第31話 こういう時は男が悪いにされる

 永 飛龍(ヨン・フェイロン)は、話を続ける。


「日本から短期留学でウチに来たのが、お前の母親だ! 当時は……高校生になるかどうかのはず」


 ジト目の時翼ときつばさ月乃つきのが、こちらに顔を向けないままの永 俊熙(ヨン・ジュンシー)を見た。


 その間にも、飛龍フェイロンの説明が続く。


板村いたむら迦具夜かぐやは、ウチの本拠地で門派の1つである水平波状拳すいへいはじょうけんで印可を授けられた。分かりやすく言うと、俺と親父が修行している開門搏撃拳かいもんはくげきけんが父親で、その子供のようなものだ。それらをまとめて、門派と呼んでいる」


 つまり、枝分かれした流派の数だけ宗家がいて、序列もあると……。


 興味を持った月乃が、飛龍フェイロンを見た。


「さっきの重遠しげとおのように戦うの?」


「水平波状拳のことだな? ああ、そうだ! 見ての通り、カウンター狙いのため、女の弟子が多い流派と言える。来たばかりの板村はその流派を選び、形ばかりの下積みから体験コースへ進んだ」


 聞けば、外国人や観光客のために、楽しみながら修行できる、お遊びがあるらしい。


「昔とは違うからな……。俗な言い方をすれば、『お金と知名度がなければ』という話だ! それなりに払ってもらい、現地の料理や滞在する家も提供する」


「へー! でも、奥義に属する技は教えないんだろ?」


 俺のツッコミに、飛龍フェイロンは頷いた。


「ああ……。板村は筋が良く、本格的に修行する運びになったようだ」

 

 言葉を切った後で、付け足す。


「本来は、部外者にそこまで教えん! 例外にしたのは、叔母上と仲が良かったからだ……。ちょうど同年代で、同じ水平波状拳を学んでいたから、気が合ったのだろう」


 国籍と立場が違うものの、宗家の血筋となれば、対等に付き合える同性はいなかったらしい。


 姉妹のように一緒だった2人は、迦具夜の妊娠と帰国により、今生の別れとなった。


「叔母上は、親友を失ったことを嘆いた。今でも原因となった兄を恨み、合同稽古のたびに痛めつけている」

 

 そういえば、釣りのネトゲで俊熙ジュンシーが、妹と仲が悪いと言っていたな……。


 本人が、反論する。


「俺も後悔しているんだぜ!? だけど――」

「板村が死んだことは、自分で叔母上に言え! 俺は知らん」


 息子に突き放されたことで、低く呻き出した俊熙ジュンシー


 今の水平波状拳の宗家はその叔母上であることも、判明。


 ヤベーよ。

 真実を伝えたら、殺人事件が起きてしまう。


 そう思っていたら、飛龍フェイロンがこちらを向いた。


「ちなみに、室矢むろやは水平波状拳の免状がいるか?」


「どういう意味だ?」


「もし必要なら、その叔母上と会え」


 すぐに否定する。


「いや、面倒になりそうだから遠慮するよ」


「それが賢明だ! あとで言われても困るのでな? 今、確認した」


 話を戻すべく、声をかける。


「それは分かったが……」


「俺の母親と婚約を解消した親父は、時翼がお腹にいる板村を正妻にするべく、根回しを始めた。業腹ごうはらだが、ここまではいい」


 腕を組んだ飛龍フェイロンは、目を閉じる。


「板村に逃げられた親父は、俺の母親を婚約者に戻した」


 …………


 えっと?


「そんな大事なことを、切れた電球を交換するみたいに言われても」

「やはり、おかしいよな!?」


 すごい勢いで、飛龍フェイロンが同意を求めてきた。


 その時に、俊熙ジュンシーが口を挟む。


「宗家の妻になれて子供を産める女は、数えるほどで……」


 飛龍フェイロンは、それを無視する。


「そういうわけで、俺は板村迦具夜に言いたいことが山ほどあった! 今となっては墓を暴くわけにもいかんし、室矢が代わりにケジメをつけたがな? 時翼は、自分の母親がいきなり帰国した理由を知らんのか?」


 月乃は、首を横に振った。


「自分の母親だと知ったのも、大きくなってからで……。写真が少しあるぐらい」


「そうか……。悪かったな?」


 全員で話しているうちに、月乃の細かいことを気にしない性格は父親似と思えた。


 飛龍フェイロンが、話を締めくくる。


「宗家の直系を孕んだ板村が暗殺されずに帰国できたのは、亡くなった老師が庇ったことに加え、叔母上の親友であったことも大きい! 子供ごと始末すれば、女たちも動揺する」


 俊熙ジュンシーが手を出したのが、悪い。


 そう言ってしまえば、終わり。


 言い方から察するに、迦具夜は俊熙ジュンシー許嫁いいなずけがいたことを知らなかったようだ。


 ただでさえ、国際結婚は難しい。


 それに、宗家の利権やらメンツが加われば……。


 現地に留まり、寿命の問題がなくても、2人は幸せに過ごしましたの一言では済まなかったと思う。


 俺のようにハーレムでどんどん女が増えていくのと、どちらがマシかは、何とも言えない。


 正妻の南乃みなみの詩央里しおりは、高校時代とは違い、リラックス中。

 式神である猫又のルーナの前足に両手をかけて、縦にビローンとしつつ、長ーい! と喜んでいる。

 その時のルーナは、達観した顔のまま、ニャッ! とお愛想の鳴き声。


 けれど、室矢家の女はまだ増える気配。


 大学は自由で、サークルや付き合いがなければ、よっぽど大丈夫だが……。

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