼロだなんて見たこともない。個人的には興味が湧かないでもないが、やっぱり買い取りはできないねぇ」
魔導具を疑うわけではないが、実際に説明されると納得するしかない。ベッキーは泣く泣く諦めた。
その後商会の男から馬を返してもらい、その足で冒険者ギルドへ向かう。
そこでゴブリンの耳を換金した結果。商会の男からの謝礼金を含めて金貨13枚、銀貨48枚、銅貨60枚となった。金額だけを見れば十分な稼ぎと言えたが、
「あれだけ苦労してこれだけかよ……」
馬を一頭失い――食われたか逃げたのか見つからなかった――、装備一式新調した上にポーションや閃光手榴弾を作る手間を考えれば、とてもじゃないが苦労に見合う金額とは言い難かった。
※ ※
「おい師匠。今帰ったぞ」
そして一日半ぶりに帰り着いた我が家で待っていたのは、一通の書き置きだった。その内容は――、
「あんた達今日はツイてなかったでしょ? ――何で分かるんだ? ええとなになに……はぁ!? あんた達には黄金像の呪いが掛かってるから、解除したきゃ〝и〟こういったシンボルが彫ってある玉を六種類全部集めな、だとぉ!?」
ふざけんなと書き置きをテーブルに叩きつける。マルティナもその書き置きに目を通すと、その続きにはこうあった。
「ちなみにあたしはしばらく留守にするから精々がんばってね、だってさぁ」
ふざけんなと書き置きをテーブルに叩きつけた。
要するに治癒士と関わる羽目になったのも、迷宮に閉じ込められたのも、その中で散々な目にあったのもみんな呪いのせいだというわけだ。しかもその呪いの原因が、バース族の聖域を犯した罰だというのだから、師匠に文句の一つも言いたくなる気持ちはよく分かる。
「くっそーあの女、次にあったら痛い目に遭わせてやる!」
ベッキーとマルティナは固くそう誓うのであった……。
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