第10話 モデル
「戻りましたー」
「あ、やっと来た!」
やっとのことで教室へ戻れば、急に飛び出してきたのは姫理だった。姫理は私たちが持っていた荷物をすべて他のクラスメイトへ預けると私たちを引っ張って他の教室へと歩き始める。
「えっと、乃川さん?」
そんな降谷くんの声も姫理は聞こえないふりをして歩き続け、私たちは三年生の教室までやってきた。
なんでここに、そう思って姫理に聞こうとしたときちょうど教室のドアが開く。
「お、来た来た」
開いたときに見えたのは、今までで一番の生気がない廉の顔だった。
廉のまわりには三年生と思われる女子生徒がたくさんいて、多分採寸をしているところだ。周りの人と廉とで顔色が全く違って目がキラキラしてるのが面白い。
降谷くんもそう思ったのか、斜め上から少しこらえたような笑い声が聞こえてきた。
「おい、笑ってねーでこっちこいよ」
廉と目が合った瞬間、降谷くんの顔が死んだのも面白かった。
「涼香ちゃんもあれ、やるからね」
姫理にそう言われて、私の顔も死んだのは当たり前と言ったら当たり前の話だった。
………
……
…
「え、むっちゃスタイルいいじゃん!」
「贅肉がない……」
「これは燃えるわぁ!」
姫理の言葉通り、私も先輩たちの人形になった。しかも、廉と違って女子だからって下着だけにされた状態で。
「姫理! それ取って〜」
「うん」
先輩の方に何かを持ってきた姫理に目線でSOSを出したが、彼女はまたそれを無視した。
採寸が終わると、どこからともなく取り出したドレスたちの着付けが始まる。
「やば、よすぎ!」
「スタイル良いから胸だしてもめっちゃ映えるね~」
何着もあるのに、一着着終わっただけで十分ほど写真撮影するものだからまったく終わらない。やっとすべてのドレスを着終わったのはここに来てから二時間がたった時だった。
疲れ切った私のもとに飲み物が差し出される。
コーラ……。さっきも降谷くんにもらって飲んだんだけど。
しかし、キンキンに冷えたそれはすごくおいしそうで一口で半分ほどを一気に飲み切ってしまった。
「ありがとね、涼香ちゃん」
「あ、いえ」
「急になんだーって感じっしょ?」
隣に座った三年の先輩はそう言って笑った。
そりゃ、二時間の間の七割くらいはそれ考えてましたよ。残りはいつ終わるかなって思ってたけど。
私の顔を見て言いたいことが分かったのか先輩は遠くの方、私の代わりに採寸されている姫理の方を見て口を開いた。
「姫理はね、あたしの従妹なの。
あの子に高校デビュー薦めたのも、プロデュースしたのもあたし。」
自分を指さしてドヤ顔を決めた先輩に何も言えず、ただコーラに口を付けた。
「ちょっと、無言やめてよ。
でも、可愛いでしょ? うちの姫理」
「……まぁ。はい」
「だからモデルやってもらおうと思っててさー」
急に話題変わった?
やっぱり姫理の方を見ながらそう言った先輩の方をじっくりと見つめる。すると、視線に気が付いたのか目が合った。
「それで涼香ちゃんもプロデュースしたいなって思って」
「はぁ。…………え?」
「涼香ちゃんにもモデルやってもらおうかなぁって」
今度は今までで見たこの人の顔の中で一番のニコニコ顔でそう言う。意味が分からないところだらけで、言葉が出ずにいると遠くから声が聞こえてきた。
「あゆー! こっち準備できたよー」
「あ、おっけー!」
その声に反応すると、先輩は椅子から立ち上がって私に手を差し伸べた。
「あたしは新堀あゆみ。新堀先輩でもあゆみ先輩でもあゆでもいいよ。
あ、新堀はなしね」
「……月海涼香です」
「よろしく!」
「え、モデルってもう確定何ですか」
「え⁉ 逆にここまできてダメなの⁉」
そう言いながら新堀先輩は私の背中を押した。そのまま、他の先輩方と連携を取って私は椅子に座らせられる。
本当に拒否権がない。
「まぁでも、姫理がかわいい子がいるんですって言ってたからどんな子かと思ったら、ホントに原石が来ちゃうとはね……」
「原石……」
「はい、じゃ可愛くするから、これから私が言ったこと毎日絶対やるように」
「はい」
「まず、ちゃんと保湿! してないでしょ⁉」
「……してます」
「ちゃんとやってね?」
「……はい」
それから、ドレスの時間はかわいいものだったと言えるほど、鏡の前で色々なことを叩き込まれ……教えてもらった。
………
……
…
「つ、つかれた」
「ふふ、お疲れ。涼香ちゃん」
解放されて、二組の教室に戻ると私よりも先に解放された姫理と廉、降谷くんがいた。
「涼香、何それ」
「あぁ、これ。新堀先輩からもらった化粧品とか」
「涼香ちゃん、化粧品貰ったんだ」
「何その反応」
持っていた紙袋からもらったものの一部を取り出すと廉と降谷くんは少し引いたように、後退りする。
私が変な人みたいじゃん。
そう思っていると、姫理が光を失った目でこちらを見た。
「気を付けたほうがいいよ。これからが一番きついから」
「はい」
姫理のガチトーンに驚いてそれだけしか声が出なかった。
その数日後から、私は毎日のように新堀先輩たちに後を付けられ、肌を触られたり唇の乾燥具合を確かめられたり。姫理の言うように本当に色んな意味できつかった。
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