第6話 嫌い

 結局、廉が学校に来たのは一限目の途中だった。すんませーん、と言いながら入ってきた彼はもちろんクラス中の視線を浴び、近くの席の男子からは揶揄われているようだった。

 一限目の授業が終わったとき、廉は真っ先に私の席にやってきた。


「さっき舞香に会ったんだけどさ。多分あいつ家にも学校にも行かないだろうなって思って。一応、報告」

「それ、今言われても心配するだけじゃない?」


 私がそういうと、廉は確かに、と少し笑った。

 廉に教えてもらったといえ、この時間だから家に舞香が学校に来ていないと言う連絡入っているだろうし母もしっているだろう。両親に連絡するのはやめた。


「昨日わかったことなんだけどね。多分、比べられるからお互いがお互いを嫌いになっちゃうんじゃないかなって。舞香も私も、比べられるのが嫌なのかなって。まぁ、舞香の本心なんてわかんないんだけどさ。

だから、舞香が家の外に行って比べられずに済んで気持ちが楽なんだったらそれはそれでいいんじゃないかって」


 沈黙が訪れてちょうど思いついたことを言ってみたら、廉は驚いているようだった

 そしてゆっくりと口を開く。


「俺も、今日そこにたどり着いたとこ」


 舞香のしたいことなんて双子だからといってわかるわけがなくて。結局のところはわからない。

 けれど、多分私も家で比べられてしまうのだったら家の外に行く。そう言う考えじゃないかって思った。


 そんな風に二人で話していると、廉の後ろから人が近づいてきた。


「何話してるの!」

「うわ」


 突然肩を叩かれたことで廉から驚いたような声が聞こえた。全くもって勢いがないけれど。

 驚かすつもりだったのか、反応が薄いことに残念がった降谷さんはちぇー、といって私たちの隣にやってきた。


「おはよう、降谷くん」

「おはよー! 、廉」

「はよ――は?」


 次の瞬間、廉は降谷くんに殴りかからん勢いで肩を叩いた。

 それに驚いたのか、降谷くんはビクッと体が跳ねる。


「おい」


 そんなことを気にも留めず、廉は降谷くんを引きずりながら教室の外へ出て行く。

 そのままチャイムが鳴るまで二人は戻ってこず、何の話をしたのか聞けずに授業が始まってしまった。


………

……

「んじゃ、ロングホームルームやんぞー

えー、お前らも知っているとは思うが、今日は文化祭の出し物決めだ。 

俺は他の仕事があるから、あとはよろしく。委員長」


 先生がそう言うと、降谷くんが立ち上がった。そう、彼がこのクラスの一人目の委員長なのだ。

 まぁ要するに誰とでも打ち解けられる性格とかもろもろを評価されみんなから推薦されたのだと。もう全然覚えてないけれど、確か圧倒的支持率だった。はず。


「まずは案を上げてもらう感じかな。

なんかやりたいのある人! どんどん言っちゃって」


 その言葉を合図に色々なところから声が上がる。


「やきそば!」

「わたあめ!」

「たこやき!」

「言っとくが、食べ物系は勝たなきゃできないからなー」


 そう言って先生は教室から出て行った。

 出てくる案すべてをもう一人の委員長、乃川のがわさんがまとめて黒板に書いていく。

 案を出しきったのか、教室が静かになった時。後ろから大きな声が聞こえた。


「いや、文化祭つったらどう考えてもメイドと執事カフェ一択っしょ?」

「マジそれ。ってか逆にこのメンツでそれじゃないのはヤバすぎーみたいな?」


 後ろを見てみればうちのクラスのギャル集団(集団と言っても二人だけだけど)が大きな声で喋っていた。まるでみんなに言い聞かせるかのように。


「乃川ちゃんもそう思うっしょ? どう考えてもカフェじゃんね」


 終いには、黒板にすべてを書き終えた乃川さんに話しかけた。

 いや、そこから黒板まで結構距離あるんだけど。なんでそんな距離で話すわけ?

 そんな風に思いながら乃川さんの方を見ると、何か言いたげな顔をしていた。


「えっと、でも――」

「思うよね?」

「あ……うん」


 しかし圧に負けたのか下を見ながらそう言った。それを聞いたギャル集団の一人、坂東さとうさんはまたも大きな声で降谷くんに話しかける。


「蒼くーん、多数決取ろうよぉー」

「……そう、だね。じゃあ、食べ物系がいい人――」


 その声に降谷くんは答えた。静かな教室の中に彼の声だけが響く。

 先ほどまであんなに盛り上がっていたのに坂東さんたちの影響か、手を挙げた人は少なかった。結果、メイドカフェ・執事カフェが圧倒的に多かった。けれど喜んでいるのは坂東さんたちだけで他の人たちはあまり乗り気ではなさそうだ。



「――すいません、私こんな風に決まったのやりたくないんですけど」

「は?」


 そんな教室の空気が嫌で、私は立ち上がった。


「こんな自分の意見を押し付けて無理やり通らせましたーみたいな感じで決まったのはやりたくないっていうこと」

「……は? 負け惜しみかなんか?

無理やり通らせた、って何? うちらなんもやってないっしょ」


 坂東さんが眉間にしわを寄せながら机をたたいた。

 周りの人たちは驚いたようにことを見ているだけだ。


「乃川さん、何か言いたげだったけど」

「え、何。乃川ちゃんがなんか言おうとしてたからそれを見て助け舟出したよっていうヒーロー気取り?」

「いや、英雄ヒーローとか反英雄ヒールとかそういうの置いといて、まず貴方のやり方が嫌いってことだけど」


 私の声に坂東さんはこちらを見つめる。

 意見を言うだけ言って相手の意見も聞かず話しを終了する。そんなの高校生がやる会話のレベルじゃない。


「こんな圧をかけないと意見が選ばれないと思ったの?」

「は。……仮に、乃川ちゃんに圧をかけてたとして、うちらそれ以外はホントに何もしてないっしょ。結局この結果はみんなの自分の意見なんじゃないの?」

「自分の意見ハッキリ言えばいいのに、って思うけどね。私。

みんな、自分の意見を言ったにしてはうれしくなさそうだし」

「何言ってんの、アンタ」

「こっちに挙げたらなんか言われるかもしれないから、とかで逃げるんじゃなくてみんな言いたいこと言えばいいのにねってこっちの話。

やっぱ、貴方たちのやり方も嫌いだけど、自分の意見も言えずに周りの様子見してる人たちも嫌い。……あ」


 そう言ってから気が付いた。ハッキリ言える人もいれば言えない人もいるんだって昔廉に言われたんだった。

 廉の方をこっそり見れば、 彼はジト目で私の方を見ていた。完全にやらかした。

 これからどうしようかと棒立ちしていると手をたたく音が聞こえた。


「じゃあ。もう一回やろう。今度は伏せる、とかどう?」


 声の主は降谷くんだった。その言葉にみんなうなずいて伏せていく。

 私も席に座って顔を机に伏せた。


「食べ物系がいい人――」


 カリカリと黒板に書く音が聞こえる。


「えっと、結果は――


食べ物系、だね」


 乃川さんのその声に、クラスから少しずつ拍手が起きた。

 そして第二希望、第三希望も決めてロングホームルームは終わった。

 今日はやらなければならないこともないし普通に家に帰ろうと思い廉の方を見る。廉は降谷くんに頼み込まれているようで、降谷くんは手を顔の前で合わせながら何か喋っていた。

 私の目線に気が付いたのか、廉は降谷くんに向けて喋った後こちらにやってきた。


「涼香。今日、蒼の部活のとこに助っ人入るから一人で帰ってて」

「……うん、分かった」

「んだよ、その間。

知らない人についてったりすんなよ」

「廉にとって私は子供で人外だったりする?」

「前のこと根に持ってるだろ、おまえ」

「今のもね」


 私がそう言うと廉は笑った。廉は降谷くんに呼ばれると、じゃとだけ言ってそっちの方へ走っていく。


………

……

「月海さん‼」


 廉とお別れして廊下を一人で歩いているとそんな声が聞こえた。

 後ろを振り返ると、はぁはぁと息切れしながら私のもとへ走ってくる、乃川さんがいた。


「乃川さん。どうかしたの?」

「はい⁉ いいえ⁉」

「どっち」

「えっと……えっとね」


 私の前で両手の指を合わせながらこちらをチラチラとみる乃川さん。

 いや、ハッキリ言ってくれないかな。私、人の心を読めたりしないんだけど。


「あっごめん」


 顔にそんな思いが出てしまっていたのか、私の方を見た乃川さんはそう謝った。

 そういうつもりじゃなかったんだけど……。難しいものだ。


「ごめん、急かしたいんじゃな――」

「好きなんです‼」


「…………は?」


 突然の衝撃に、振り絞って出てきたのはそれだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る