第5話 妹
翌日、昨日の事もあってかスッキリと目覚めた私は教室に一番乗りにやってきた。
けれど、廉がいつまで立ってもやって来ないので一人で本を読んでいた。そこで気がつく、私廉が居なかったら完全にぼっちだ、と。
それでも誰かに話しかける勇気もなく一人がいいんですオーラを出して本を読んでいた。こういうとこで舞香と比べられるんだよなぁ。
「出席確認するぞ〜
ん? 夜宮はどうした?」
先生の声に本から目を離し廉の席の方を見ると、そこには誰もいなかった。
廉がチャイムがなるまで教室にいないのは小学校の頃から一度しかない。
何かあったのか、そう考えるのが妥当だった。
「俺は夜宮の家に電話してくる。お前らは一限目の準備してろ~」
そう言って教室を出ていく先生を見ながら、私は一つの可能性を思い浮かべた。
廉の家は時間には厳しい。この時間まで家にいるなんてことはないと思う。
そうなると、登校中に会ったのかな――。
*
《三十分ほど前》
電車に乗って数分がたった時、後ろから触られているそんな気がした。
数分の間されるがままになっていて、怖くて声が出せない、そんな風に思っていると隣の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おっさん、女子高生に手出すとか最低だな」
触られていた気がした部分から違和感がなくなり左の方を見上げると、私の後ろにいた人の手をがっしりと掴んだ廉くんがいた。
掴まれている手が痛いのか、顔をしかめたおじさんは、廉くんに向かって口を開く。
「私がやったなんて証拠はあるのか? そこのお嬢さんだって何も言っていなかっただろ。たまたま手が当たってしまっていただけじゃないのか?」
周りの人たちからは痴漢?といった声が上がる中、おじさんはやったことを認めない。
でも絶対やられてた。絶対触られてた。そんな思いが溢れてしまって、私は勢いよく声を上げた。
「私、触られてました!」
「やだ、ホントに痴漢じゃない」
「サイテーじゃん」
「ヤバすぎるんだけど」
私の言葉に、周りの人たちからも批判の目を浴びせられたおじさんは顔をワナワナと震わせながら唾を吐き散らかさん勢いで声を荒げる。
「何だと⁉ 少しばかり顔がいいからって調子に乗るな‼」
そう言うと、おじさんは廉くんに掴まれている手を無理やり払って丁度到着した駅のホームへと人を押しのけながら出て行ってしまった。
その様子を見て廉くんが追いかけようとしたが、私はそれを止める。それと同時に電車の扉もしまった。
「良かったのかよ、舞香」
「うん。廉くんさ、次の駅でいったん下りよ」
おじさんが勢いよく電車から降りたことで、私たちは視線を集めていてあまり話しやすい状況ではなかった。とりあえず、どこか人目につかないところに行きたいという思いがあった。
次の駅につくと、二人でホームへと降りる。
ホームで自販機を見つけ、廉くんは私の好きなオレンジ味の炭酸を買ってきてくれた。
「ありがと」
「あぁ。……最初の方で止められなくて悪かったな」
もらった炭酸に口をつけ、飲もうとしたとき廉くんのその言葉が聞こえた。何でこの人は謝るんだろう、別に悪くないのに。
でも私の頭は単純だから、謝られたことを利用することを真っ先に考えてしまう。こういうとこがダメなんだろうな。
そんな風にわかっていても無理だった。だって好きな人と一緒に居たいって思うのはみんな同じでしょ?
「じゃあさ、廉くん。今日遊ぼうよ」
「は? お前、学校はどうすんだよ」
「別にサボっても大丈夫でしょ。それに、学校行きたくないし。怖いもん」
そんな風に言えば、廉くんは大きなため息をついて首を縦に振る。それも知ってる。だって廉くん、やさしいもん。なんだかんだいいながらいつも。
「じゃ、公園でも行くか」
「遊ぶじゃないじゃん」
「話ぐらいなら聞いてやる。そんで帰れ。おじさんたちには連絡しとくから」
ちょっと思ってたのとは違うけど、別に全然いいし。
私たちは改札を出て近くの公園まで歩いて行った。
他に誰もいない公園でブランコをこいでいると、近くのベンチに座った廉くんが話しかけてきた。
「涼香と仲良くないんだろ」
「開口一番”涼香”って何、舞香に対してのいじめかなんか?」
「ちげーわ」
廉くんは私がお姉ちゃんのことを嫌っていることを知っている。私がお姉ちゃんの話題をあからさまに避けているのも知っている。
話を聞くってこれのことか。
「涼香が気にしてた」
「そりゃお姉ちゃん、母さんたちに迷惑かけるなってうるさいもん」
不貞腐れた表情で言うと、廉くんは呆れたようにため息をつく。
「知ってる? ため息ってついたら幸せ逃げちゃうらしいよ? 廉くん、幸せじゃなくなっちゃうね」
「お前のせいでな」
私の言葉に、廉くんはベンチから立ち上がってこちらにやってきた。そして、私の耳の上あたりをグッと押す。
「いったぁ!」
「ここ押すと小顔になるらしいぞ」
「え、うそ! じゃあもっとやって!」
「誰がやるか」
そう言って手を離すと、廉くんは隣のブランコに座った。
数秒の沈黙が訪れる。最近あまり沈黙はなかったから何か話題を探そうと頭を回転させた。が、これと言ったのは出て来ない。
「舞香は、涼香の何が嫌?」
話題を出さなかった私も悪いけどこの話題を出す廉くんはもっと悪いと思う。
どうして今日はこんなに私たちのこと聞いてくるんだろう。
「お姉ちゃんが嫌いな理由なんていっぱいあるよ。
勉強できるしなのに運動もできるし……。大人とのコミュニケーション上手いし。
それに私可愛いより綺麗の方が好きだし」
最後だけボソッと呟いた。
可愛いって言われるのは嬉しい。元がいいのは知ってるしその分努力もしてるし。認められてる気がするから。でも、私は“綺麗”の方が好き。
そんな小さな呟きを廉くんがキャッチするわけもなく、私の言葉を聞いた廉くんは苦笑いした。
「あれだろ、おじさんたちに認めてもらえない、的なのだろ」
「……だって、お姉ちゃんの方が期待されるモノがあるもん。舞香にはそれがない」
「だから家の外に走ったわけか」
「だからといって朝まで帰って来ないのは心配するだろ」
廉くんの言葉を聞いて私はムッとした。心配するだなんて嘘だ。
あの時だって家からそう遠くない友達の家に泊まらせてもらっていたのに朝まで見つからなかった。スマホに連絡は来ていたけれど漫画とかで見るような通知が百件なんてことは全くなくって両親から一回ずつだけ。朝になって帰ってきていないことに気がつき交番にでも行ったのだと思う。
「涼香言ってたろ。おじさんたち心配してたって」
「心配なんてしてなかったし」
「お前なぁ。認めてもらえないって思う前に――」
そう言った瞬間、廉くんのポッケが震えた。廉くんはポッケに手を突っ込むとスマホを取り出し耳に当てた。
「どうした?」
『どうした?じゃないだろ!? 廉、お前今どこに居るんだ!?』
「げ。親父」
『げ。じゃない! 質問に答えろ!』
「ごめん、ちょっと体調崩して途中の駅で休憩してただけ。あとちょっとで出発する」
『そう言うことなら最初に連絡しろ! 心配するだろうが』
スマホからそんな声が聞こえ、廉くんは何度かやり取りをしたあと電話を切った。
「ってわけだからもう行くわ」
「うん……」
「舞香がどういうふうに考えてるとか全部わかんないけど話は聞く。多分舞香にとって嫌なことも今みたいに言うだろうけど」
「……」
「これからどうする?」
「……家帰る」
私の言葉にそ、とだけ言った廉くんは考えるそぶりをしてからまた口を開いた。
「じゃ、涼香に言っとくな」
「え?」
「じゃ」
廉くんは急ぎ足で駅の方へと向かってしまった。
お姉ちゃんに言っとく、という言葉を残して。
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