「へくちっ――う〜ん…………あれ?」案外と可愛らしいクシャミとともに目を覚ますベッキー。まだ寝惚けているのか、「月が綺麗だな……」とボソリと呟く。


 何やら胸元がムズムズするなと顔を向ければ、すぐ右隣にマルティナが自分を抱きまくらに寝息を立てている姿が目に入った。


「こいつまた寝惚けてベッドを――」そこでハッとなってマルティナの腕を解いて上半身を起こす。「しまったっ、寝ちまった!」


 夜中とはいえ、月明かりが煌々と輝くおかげで松明の明かりに頼らなくても視界は確保できた。ベッキーは血の気が引く思いで、慌ててそばに落ちていたリュックの中身を確認する。


 そこにはしっかりと黄金の偶像が収まっていた。思わずフーッと安堵の表情で息を吐く。幸運なことにどうやら眠り込んでいる間に誰も来なかったか、もしくは気づかず通り過ぎていったかしたらしい。これも『不幸中の幸い』と云うのだろうかと、ふと考える。


 そこへ一陣の風が吹き込み、ベッキーの体をブルリと震わせた。


「クソッ、パンツまでぐしょぐしょじゃねぇか……」


 体に張り付くチュニックの胸元を引っ張りながら鬱陶し気にボヤく。いくら季節が夏だからとはいえ、この地方はそれなりに気温が下がる。このままでは下手をすれば風邪をひいてしまうだろう。


「おい、起きろマルティナっ」肩を揺する――起きない。


「おいっ、起きろって」今度は胸倉つかんで頬に往復ビンタを喰らわせる――が、「黄金のフライドチキン……」という謎の寝言を言うだけで起きる素振りは微塵もなかった。


「ったく。しゃーない。勝手に脱がすか」先に焚き火を、とも考えたがその間に風邪をひかれても困る。ベッキーは自分の装備は後回しにして、早速とばかりにマルティナの防具を外し、衣類を脱がせていく。あっという間に下着姿になったマルティナだったが、やはりこの段階にきても起きる素振りは無かった。


 次いで下着を胸当て――古代ローマ時代のマミラーレというものに近いものらしい――を外す。するとその下で押し潰されるように隠されていたものが、ここぞとばかりに主張しだす。


「クソーッ、相変わらずデカいな!」眼の前に横たわる豊満なお胸に思わず歯ぎしりする。いっそここでもいでやろうかとも考えたが、そこはグッと堪えて我慢した。


 最後にショーツも脱がし、やはり起きない妹のことは真っ裸のまま放置し、手早く自分も身に着けているものを脱いで同じく真っ裸になると、焚き火の準備に取り掛かった。


 この辺はよく木々が流れ着くのか、幸いにして薪に困ることはなかった。ポーチから火打ち石を取り出し、手慣れた手付きで火種を作る。師匠と出会い、これまでに何度となく行ってきた手順に淀みはない。あっという間に焚き火が完成していた。


 そして長い木の枝を3本組み合わせて三角錐を作り、火に近づけ過ぎないように調整しつつ、火の真上に濡れた衣類を置いて乾かしていく。乾くまで手持ち無沙汰になったところで、今度は閃光手榴弾を手に取る。これまでの衝撃で安全ピンが外れかけていないか、浸水していないかの確認をしていく。


「黄金の豚さんがっ」とここで盛大に寝言を口にしたかと思えば、その腹がグ〜ッと鳴った。そこでようやく目を覚ましたのか「お腹すいたっ」と飛び起きた。


「ようやく起きたか。腹減ったんならそこに干し肉があるから好きに食え」とリュックを親指で示す。


「は〜い」と元気に返事をし、いそいそとリュックを漁るマルティナ。「あれ、何でアタシ裸?」


 とそこでようやく自分の格好に気がついたのか、「パンツは〜?」とキョロキョロしだす。


「今乾かし中だから大人しく待ってろ」


「……姉ちゃんが脱がしたの?」


「なんか問題あったか?」


「……エッチッ」


 いや〜んとしなを作るマルティナに、思わずイラッとしてピンを抜きかけたが、今睡られても困るとグッと我慢した。


 そして翌早朝。


 交代で寝ずの番――マルティナにそれが務まるのか疑問だったが、そこはやっぱり冒険者。いざという時はしっかりその役目を果たしていた――を行い、心身ともにリフレッシュした二人は、その頃には乾ききっていた下着や、衣類を身につけると、防具を装備して帰り支度を初めた。


「まずはここがどの辺なのかってことだが……」と地図を広げる。「ここをこうして流されたわけだから……今この辺りか」


 それは馬を置いた森の入口まで、直線距離だと徒歩で半日ほどの距離だった。


「さて、まずはこの川を渡らなきゃならんし、ひとまず川沿いに下るか。その内橋でも見つかるだろう」


 それで近くに村か、民家でもあれば馬でも借りられるかもしれない。


 そう都合よく行くかは分からないが、今はともかく進むしかなかった。

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