魔晶石と魔核⑧
降りた先は、上階とは打って変わった様相を呈していた。
「これって〝ヒカリゴケ〟か?」
淡く光る緑色の苔が、そこかしこに群生していた。
「アタシ始めて見たよヒカリゴケ」
「オレもだ。師匠の資料でしか見たことなかったからな」
これならカンテラは要らないなとその場に置いていく。
二人は周囲に敵が居ないことを確認すると、一旦この場で休憩を入れることにした。
「そういえば今何時頃なんだろうねぇ」
「上の階で結構時間食ったからな……」う〜んと伸びをしながら、「そろそろ夕方くらいにはなってるんじゃないか?」
「どうりでお腹が空くわけだ……」
「時間って言えば、ギルドの方はどう動いてんのかな」
「ああ〜。そういえばあのおっちゃんが知らせに行ってたんだっけ」
「まぁ、どのみちあてには出来ないだろうしどうでもいいか」
「そだねぇ」
「んじゃそろそろ行くか」と立ち上がる。
「早く帰ってご飯を食べたいよ」
リュックを背負い、マルティナは長剣を背負い直して歩き出す。探索再開だ。
※ ※
それからどれくらい経っただろうか。迫りくる魔物を倒しては魔核や部位を回収し、一通りこの階のマッピングが終わったところで、一つの難題にぶつかっていた。
上階で遭遇したシフティング・ウォールのような面倒臭い――いや、ある意味これもかなり面倒なのだが、そんなしろものじゃない。
今二人は一つの扉の前で立ち往生していた。
その扉は他の部屋のものよりひときわ大きく、そして頑丈そうだった。ドアノブの下には、上階で戦ったオルコが人差し指を突っ込めるほどの、やけに大きな鍵穴があった。しかも手鏡を通して鍵穴を覗いた結果、そこに爆発系の魔導具が仕掛けてあることが分かったのだ。
「よりにもよって爆発系かよ……」小さく舌打ちする。
「難しいの?」
「ああ。オレは作るのは得意だけど、この手の解除はあんまり得意じゃないんだよな」
師匠の訓練を思い出す。実物の爆発物――もちろん威力は爆竹程度のものだったが――を使った訓練で、よく失敗して怒られていた。
「じゃぁ、いっそのこと爆破しちゃう?」
「それも一つの手ではあるけどな……爆発の規模が分からないから却下だな。下手すりゃこの階が崩れて生き埋めになりかねん」
とはいえ他に取れる方法は一つしか無い。ベッキーは覚悟を決めたように扉の前にしゃがみ込んだ。右手の小型のクロスボウと一体化した籠手を外し、腰のポーチからピッキング・ツール――ボックルに特注して作ってもらった一品――を取り出し一度深呼吸すると、ゆっくりと息を吐き出し鍵穴に挑む。
「…………」マルティナがハラハラしながら相棒の作業を眺めている。口を押さえているのは、「がんばれぇ」と声をかけて邪魔しないようにだろう。
鍵はなかなか開かない。
額に浮かんだ玉のような汗が、その難易度を物語っていた。
――カチャッ
と何かが外れる金属音が鳴る。
「解除できたんだねっ」マルティナが諸手を挙げて喜びを表す。
そんな妹にベッキーはニッコリと微笑むと、次の瞬間焦った表情を浮かべるなり、「逃げろ!」と叫んだ。
ほうほうの体で慌てて扉の前から逃げ出す二人。
その時、背後でキンッと澄んだ音が鳴り響いたかと思うと、次の瞬間もの凄い爆発音と共に頑丈そうだった扉がいとも容易く吹き飛んだ。
ヘッドスライディングの要領で頭から滑り込むように伏せた二人のギリギリ真上を扉が飛び越えていく。もう少し伏せるのが遅かったら背中に直撃していたに違いない。
「………………」
「………………」
手足をピンと伸ばした状態のまま無言で伏せ続ける二人。
しかしその沈黙に耐えきれなくなったのかベッキーは「すまん」と短く詫びた。
※ ※
「天井が崩落しないでよかったね。姉ちゃん」
「そ、そうですね……」どこか棘のある相棒の声音に、思わず目を明後日の方向に逸らしながら敬語で返す。
しばらくはこのネタでイジられそうだな、と心のなかで嘆きつつ天井を見る。未だに小粒な石が落ちてきてはいるが、崩壊には至りそうになかった。
そして肝心の扉の奥には、
「また何も無ぇっ」
広さは八畳くらいだろうか。そこかしこに群生しているヒカリゴケと、反対側の壁に、これもまた爆風でやられたのであろう壊れかけた扉が一つだけの部屋があるだけで、他の部屋同様に宝箱の〝た〟の字さえ無い有り様だった。
苦労に未合わないにも程がある。
思わず泣きそうになるが、そこはグッと堪えて反対側の扉を開ける――というか
その通路を慎重に進んでいく。先程の爆発音が、魔物をおびき寄せている可能性が高いからだったのだが、待てど暮らせど何も現れず、そしてマルティナの索敵にも何も引っ掛からなかった。
「今度は上かよ」
それもその筈で、その通路の先にあった扉のそのまた先は、上階に向かう階段になっていた。
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