魔晶石と魔核④

 ここは始まりの町から北東に馬で二時間ほどの場所にある、その先にそびえる山脈の麓付近にある森の中。


 二人はそこで見つけた、マナ汚染によって魔物化したティンバーウルフの群れと対峙していた。


「姉さん、一匹そっち行ったよっ」


「おう、任せとけっ」


 よく引き付けて、革製の籠手と一体化させた小型のクロスボウからクォレルと呼ばれる太く短い矢を発射する。それは今まさに飛び掛からんとしていたティンバーウルフの眉間を見事に居抜き、その生命を刈り取った。


「よし。んじゃ手早く解体するから周囲の警戒よろしくな」


「りょうか〜い」


 解体の邪魔になる籠手を外し、腰のベルトに装着している解体用のナイフを抜き取り、合計六体の魔物化したティンバーウルフの解体を始める。その表情はどこか愉しげで、そのうち鼻歌でも歌い出しそうな感じだった。


 魔物化した動物は、筋力などの基礎部分の大幅向上はもちろん、牙や爪がより強固に、そして鋭くなる。更にはその皮も通常のそれとは比べ物にならないほど丈夫になるため、これを鞣して作った革鎧レザーアーマーなどの革製品は通常のものと比べ格段に頑丈になる。もちろん値段も相応に吊り上がるが。


 今回のティンバーウルフからは牙と爪、そして皮。更には錬金術の触媒となるため眼球と心臓を持ち帰ることにした。魔物化した動物の肉は毒性を帯びるため、人間の食用には適さない。その特性から毒薬の素材となるのため少々もったいなくも感じるが、後々のことを考え今回は他の残った部位とともに地面に穴を掘って処分することにした。


 そうして一通りの作業が完了し、眼球と心臓を収めた羊の胃袋から作った革袋の口の紐を絞っていた時のことだった。


「た、助けてくれーっ!」


 少々甲高い男の叫び声が上がった。


「この気配は〝ゴブリン〟だねぇ。数は四匹かな。このままだとここに来ることになるけど、どうする姉ちゃん?」


 言外に助けるか、関わらないかと問うているのが分かる。


「もちろん素材をいただくに決まってるだろ」


実にベッキーらしい答えだった。


※ ※


「ハァハアハァ……。あ、ありがとうございました」


 あっという間にマルティナに斬り伏せられたゴブリンに追われていた男が肩で息をしながら礼を言ってくる。


 ゴブリンの返り血を浴びたマルティナが怖いのだろう、その声は多少引き攣っていた。


「こんなところで何してたんだ?」


 討伐の証となる片方の耳を削ぎ終えたベッキーが男の身なりを見ながらそう口にした。


 男は少々小太りな体型で、その身なりはいかにもどこかの商会の人間然としており炭晶夫には見えない。街道沿いならまだしも、こんな魔物が出る森の中で出会うタイプの人物とは到底思えなかった。


「それがですね――」額に浮かんだ汗を拭いながら男が説明しだす。


 内容はこうだった。


 やはりこの男は商会の関係者で、ここから更に北東に進んだその遥か先にあるベルトナの町から遥々やって来たとのことだった。何でもこの先の山に新しい採晶坑道を掘り進めているらしく、男はその視察に訪れていたらしい。

そしてそろそろ始まりの町リベルタに取ってあった宿へ帰ろうとしたその矢先。坑道の奥から数名の悲鳴が聞こえてきたかと思えば、その奥から先程のゴブリンが姿を現したのだという。


「坑道の奥で何があったのか――って、その調子じゃ調べる暇もなかったろうな」


「ええ、ええ。逃げるのが精一杯で、坑夫と話す暇などまったく……」


「んじゃ、オレ等でちょいと調べてくるから、あんたはオレたちの馬を使ってリベルタの冒険者ギルドへこのことを伝えてくれ」


「わ、分かりました。問題の坑道は私が逃げてきた方角にあります。まだ殺された坑夫の死体が残っているでしょうからすぐに分かると思います」


 男はそう言い残すと、そそくさと馬の元へ走っていく。


「そんじゃと洒落込もうか」そう言ってベッキーはニヤリと笑みを浮かべた。

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