第26話 ヒロインの設定を回収する時

 夜の月光で照らされる、神秘的な屋敷。

 時翼ときつばさ月乃つきのとよく似た、かぐや姫が佇む。


 ストレートの黒髪ロングに、紫の瞳。

 童顔だ。


 彼女の母親である板村いたむら迦具夜かぐやは、19歳の女盛りのまま。


 縁側から月が照らし出す、風流な和室に座ったまま、事もなげに言う。


「そろそろ、東アジア連合にいる大陸武術の宗家……。月乃の父親が来日するわよ?」


「え?」


 驚いた俺に、迦具夜が話を続ける。


「でね? 前に話したと思うけど、私を逃がしてくれて月乃の後見人になっている老師も、そろそろ死んじゃうから……。月乃を守って欲しいの」


「だから、面倒に巻き込まないでください!」


「武術を教えているじゃない!」

「嫌だ!」


「月乃には、メグさんと一緒に巨乳サンドイッチをするよう、言っておいたから!」

「言ったのかよ!?」


 けれど、ニタァッと笑った迦具夜は、説明する。


「どうせ、月乃はお世話になった老師へ会いに行くわ……。となれば、1人では不安だから、あなたに声をかける」

「全力でお断りします」


 人差し指を左右に動かした迦具夜は、フフフと笑った。


「ここは幽世かくりよ……。あなたにとっては、夢の中」


 邪悪な笑みを浮かべた合法ロリ人妻は、として宣言する。


「目覚めたら、何も覚えていないわよォ? みんなで幸せになりましょう?」


「てめぇえええええっ!」


 よく考えたら、あのマスクド・レディ(仮面の淑女)のクローンだ。

 本性が同じでも、不思議はない。


 見つけたぞ、世界の歪み!


「最後に、私が印可を授けられた流派の名前を教えておきます。それは――」


 この無限世界の支配者たる子持ちによって、屋敷での邂逅は終わりを告げるのだった。



 ◇



(悪女は、もう死んだのか……)


 複雑な思いで座っているのは、高校生ぐらいの永 飛龍(ヨン・フェイロン)だ。


 自分たちを振り回した悪女である板村いたむら迦具夜かぐやが、帰国して数年間で死亡したと分かり、心の中で嘆息する。


(世界の歪みだけに、早死にした……。いや、それを知っていて?)


 まさに室矢むろや重遠しげとおと同じ感想で、草も生えない。


 とはいえ、肩透かしを食らった飛龍フェイロンは、ドッと疲れを感じる。


(何のために、苦労して日本語を覚えたのか……)


 全ては、自分の母親をバカにした態度をとった女に怒鳴りつけ、そいつの真意を確かめるためだった。


 今は会食のため、高価な大陸料理が次々に提供される。


 丸テーブルについている飛龍フェイロンは、黙々と箸を動かした。


 けれど、彼の父親である永 俊熙(ヨン・ジュンシー)は、呆然自失だ。


「そんな……。迦具夜が……」


 いくら憎い女であろうと、実の父親が打ちひしがれている状態で追い打ちをかける気はない。


 テーブルに両肘をつき、手で顔を覆った父親を見たあとで、飛龍フェイロンは上座にいる弱り切った初老の男である季 一诺(チー・イーヌオ)のほうを向く。


「老師! 少し、よろしいでしょうか?」


「何ですか、若さま?」


「その子供は、今どこに?」


 間を置いたあとで、一诺イーヌオが答える。


「私が知っているのは、女子1人です。日本の四大流派の1つ、真牙しんが流の女子校を卒業して、どこかの大学へ進学したそうですが」


 飛龍フェイロンは、箸を置いた。


 腕を組んだまま、質問する。


「……そいつの名前と所属は?」


時翼ときつばさ月乃つきのです。彼女は赤ん坊のころから全寮制の女子校にいて、最近では会っておりませぬ」


 息を吐いた飛龍フェイロンが、質問を重ねる。


「そいつは、まだ生きているのか?」

飛龍フェイロン!」


 俊熙ジュンシーが怒鳴った。


 本気で怒っていると悟り、飛龍フェイロンは口を閉じた。


 代わりに、俊熙ジュンシーが尋ねる。


「つ、月乃は? 俺の娘は!?」


 一诺イーヌオは床に片膝をつき、胸の前で拳をもう片方で受け止めたまま、こうべを垂れた。


 そのまま、説明する。


「申し訳ございません……。彼女は大陸街に足を運ばず、我らの互助会にも顔を出しておりませんので。それに、間違っても開門搏撃拳かいもんはくげきけんや、かつて板村さまが会得された水平波状拳すいへいはじょうけんの名前は出さず」


 飛龍フェイロンは、その意味を理解した。


(最低限のラインは守っている。だから見逃せ……か)


「親父! いつまで、老師にその姿勢をさせておく気だ?」


 我に返った俊熙ジュンシーが、一诺イーヌオを席に戻した。


 一诺イーヌオは辛そうで、もう晩年であることを示す。

 

 居たたまれなくなった飛龍フェイロンは、頃合いだな、と思った。


「老師! あなたのお考えはよく分かりました。その月乃とやらが門派と出生を言わない限りは、今日の話を聞かなかったことにします」


「ありがたき、お言葉……」


 再び頭を下げる、一诺イーヌオ


 悩んでいる俊熙ジュンシーも、一诺イーヌオが疲れ切っていることで、決断する。


「そろそろ、帰るよ! お前の半生を台無しにして、本当にすまなかった……。何か、俺にできることはないか? せめて、報いたい」


「御宗家のお言葉だけで、私は十分でございます。それに、来日してから碌に会えなかったとはいえ、御宗家の寵愛を受けた女性の子供をお守りできたことは我が誇りです」


 唇をかみしめた俊熙ジュンシーは、頷いた。


「……ありがとう、一诺イーヌオ。少しでも長生きしてくれ」



 やるせない気持ちで、道場を後にする親子。


 しかし、物語は終わらない。


 入れ違いのように入ってきた、若い男女。


 その声を聞いた俊熙ジュンシーは、驚いた顔に。


「海豚(ハイツン)か!?」

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