第28話 一撃必殺を右から左に受け流すだけ

「お前は、自分が何を言っているのか、理解しているのか?」


 返答は、この上なく冷たかった。


 それを言ったのは、男子高校生の永 飛龍(ヨン・フェイロン)だ。


 後ろで縛っている黒髪に、黒目で、俺を睨む。


 ひるまずに、言い返す。


「今の月乃つきのに決断を強いるのは、酷だろう?」

「お前には関係ない!」


 飛龍フェイロンは座ったまま、両腕を組む。


「そもそも、板村いたむら迦具夜かぐやの何だ? まさか、あいつの子供か?」


「違う。俺は日本の四大流派である千陣せんじん流、その室矢むろや家の当主だ」


 苛立った飛龍フェイロンが、指でトントンと始めた。


「結論を言え!」


「俺は、迦具夜の弟子だ」


 応接室で、沈黙が支配した。


 飛龍フェイロンによる質問。


「その女は、我らの門派で印可を授けられている。流派の名前を言ってみろ!」

水平波状拳すいへいはじょうけん


 驚いた顔が並ぶ。


「……なるほど」


 1人で納得した飛龍フェイロンは、俺のほうを見た。


「であれば、お前も関係者だ! そうなると、『やっぱり帰ります』では済まさんぞ?」


「あの女が、日本に逃げ帰ったわけだしな?」


 困惑した表情の飛龍フェイロンが、問いただしてくる。


「お前は、迦具夜の内弟子だろう? その言い方は気に入らん!」


 ああ、序列を乱す行為はNGと……。


 そう思った俺は、飛龍フェイロンに告げる。


「あいつと出会ったのは、月乃に絡んだ話だ。……悪いが、知ると命を狙われるから」


 全員の視線を集めたまま、言い切った。


 息を吐いた飛龍フェイロンは、首を振る。


「まあ、そこはいい……。我が門派として、月乃をどうしたいのか? だ」


「月乃の意思を尊重したい」


「……お前が、こいつを保護すると」


 また、静寂に包まれる。


 黙っていた永 俊熙(ヨン・ジュンシー)が、口を挟む。


飛龍フェイロン、それで話を終わりにしないか?」

「親父は黙っていろ! この件については、俺の裁量で決める!」


 こちらに向き直った飛龍フェイロンは、ニヤリと笑った。


開門搏撃拳かいもんはくげきけんの次期宗家候補として、お前が水平波状拳の者であると認めよう」


 言葉を切った後で、宣言する。


「だが……。お前を確かめる! 少なくとも師範代の力を示さなければ、宗家の直系の娘を預けるわけにはいかん!」


 要するに、月乃を守っていた老師、季 一诺(チー・イーヌオ)と同じ実力があると証明しろ……。


 ここで、飛龍フェイロンが優しい声音に。


「お前は、親父の友人だ……。時翼ときつばさ月乃を置いて帰るのなら、今の発言は聞こえなかったことにする。別に、『二度と連絡するな』とも言わん」


「話を進めてくれ」


 俺の返事に、飛龍フェイロンは息を吐いた。


「分かった……。ならば、手っ取り早く片づける! こちらの弟子と連戦してもらうぞ?」


 いわゆる、百人組手か。


 こいつの雰囲気と、最後に止めた流れから――


「死んでも、恨むなよ? 早く準備しろ」


 立ち上がった飛龍フェイロンと、何か言いたげな俊熙ジュンシーが立ち去った。


 俺も立ち上がり――


 座っている月乃が、俺の袖を引っ張った。


「あ、あの……。ボ、ボク……」


 月乃のスタイルは剛拳、空手に近い。


 軍隊式の格闘術だから、仕方ないが……。


 たぶん、こいつらと相性が悪い。


(それに、月乃が勝っても意味はなく、ここの連中を傷つければヘイトを集める)


 考えをまとめた後で、言い返す。


「俺が戦わないと、連中が納得しない。お前は見ていろ」


 置物だった一诺イーヌオが、口を開いた。


「室矢さま……。いざとなれば、私の一命をもって……」


 素人の俺が見ても、半分は死人だ。


 場は収まるだろうが、一時的なもの。


「まあ、やるだけやってみますよ」



 ◇



 板張りの道場で、壁沿いに座っているうちの1人が立ち上がった。


 中央に立つ俺と、正面から向き合う。


(弱いな……)


 端にいた弟子だ。


 開始の合図で、身体強化による踏み込み。


(予兆なしで、異能を使ってきたか!)


 移動しながらの練り上げ。


 けれど、風を巻き上げながらの詰め寄りは、割り込んだ俺の足にひっかかって、そのまま飛んでいった。


 ダアンッ! と床に叩きつけられた音。


 勝負あったが、最弱でこれ。


(相手に触ったら終わる内家拳でスピードが加わると、たちが悪すぎる……)


 近づかれた時点で、殺される。


 実際に手合わせをしてみた感じだと、裏流儀で剛拳を使ってくる奴もいそうだ。



 2人目は、摺り足で間合いを詰めてきた。


 と思わせて、少し離れた距離で低いホバーのようなジャンプ。


 こちらも霊力の身体強化で、一気に詰める。


 驚いた奴を正面から崩し、そのまま背中から落とす。


 はい、終わり。



 3人目は、さすがに技を受けた。


 その勢いを体の外側に弾きつつ、片足で回り、手応えがあった男を後ろから振り払った。


 対戦相手が、正面から床に叩きつけられた。


 とたんに、周りの空気が変わる。


 ざわつくが、大陸語で分からない。


 待機している列の順番が飛んで、いかにも強そうな奴――服装も違う――が立ち上がった。


 チラリと月乃を見れば、彼女の師である一诺イーヌオの隣に座っている。


 風切り音と、プレッシャー。


 考える前に体が動き、ぶつかってきた相手の肩、腕、足にそれぞれ打ち返しつつ、両足を滑らせる。


 3回ほどの応酬をへて、頭突きをしてきた相手を躱しつつの崩しで、相手が飛んだ。


 道場が揺れたことで、終わり。

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