魔晶石と魔核⑨

 階段の先にあった扉を開くと、そこは最初に踏み込んだエリア同様に真っ暗だった。


「こんなことならカンテラ置いてくるんじゃなかったな」


 とはいえ後の祭りである。諦めてリュックから取り出した二本の松明にそれぞれ火を付ける。その内の一本をマルティナに渡し先へ進む。


「姉さん。オルコ一体、ゴブリン六――」マルティナが敵の接近を告げる。だが完全に言い終わる前に何かを長剣で弾いた。「弓持ちが居るっ」


 二人はすぐさま松明を前方へ投げつけた。相手は夜目が効く。そのままではいい的になるだけだからだ。


 それに松明の火はこれくらいでは消えない。二つの松明の明かりが敵の姿を浮かび上がらせる。そこに一体の弓持ちの姿を捉えたベッキーは、相手が次弾の矢をつがえ終わる前に、右腕のクロスボウからクォレルを放った。次の瞬間、ゴブリンの悲鳴が上がる。クォレルは急所こそ外したものの、相手の右肩を射抜いていた。これで矢を射られる心配はないだろう。


 そしてその頃には、マルティナは魔物を長剣の範囲内に捉えていた。長剣が松明の明かりに閃くたびにゴブリンの首が飛ぶ。


 結局それ以上の援護射撃を必要としないまま、最後に残ったオルコも断末魔の叫びとともに地に伏していた。


「おつかれさん」パンッとお互いの掌を叩きあう。


 魔物から回収するものを回収すると、松明を拾いなおも先に進む。


 いくつかの部屋を見つけたが、やはり目ぼしいものは何も発見できなかった。


「まったくどうなってんだこの迷宮は」お宝が一つもありゃしねと憤慨するベッキー。「やっぱりあの話は本当なのか?」


「どんな内容なの?」


「いつだっか酒場で聞いた話なんだけどな。『迷宮ダンジョンに設置されてる宝箱は、それ自体が魔物の餌となる冒険者をおびき寄せるための罠』なんだとさ」


「ふ〜ん……じゃぁ、ここにお宝が無いのはぁ、」と続きを振る。


「おびき寄せる必要がない。もしくは、」そこで渋面を浮かべ、「そのためのお宝が無い。ってことになるな」


「それは嫌だねぇ……」


「まったくだ」


 そして更に部屋を虱潰しに調べていった結果、見つけたのは階下に続く階段だけだった。


 降りた先は最初に降りたエリア同様に、ヒカリゴケが生えていた。しかし群生とまではいかないためか、松明が必要なほどではないが、かなり薄暗い。


 ひとまずここでも休憩を挟み、先を目指す。


 出会う魔物は相変わらずオルコや、ゴブリンだけだった。ひょっとしてここは奴らの住居なのではないかと疑いたくなるくらいだった。


「やっぱ何も無ぇな」


 いっそ清々しいくらいに殺風景な部屋ばかり。もはや自分たちが何をしにこの迷宮ダンジョンに入ったのか分からなくなってきていた。


 そんな薄暗い迷宮を進む二人の前に、いかにも頑丈そうな鉄の扉が現れた。ドアノブの下には普通サイズの鍵穴が付いている。


「また鍵穴かよ」別エリアでの失敗が頭を過った。


 うんざりしつつも、取り出した鏡で鍵穴を確認する。どうやら罠の類はなさそうだった。


 しかし施錠はされているようで、ベッキーは扉の前にしゃがみ込むとさっそく解除に取り掛かる。カチリという音ともに鍵が開く。


 扉を押し開けると、そこはこれまでと同様に殺風景な部屋だった。反対側にこれまでと同じような木製の扉が一つあるだけで、やはり他には何一つ見当たらない。


「やっぱりな〜んにも無いねぇ。あの扉の向こうが通路なのかな」


 マルティはそう感想を述べると、反対側の扉を開けようとした。


「待てっ、そいつは偽物ダミーだ!」


 マップを見ていたベッキーが何かに気が付いたのか、慌ててそれを止めようと声を上げる。が時既に遅く、


――カチッと扉の向こうで何かが外れるような音が聞こえたかと思うと、それとほぼ同時に、部屋中が不気味な振動で満たされた。


 マルティナはその声に振り向きかけて仰天した。なんと、左側の壁が見て分かるほどの速度で、こちらへ向かって押し寄せてくるではないか。マルティナは慌ててベッキーの下へ逃げ戻った。


 しかし入口の扉を前にして、詰んだという思いに駆られた。さっきまで確かに開いていたはずの扉は、いつの間にか閉ざされ、どうやっても開こうとしないのだ。二人で体当たりをし、押し破ろうと試みたが肩を痛めただけで徒労に終わった。


「姉ちゃん、なんとかして〜!」


 マルティナは絶望的な思いで、両手両足を突っ張って壁の前進を阻もうとしてみたが、それも無駄なあがきに過ぎなかった。その間にも刻一刻と壁は迫ってくる。このままでは、二人共あとわずかな時間で薄切りのベーコンのように潰されてしまうだろう。


「もう無理ぃっ」


 マルティナがついに支えるのを諦め死を覚悟した時、ベッキーが声を上げた。


「マルティナっ、こっちだ!」


 彼女が振り返ると、ベッキーが右側の壁に見つけた抜け穴を指さしながら、手招きしていた。


 地獄に仏とはこういう事を言うのだろう。マルティナは大慌てで床下に口を開けたトンネルへと潜り込んだ。それに続いてベッキーも潜り込む。


しかしここで問題が起こった。


「おいっ、早く前に行け! オレが入りきれないだろう!」確かにベッキーの腰から下がトンネルの外に出てしまっている。


「胸がつっかえて動けないぃぃっ」


「だからいどけって言っただろう!」


「言われてないし、捥げないよ!」


「んなこたぁどうでいいんだよっ。早くしないと壁が尻に触れそうなんだよ!」


「姉ちゃんの尻に触っていいのはアタシだけぇぇぇぇっ」体をよじりながら少しずつ前に進む。


「馬鹿なこと言ってないで急げ! 足が、足が潰れる!」ベッキーは悲痛な叫びを上げながらアルティナの尻をグイグイ押した。


「あンっ、そんなにされたらイッちゃうぅっ」


「その前にオレが逝っちまうだろうが!」


 とその時。マルティナが伸ばした腕が何か突起物に触れたと感じたその瞬間。カチッというまた何かが外れる音がした。


「おい、今の音はなん――」何だと言いかけたところで、不意にトンネルの床が抜けた。慌てて何かに掴まろうとしたが、トンネル内にそんなものはなく、二人は叫び声を上げながら穴の中へと吸い込まれていった。


 穴はぐねぐねと折り曲がりながら下降してゆき、二人は猛烈な勢いで滑り落ちていく。


 やがて二人は硬い石畳の上に放り出された。幸いなことに二人共たいした怪我は負わなかったが、ベッキーは尻を強かに打ち付けて悶絶していた。


「クソっ、今日は碌でもない日だな。ここどこだよ?」悪態をつきながら立ち上がる。


「そんなことより、囲まれてるよ姉さん!」素早く長剣を抜き放ち、マルティナが言葉を返す。


「ほんと碌でもねえなっ」


 二人が運ばれてきた場所は、ずらりと並んだオルコの群れの真っ只中だったのだ。初めこそ突然現れた二人に戸惑っていたものの、今にも襲いかからんと身構えている。


「姉さん。援護よろしく」そう言うや、手近のオルコに斬りかかる。


「今のオレは機嫌が悪いんだ。目にもの見せてやるから覚悟しやがれ!」


ベッキーは不敵な笑みを浮かべると、閃光手榴弾のピンを引き抜いた。

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