第二章 月光の下でのかぐや姫の娘

第25話 原作にはなかった開門搏撃拳の来日

 とある道場の中。

 木の格子から差し込む光で、ぼんやりと照らされる板張りの床。


 そこに、若い男が動きやすい服装のまま、座っていた。


 普段ならば、多くの門弟がズラリと並び、上座に立つ師範代なりの模範演舞に従っての稽古だろうが――


 今は早朝で、その男だけ。


「いよいよか……」


 黒髪を後ろにまとめて縛っている男は、端正だが気難しそうな顔で、その黒目によって周りを見る。


 スッと立ち上がり、ストレッチのように、ゆっくりと手足を伸ばしていく。


 一見すると子供の遊びだが、その状態を保つには相当な修練が必要。


 いかにも大陸風で、道場の内装や、彼の服装もそうだ。


 動物の動きを参考にした象形拳しょうけいけんにしては、そっけない。

 南北で大きく分かれるものの、それらは指を重視した技が多く、相手の急所をつかみ、そのまま握りつぶすか突く。


 彼の動きは、どちらかといえば、体の全体を重視したもの。

 ダイナミックで、悪く言えば、素朴だ。


 しかしながら、それを侮った相手は、すぐに後悔するだろう。


 この拳法は、相手に触れた時点で壊す。

 

 威力だけを追求して、門弟を集めるためのをあまり考えない。

 その在り様は、多くの拳法の中でも特異。


 徐々に上がるスピード。


 風切り音が響き始めて――


「ここにいたのか、飛龍(フェイロン)!」


 30代の後半ぐらいの男が、叫んだ。


 永 飛龍(ヨン・フェイロン)は、片足を上げたまま動きを止め、顔だけ向ける。

 全く揺らがない姿勢が、彼の努力を物語っていた。


「まだ時間はあるだろう、親父?」


 長い黒髪を後ろで縛った、薄い青の瞳をした永 俊熙(ヨン・ジュンシー)は、笑った。


「国際線だぞ? すぐに移動しないと、空港で日をまたぐぜ!」


「分かった……。今、行く」



 ――国際空港


「はー、間に合った! お前のワガママに付き合っているんだから――」

「元はと言えば、親父のせいだ」


 旅客機のファーストクラスに入った親子は、言葉のドッジボール。


 言い捨てた永 飛龍ヨン・フェイロンは、席に座る。


 息を吐いた永 俊熙ヨン・ジュンシーも、自分のシートへ。


 別々の席で、間隔が空いているため、会話もない。



 飛龍フェイロンは、せまい窓から大空を眺めつつ、思う。


(日本……。俺の母親をコケにした女の子供がいる国か)


 小袋から取り出したナッツを握りしめながら、決意を新たにする。


(我が開門搏撃拳かいもんはくげきけんの柔拳において印可を授けられ、親父の子供ができたうえ、正妻として迎えたというのに!)


 握っている拳の中で、ナッツが砕けた。


(何が不満だ!? こちらの秘奥を2つも抱えて、日本へ逃げ帰るとは……)


 チラッと、父親である俊熙ジュンシーのほうを見た。


 個別のシェルの中で、暢気にくつろいでいるようだ。


 ため息を吐いた飛龍フェイロンはシートを後ろに倒し、自分のスマホ――機内モード――を利用者向けの無線LANに繋ぐ。


 イヤホンで音楽を聴きながら、取り留めもなく、ニュースを見る。


 表示している画像には、女子高生ぐらいの女子が1人。


 ストレートで長い黒髪と、紫の瞳。

 日本の着物で、撮影者に微笑む。


 童顔だが、思わず見惚れるほどの美貌。


 しかし、それを見る飛龍フェイロンの顔は険しい。


 まるで、親の仇を見るような目つき。


(確か、板村いたむら迦具夜かぐやと言ったな?)



 大陸の東アジア連合から日本へ向かう国際線。


 そこにいた乗客の親子は、誰あろう、時翼ときつばさ月乃つきのに因縁が深い人物だった。


 原作【花月怪奇譚かげつかいきたん】のヒロインである彼女は、どのルートでも非業の死を遂げる。


 その運命は室矢むろや重遠しげとおの手で打ち砕かれたが、月乃にまつわるエピソードはまだ終わらない。


 死ななかったからこそ、だ。



(迦具夜の返答によっては……。門派を守るため、母子ともに殺すしかない)


 飛龍フェイロンは、開門搏撃拳の次期宗家の候補者として、当然の考え。


 むしろ、今まで泳がせていたのが、異常すぎたのだ。


 その理由は――


(老師も老師だ! この悪女の肩を持ち、門派での将来と国を捨てるとは……)


 全ては、板村迦具夜が原因だ。


 そう考えるのも、無理はない。


 何にせよ、過去からの使者たちは、日本の大地を踏みしめた。



 ――東京の国際空港


「おー! 大陸より湿気がすげーな?」

「早く行くぞ、親父」


 スーツ男たちに荷物を預けた飛龍フェイロンは、そっけない。


 肩をすくめた俊熙ジュンシーも、それに続く。


 高級車の後部座席に乗り込んだ2人は、横浜の大陸街へ向かいながら、話し合う。


「季 一诺(チー・イーヌオ)は、もう長くないらしい……。大陸に残っていれば間違いなく高弟として、あるいは1つの流派を築いただろう。残念だよ」


「老師が半生を棒に振った原因の親父が言うか!?」


 しょげた俊熙ジュンシーは、言い訳をする。


「分かってる……。だが、最後に顔を見て話したい。それすら、ダメだと?」


「……そこまでは言わん」


 しかし、飛龍フェイロンは向き直った。


「親父? 俺は、まだ納得していない! 日本にいるはずの板村迦具夜とその子供が分かれば、話をするぞ? ……子供について、本当に知らないのだな?」


 まっすぐ見た俊熙ジュンシーは、首肯した。


「ああ……。先祖と開門搏撃拳の宗家の座に誓って! 少なくとも、迦具夜の行方を知らないし、子供は名前すら不明さ」


「なら、いい」



 1つだけ言えるのは、室矢重遠くんに死亡フラグがまた増えたことだけ。


 強く生きろ。

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