第9話 優しい人

「妹に手出さないでください」


 それに気がついた途端、私の足はあっという間に舞香たちのもとへと向かい、私の手は男の人の手を掴んでいた。


「ん? 何、君彼女のお姉ちゃん?」

「そうですけど」

「めっちゃ手、震えてるじゃん」


 私がそう言うと、男の人たちは品定めするかのように私の方を見てきた。

 この視線、すごくうざったらしい。


「ふーん。この子よりはあれだけど磨いたら絶対可愛いじゃん。

――じゃあさ、この子の代わりにお姉ちゃんが俺たちと遊んでくれる?」


 片方の男の人は私の手を振り払って、ニヤニヤとこちらを見ながらそう言った。もう一人の男もいいじゃん、と言いながら同様にニヤニヤしている。

 本当に気持ち悪い。

 それでも、舞香が助かるのなら私が行った方がいい、そう思って私はうなずいた。


「うそ! やったー! じゃ、早く行こ」

「ってか、名前なんていうの、お姉ちゃん」

「……りょ――」

「ちょっと待って!」


 さっきとは逆に、私の手をがっしりと握って引っ張った男の人。

 の手を掴んだのは、舞香だった。舞香は何とも読み取れない表情をしていて、それでも双子だからか何かを感じた。

 多分、怒ってる。でも、その矛先が私じゃなくてこっちの男の人たちだ。

 まるで、何でそっちに話しかけるのか、と言っているかのように私は感じた。


「お兄さんたち、いいよ」

「どうしたの、妹ちゃん。俺ら、お姉ちゃんと遊ぶからダイジョブだよ」

「舞香が遊んであげるって言ってるの。

お姉ちゃんじゃなくて舞香とあそぼ?」


 私の手を握る男の人の腕にしがみついた舞香は、上を見上げてそう言った。

 計算づくされたその行動に、男との人たちは言葉を失う。いち早くその状態から抜け出した男は舞香の肩に手を当てて喋った。


「なにー? 急に乗り気じゃん。さっきまであんなに嫌がってたのに」

「舞香も遊びたくなったの。だからあそぼ?」

「……やばぁ。いいよ、あそぼーぜ。舞香チャン」


 そのまま、男の人たちは舞香を連れて歩き始めた。

 舞香も何も言わずに普通について行ってるし。


「舞香!」

「ごめんね、お姉ちゃん。舞香チャンも乗り気っぽいし、俺ら舞香チャンと遊ぶわ」

「ちがっ! 舞香」


 何をされるかわからない。そんな中で舞香がこの人たちについて行くなんて危なさ過ぎる。

 そう思って舞香の手を掴んだつもりが、彼女にはその思いが届かなかった。軽蔑するような目でこちらを見つめる彼女は口を開く。


「私のとこに入ってこないでよ」


 ボソッと、隣の男の人たちにも聞こえているかわからない声で舞香はそう言った。それをバッチリ聞いてしまった私の手は行き場をなくしてただ重力に沿って落ちていく。

 その間に、舞香は男たちと一緒に歩いて行った。


 それから数秒後、私のもとに降谷くんがやってきた。


「やっと見つけた! 涼香ちゃん、どうしたの」

「あ、ごめん。ちょっと……」

「涼香ちゃん?」


 最近、ちゃんとわかったつもりだった。私も舞香も比べられるのが嫌なんだと。だから、舞香は家から逃げて他の場所に行ったのかなっても理解したつもりだった。

 でも、逃げた場所に私も行けば比較対象がいるのだから比べられるに決まってる。


「私、また間違った」

「え?」


 嫌がっていた反応的に、助けに行ったところまでは多分あっていた。

 でも舞香のスペースに無理矢理入ってしまった、のだと思う。舞香が逃げた先に私もついて行ってしまった。

 あの時、二人で走って逃げるのが最善だったのだと思う。


「妹さん?」

「……うん。多分、傷つけた。何も考えずに突っ走っちゃって多分舞香のこと傷つけちゃった」

「…………」

「どうしたらいいんだろ。わかってたつもりだったのに……」

「人を傷つけずに生きている人っていないんじゃない、かな?」

「え……?」


 さっきアイスを食べていたベンチまで戻ってそこに座る。降谷くんは私にコーラを差し出して隣に座った。


「俺だって文化祭の出し物決めの時、乃川さんたちの事見てみぬふりしてたし。よく言うじゃん? 傍観者も加害者と同じだって。ホントにそれだよね」

「え、でも。あれは……」

「俺は学級委員なんだから止めるべきだった、それだけだよ。

それに妹さんだって傷ついてるかもしれないけど、それで涼香ちゃんも傷ついちゃってる」


「みんな傷つきながら誰かを傷つけてる。

でも、自分の痛みが一番わかるから自分だけが傷ついているように感じちゃってるだけ」


 遠くを見つめながらそう言った降谷くんは数秒置いた後、こちらを見た。それはそれは優しい瞳で。


「涼香ちゃんは人の痛みをきちんと知れる優しい人だね」


 そう言われても、私にはそれを言ってくれた降谷くんの方が優しい人にしか見えなかった。

 優しいって言ったって、自分の痛みを消すための優しさなんて本当に優しいと言えるわけがないのだから。


「さてと、戻ろっか」

「うん」

「タイラにコーラとアイス代奢ってもらわなきゃ」

「……うん」

「言っとくけど涼香ちゃんも共犯だから」

「えぇ……」

「当たり前でしょ!」

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