第30話 勢いで誤魔化した感が強い

 どれだけ鍛えようとも、限界がある。


 例えば、ボクシング。


 限られたウェイトで計算された筋肉をつけながら、対戦相手を研究する。

 だが、最後に勝敗を決めるとなれば、我慢比べの根性論になることも。


 まして、全身を使う打撃系で、休憩タイムがなければ――


 振り回すような拳に、片腕で受け流す。


 カウンター気味で、ローキックからの頭突き。


 密着している永 飛龍(ヨン・フェイロン)が後ろによろめくも、すぐに体当たりからの突き上げ。


 今度は、こちらが後ろに下がる。


 どちらも息が上がっていて、もはや技とは呼べない応酬だ。

 普段ならカウンターをとられる大振り。


 そもそも、飛龍フェイロンは一撃必殺の拳法。

 いくら連撃でも、ここまでの長期戦なぞ、想定していないのだ。


 俺も同じ。

 ただの喧嘩だ。


 打撃がぶつかり合う鈍い音が、しばらく続いた。


 やがて、後ろにふらついた男子が、さらに後ろで立つ人物に支えられる。


 彼の父親の永 俊熙(ヨン・ジュンシー)だ。


「倒れるな、飛龍フェイロン! お前は、開門搏撃拳かいもんはくげきけんの次期宗家候補だろ?」


 肩を上下させた男子は、首肯するだけ。


 それを見た俊熙ジュンシーが、宣言する。


「この室矢むろや水平波状拳すいへいはじょうけんの達人と認め、同時に時翼ときつばさ月乃つきのを任せるに足ると判断する! 異議がある者はいるか?」


 日本語で言った後に、大陸語で続けた。

 おそらく、俺向けと、ここにいる弟子に向けてだ。


 そして、師範代の力を示す立ち合いも終わった。


 フラフラのまま、月乃に付き添われ、大陸街を後にする。



 ――数日後


 派手に殴り合ったことで、ダメージが抜けない。


 スマホが鳴ったから、手に取る。


「はい……。月乃か」


 用件は、とてもシンプル。


 大陸武術の道場で会った季 一诺(チー・イーヌオ)が亡くなったと。


 月乃は泣いていて要領を得なかったが、葬儀に出ることを約束。



 ――葬儀


 大陸式か、この門派の独自か。

 よく分からないまま、やり過ごした。


 民族衣装や稽古着のような服装の人々は、それぞれに集団を作る。


 月乃にとっての一诺イーヌオは母親と自分の命の恩人で、武術の師でもあったが……。


(俺には他人だな)


 数日前、いきなり会った人間だ。


「室矢! こいつから目を離すな! お前の実力は見せたが、誰が何をやり出してもおかしくないんだぞ!?」


 男子の声で、我に返る。

 見れば、泣き腫らした月乃を連れた飛龍フェイロン


 それにしても、武術の宗家の嫡男だけに、めちゃくちゃ強そうな名前だ。


「あ、ああ……。すまない」


 傍に立つ月乃は、うつむいたままだ。


 飛龍フェイロンは忙しいだろうに、わざわざ連れてきたのか。

 意外に、面倒見がいい奴だな?


 息を吐いた奴は、周りを見た後で、小声に。


「腹違いとはいえ、こいつは姉だ……。こいつの母親には思うところがあるし、文句を言い尽くした上でぶっ飛ばしたかったがな?」


 なるほど。

 自分の父親を誘惑した女は憎いが、まだ生まれていなかった娘に罪はないと。


「その辺は、お前との立ち合いでスッキリした。殴る相手がいて、日本に来た甲斐があったな?」


 ニヤリと笑った飛龍フェイロンは、手短に告げる。


「今後は、こいつを含めて大陸街に近づくな! ウチも一枚岩ではない。メシを食ったら意識を失って攫われるか、闇討ちや毒ナイフで刺されても、知らんぞ? あまり言いたくないが、大陸のほうは手段を選ばん! 俺も、信用できる人間とだけ付き合っている。そいつら以外は、全て敵だ」


「肝に銘じておく……」


 怯えた月乃は、俺にしがみついた。


 誰かが近づいてきたことで、飛龍フェイロンはスマホを取り出す。


「嫌ならいいが、SNSアプリの連絡先を交換しないか? とりあえず、だ」


「分かった」


 これ以上の会話は難しいようだ。


 別れれば、もう一度会うことは不可能。

 今後の方針を立てるため、情報が欲しい。



 ――さらに数日後の国際空港


 VIP用の待合室で、俺たちは向き合っていた。


 サッパリした雰囲気の飛龍フェイロンが、ソファに座ったまま、話し出す。


「お前たちには、色々と面倒をかけたな? 俺の顔を見たくないかもしれんが、お互いの立場を考えれば、こうやって顔を合わせるのは最後になる」


 息を吞んだ月乃は、おずおずと話し出す。


「あの……。どうして、ボクの母親をそこまで敵視するの?」


 全員が見つめる中で、座っている飛龍フェイロンは腕を組んだ。


「お前には、聞く権利がある……。そうだな、どこから話したものか」


 やがて、飛龍フェイロンは口を開いた。


「そもそも親父の許嫁いいなずけは、俺の母親、雪玲(シューリン)だった」


「え?」


 驚いた月乃がチラリと見てきたが、俺はお前の母親ではありません。

 知らんよ。


 頷いた飛龍フェイロンは、腕を組んだまま、説明する。


「時系列で並べると、まだ幼い親父と雪玲シューリンが家同士で約束を交わし、その後にお前の母親がやってきた。……安心しろ! お前の母親が誘惑したのではなく、親父が一目惚れしたらしい」


 …………


 あのさあ?


 ものすごく気まずそうな俊熙ジュンシーは、必死に顔を背けているが。


 ネコなら可愛いけど。

 お前は許さないわ。


 俺の隣に座っている月乃の雰囲気が変わった。


 正直、今すぐに帰りたい。

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