第10話 梁有亜の家族ですわ【愛花莉side】

“次元振動研究室”


 プレートには、そう表示されている。


 内廊下に立つ女子は、首をかしげた。


「変ですわね?」


「ウチに何か用……っと」


 警戒した声で問い質した男子大学生は、振り返った女子の顔に戸惑った。


 東京のベッドタウン。

 その山中にある学園都市は、男子ばかり。


 数えるほどの女子大生は、都心のキャンパスにあるサークルを望む。


 けれど、その顔に見覚えはなく――


「オッドアイ?」


 赤と黄色の目をした、童顔の美少女は、怒った様子に。


「悪いかしら?」


「あ、いや……。ご、ごめん……」


 カラコン? と尋ねる前に、生まれつきと判明。


 反射的に謝った男子は、改めて少女を見る。


 長い黒髪だが、白い肌で、いかにも外国人。


 センスの良いブレザーとスカートの制服。


「ああ! 教授が、オープンキャンパスで案内すると言っていたね! でも、今日じゃなかったような……」


 自己完結した男子は、首をひねるばかり。


 すると、女子高生が、それに乗っかる。


「ええ! どうやら、日にちを間違えたようで――」

草道くさみちくん! 部外者は、研究室に入れないでくれ!」


 怒声のような響きで、2人はそちらを見た。


 ツカツカと歩いてきた中年男は、いかにも神経質だ。


 頭を下げた草道が、すぐに挨拶。


「お疲れ様です、自汰じた教授! 彼女は、オープンキャンパスの日を間違えたそうで……。まだ、入れていません」


「そうか……」


 近くで立ち止まった教授は、ジロジロと、女子を見た。


 愛想笑いの女子に、興味をなくす。


「研究室への問い合わせは、君に任せるぞ? オープンキャンパスの日には戻る」


「はい!」


 かざしたIDでロックを外した教授は、中へ入り、すぐに出てきた。


 中身が入ったバッグから、資料や荷物を取りに来たようだ。


「お持ちしましょうか?」

「いや、いい」


 ぶっきらぼうに答えた教授は、せかせかと歩き去った。


 彼が見えなくなった後で、息を吐く男子。


「ウチは行方不明者が出て、教授もピリピリしているんだ。……えっと」


 そういえば、名前を知らないな? と思った草道は、オッドアイの女子を見た。


 彼女は立ち去ろうと――


「あ! ひょっとして、有亜ありあさんの家族か、親戚?」


 肩を震わせた女子は、口元をひくつかせた。


「そ、そうですわ……。ところで、おか……あ、有亜さんとは親しいので?」


「このキャンパスの有名人だから、知らない人はいないよ? ……彼女は名字で呼ばれるのを嫌がっているから、というだけ」


 ホッとした女子は、ようやく自己紹介。


愛花莉あかり……。りょう愛花莉です。名前の呼び捨てで、構いませんわ」


「そっか……。有亜さんを呼ぼうか?」


 人差し指をあごに当てた愛花莉は、可愛らしく悩む。


「いえ、ご好意だけで……。私のことは有亜さんに内緒で、お願いします」


 サプライズと家庭の事情のどちら? と邪推する草道に、当の本人が告げる。


「家庭の事情ですわ……。今の彼女と会うのは、非常に都合が悪くて」


「わ、分かった!」


 愛花莉は、今度こそ立ち去ろうと背中を向けるも、そのままで振り向いた。


「あなたは、有亜さんのことを知っています?」


「えーと……。キャンパスのうわさでいいのなら」



――明示めいじ法律大学 理工学部キャンパス 食堂館


 ムダに広いフロアーで、窓と向き合うカウンター席へ。


 周りの注目を浴びつつも、横に並ぶ。



 愛花莉は、野菜も多い、チキン南蛮の丼。


 見た目に反して、ハグハグと食べる。


「美味しいですわ」


「農場もあるから……。男子向けで、量が多いけど」


 草道も唐揚げセットを食べながら、キャンパスの姫である梁有亜について、説明する。



 愛花莉は、自分の感想を述べる。


「有亜さんに恋人はおらず、ここの男子とも付かず離れず……」


 なぜか、満足げ。


 それをいぶかしむ草道だが、素直に答える。


「全員が狙っていると思うけど、彼女はサークルに入っていないし、講義のグループワークで話すぐらいさ」


 自分のトレイを持った愛花莉は、会釈しつつ、礼を言う。


「ありがとうございました……。私はこれで」


「うん……」


 久々に、女子高生と話せた。


 話題を振ろうとするも、ずっと男所帯の哀しさ。


 何も見つからない……。


 その時に、食堂の入口がざわついた。


 遠くからでも目立つ、長い銀髪と、青と黄色のオッドアイをした女子大生。

 梁有亜だ。


 ハッと思い出した草道が、愛花莉のほうを見たら――


 カウンターには、トレイに載ったままの空容器と、千円札。

 そして、メモ。


“返却を”


 殴り書きだが、女子の文字だ。


 学食は、食券による前払い。

 この千円札は、手間をかけさせることへのチップに他ならない。


 はあっと息を吐いた草道は、周りを見るも、有亜に群がる男子だけ。


 もう1人のオッドアイは、影も形もない。


「気のせい……じゃないか」


 トレイ2つを持ってきて、2人前を食べたとは思えず。

 さらに、女子のメモ。


 考えることを止めた草道は、他の連中から質問される前に、トレイを片づけ始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る