第11話 明大生連続失踪事件

『失踪した男子に関して、全面的に捜査協力をする! キャンパス内に刑事や警官が立ち入るため、学生に周知するように』


 理事会のトップにいる人物が、マイクで宣言した。


 円卓の面々は、手帳やノートに書くか、下を向いているだけ。


 いっぽう、下座にいる男は、ガタッと立ち上がった。


「お、お待ちください! まだ失踪と決まったわけでは……。私の指導が悪かったかもしれません! 話をよく聞いて――」

自汰じたくん……。K県警のみならず、東京の本庁と警視庁の捜査員も出張っている。限界だよ』


 立ったまま、円卓に両手をついた自汰教授は、声を絞り出す。


「……どうなるので?」


 理事長は、改めて説明する。


『一時的にキャンパス内への立入りを黙認すると同時に、失踪した男子に関する個人情報、分かっている評判などを警察に提供する……。君も、そのように行いたまえ』


 観念した自汰は、さらに尋ねる。


「私の研究は? 早く引継ぎを――」

『すまないね、自汰くん……。これだけ大騒ぎになった以上、君の研究はもう続けられない。協賛している企業から、内々で突き上げられている有様だ。明大めいだいを守るため、次元振動研究室は閉鎖する。近日に行われるオープンキャンパスは予定通り! それが終わるまで、目立つ捜査を控えてもらう約束だ』


 言葉を切った理事長は、自汰を見た。


『それまでに、身辺整理をしたまえ……。以後は、事情を知っている君が警察と話す番だろう』


 静かに泣き出した、自汰。


 理事長が告げる。


『残りの議題は、次の理事会で行う! みな、ご苦労だった』


 ガタガタと椅子が動き、誰もが足早に、会議室を出ていく。


 自汰が大嫌いな教授ですら、全く笑えない。


 まだ捜査中とあれば、巻き込まれる。

 明日は我が身だ。



 ◇



 いかにも体育会系のスーツ男が、ガラス張りの明るい食堂にいる。


 呑みこむような早食いをして、10分も経たずにはしを置いた。

 両手でトレイを持ち、返却口へ。


 広いフロアーを見回した女は、その男を見つけて、早足で近寄る。


吉見よしみ班長!」


「おう、八代やしろ! どうだった?」


 周りの学生が聞き耳を立てていることを感じて、2人で離れる。


 食堂で人のいない場所にたどり着き、壁を背にした。


 八代が、報告する。


りょう有亜ありあは、ここのゲストハウスに寝泊まりしています。ちょうど女子大生のグループがいて、だいたいの話を聞けました。……というか、別の場所へ行きません? 目立ちすぎです」


「その梁が話しているからな……」


 外を見られるカウンター席で、銀髪ロングの女子大生は隣にいる男子と会話中。


「もう少し、その態度を――」


 有亜は、すぐに言い返す。


「こっちも、自分の研究があるのぉ――」


 外に面したガラスと反対側にいる2人にも、よく聞こえる。


 ただの痴話喧嘩。


 周りの男子たちも、気になって仕方ないようだ。

 食べながら、注目。


 立ったままで壁にもたれた吉見は、両腕を組む。


「梁の男か。……その話題は?」


「いえ! ここは、女子が少ないです。彼氏がいれば、ぜったいうわさになるでしょう。あれだけ目立つなら、それこそ」


 八代の返事に、吉見はうなった。


「身柄を押さえたかった自汰教授が、研究室で失踪したからなあ……。オープンキャンパスまでは、目立つ捜査ができないし」


「次元振動研究室に入れるのは、最短でオープンキャンパスの日ですか」


 有亜たちを見たまま、吉見は答える。


「ああ……。とにかく――」


 吉見は口を閉じて、雰囲気を変えた。


「班長――」

「八代、あいつを押さえろ……。10時方向で、俺たちに背中を向けている女子だ。長い黒髪で……凝視するな、気づかれる」


 注意した吉見は、その女子が振り向いたことで、遅かったと悟る。


 けれど――


「赤と黄色……」

「オッドアイか」


 八代と吉見は、それぞれに感想を述べた。


 有亜と男子が、自分のトレイを持ちながら、返却口へ向かう。


 正体不明の女子も、そちらを気にしている。


「頼むぞ、八代! 梁は後回しだ」

「ハイッ!」


 吉見は、背中でその返事を聞く。

 大股で歩きつつ、有亜の彼氏らしき男子へ向かう。


 それを見た八代は、オッドアイの女子へ近づく。


 長机の椅子に座っている彼女は、八代を見た。


 逃げる気配はないが、警戒したまま。


「こんにちは! ここの学生さん? ……私、こういう者です」


 上下に開いた警察手帳を見せた。


 しかし、オッドアイの女子は、息を吐いただけ。


「刑事が、何の用?」


「ただの聞き取りです。全員に行っていますので……。気に障ったら悪いけど、そのオッドアイは、やっぱり梁さんと家族だから?」


「……ああ、彼女のことね! その呼び方は、久々に聞いたわ」


「質問に答えてもらえる? 黙秘するの?」


 肩をすくめた女子は、相手の顔を見た。


「家族よ……。だったら?」


 緊張した八代は、オッドアイの女子に告げる。


「この大学で、数人の男子と、最近では教授1人が行方不明になったの……。あなたの名前と、証明できるIDを見せてください」


 右手を腰の後ろに回し、ホルスターから出たグリップに触れた。


 ところが、オッドアイの女子はクスクスと笑う。


「梁愛花莉あかり……。IDを見せても、意味がありませんわ。データベースで照合しても、まだヒットしないもの」


「その判断は、我々が行います。生徒手帳でいいから――」

「思い出した! あの事件で、女の刑事も1人、行方不明でしたね? 確か……八代沙矢さや


 顔が強張こわばった沙矢は、さっき警察手帳を見せたばかりと思い、右手をグリップから離した。


 生意気な女子に釘を刺そうとするも、愛花莉が先に宣告する。


「オープンキャンパスの日は、次元振動研究室に近づかないほうがいいですわ! さもないと、死ぬ……。いえ、死ぬより酷い目に遭いますから」


 愛花莉は、笑顔のまま。


 沙矢が怒鳴ろうとするも、その前に、すうっと消えた。


 後ろから、愛花莉の声。


「では、ごきげんよう……」


 反射的に振り向けば、そこには誰もおらず。

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