魔晶石と魔核②
誠士郎「宗教がらみの迫害って世界が変わっても起こるもんなんだね……」
アーシャ「当事者としては真実を伝えられんのが歯がゆいばかりじゃがな……」
※ ※
「おい、こいつ〝紋付き〟だぞっ」
「この町で何やってやがんだっ、この詐欺師やろうが!」
「お、お願いしますっ。見逃してくださいっ」
それはベッキー達がクエストを受けるために始まりの町リベルタを訪れていた時のこと。
冒険者ギルドに向かう道の途中、野菜を商う露天の前で数人の男たちが一人のボロを着たみすぼらしい男を囲んでいる光景に出会した。囲んでいる男たちは怒りにその表情を歪め、唾を吐きかけんばかりにボロを着た男を難詰している。
「あっ――」と男たちの一人に殴られたボロの男があっけなく地面に倒れ伏すと、そこへ他の男達も加わって蹴りを入れていく。
通行人は他にも居たが、誰一人として男たちの所業を責めるものは居なかった。それどころか他にも〝紋付き〟が隠れていないか怒鳴り散らす者までいる始末だった。
「…………」ベッキーはそんな彼らを遠目に見ながら冷めた目を向ける。
「『紋付き』って何だっけ?」とそこへ、道中で買った蜂蜜やバターをふんだんに使った菓子パンを食べ終えたマルティナが、ベタつく指を舐めながら訊いてきた。
「お前も少しは歴史を学んだらどうだ」
「姉ちゃんが居るから必要なし!」
「は〜、まぁいいや」呆れたようにため息を吐きつつ「『紋付き』ってのはな――」
ここでこの世界の現状を掻い摘んで説明するとしよう。
この世界では現在『魔法』が使えない。
それは今から130年以上前に起きた、ある戦いに起因している。その昔、神話にのみ語られる神代の時代に天界から追放され堕天した元天使長アムシャが魔王となって引き起こした凄惨な戦い。後の世でおとぎ話として語られることになるその戦いを「魔塔戦役」と呼ぶ。
女神アーシャと魔王アムシャの壮絶な戦いは三日三晩続き、その余波は世界の
そしてその戦いの末、魔王アムシャは倒れたが、女神アーシャは封印されその恩寵は世界に届かなくなったという。そのため恩寵を糧に神の奇跡を起こしていた治癒士たちは奇跡を起こせなくなり、初歩の
悪いことは重なるもので、同時期に『魔法』が使えなくなったことで、時の権力者が「神の恩寵などは端から無く『奇跡』もまた魔法の一種に過ぎない」と声高に喧伝したため、神の恩寵を傘に来て法外な金額を要求していた教会はその権威を失墜させ、刻印――治癒士が入門時必ず首の後ろに刻まれる文様――を持つものは『紋付き』と呼ばれ迫害の対象となってしまったという。
130年もの間守り続けてきた信仰には頭が下がる思いだが、と同時に同じだけの年月受け継がれてきた治癒士への憎悪には恐怖すら覚えた。
女神の封印が解ければ恩寵は戻り、再び奇跡を行使することが可能なのだが、現在そのことを知る者は二人の師匠であるタカナシと、その師匠であるとあるエルフのみである。
「――つー訳だ」
「なるほろ。で、神の御業がどうとか言ってた詐欺集団の成れの果てがあの『紋付き』って訳なんだねぇ」
「そういうこった。その信念は買うが、関わると碌なことがないからさっさと行くぞ」
「は〜い」
※ ※
「碌なクエストが無ぇな……」
冒険者ギルド内に設置されている掲示板に張り出されているクエストを隅から隅まで調べた結果、出てきた感想はそんな一言だった。
『始まりの町』というだけあって、元々駆け出し冒険者向けのクエストが主な内容ではあるものの、普段通りならばそれでも必ず〝鉄等級〟クラスの依頼が混じっていた。それがどういうことだろう? それはもう見事に〝銅等級〟クラス――薬草採取や、鹿や雉狩りなど――の安い報酬のものしか残っていなかった。これなら魔晶石の採晶でも行うか、さもなければ
ちなみに『魔晶石』とは地中の
そして魔核とは、魔物が必ず保有している――一部例外はあるが――、謂わば心臓ともいえる代物で、こちらも魔晶石同様の利用がなされている。
価値としては魔晶石の純度や、魔核のランクにもよるが、魔核の方が買取価格が高い。
「どうする姉ちゃん。迷宮に潜るか、野良の魔物でも探す?」
「採晶って手もあるが?」
「性に合わないからパス!」
「だろうな」フッと笑みを浮かべる。
正直なところベッキーもただ言ってみただけで、採晶には乗り気ではなかった。大地がマナで汚染される前はどうか知らないが、この辺りは元々産出量も少なく、かつ純度が悪い粗悪品も少なくない。となれば苦労に見合うだけの結果が得られないのは目に見えている。それでも日々掘り続けている者たちは、何らかの理由で魔物と戦うことが出来ないか、もしくはそこに一攫千金を狙う夢見がちな者くらいだろう。
「この分だと同じことを考えてる連中が沢山いそうだが、まぁしょうがないか。取り敢えず野良でも探して、ダメなら迷宮にでも潜るか」
こうして今後の計画を決めた二人は、早速魔物の生息地へと向かおうとギルドを後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます